25 幼女魔王、部屋の掃除をする

 雨の中を走って宿まで戻ってきた二人は現在樽の中に貯めた水を頭から思いっきり被ってしまったかのようにずぶ濡れの状態であった。

 服の裾、髪から垂れた雨水はポタポタと部屋の床を濡らし、歪な二本の線をその床に描いている。

 当然二人が来ていた服も濡れており、肌に透けた布がひしっと張り付く様は彼女達の女性らしさを一時的に引き出していた。

 それはともかくとして服が肌に張り付く不快さに二人はすぐさま自分達の身につけているものを全て脱ぎ捨てる。


「はぁ……まさか途中からあんなに雨が降るなんて判断間違っちゃったね、サキちゃん」

「まったくだ。雨が完全に止んでから出るべきだったな」


 レイラよりも先に身につけている服を全て脱いだサキは服を手に持ったまま、部屋に一つだけ備え付けられている棚の引き出しへと向かい大きめの白いタオルを二つ取り出す。

 その後ベッドの位置まで戻るとちょうど服を脱ぎ終えたレイラに一枚タオルを手渡した。


「あ、ありがとうサキちゃん」

「礼を言われるほどではない、早く拭かないと風邪をひいてしまうぞ」

「そうだね」


 二人はそれから頭を中心にせっせと雨に濡れた体を拭く。

 体を拭いている間、二人とも言葉を発することなく部屋の中では布と肌の擦れる音と外の雨音だけが響いていた。

 しかしその静かな時間はたった三十秒程、一通り体を拭き終えた二人は濡れた服を窓近くにある物干し竿にかけると続いて新たな服を求めに棚へと向かう。

 レイラが取り出したのは白のブラウスと膝丈程の黒いフレアスカート、一方サキが取り出したのは胸の位置に三つの大きなボタンがあしらわれた紺色のワンピースである。

 取り出した服へとすぐに着替えた二人はベッドまで戻るとふぅと一息吐きながらベッドのふちに腰かけた。


「サキちゃん、ようやく準備出来るけど……」

「そうだな、今日はもう休もうか」


 雨にやる気を全て流されてしまったのか今の二人は無気力の塊だった。

 二人とも表情が重く沈んでおり雨に濡れた靴から広がる水をただじっと見つめている。


 それから特に何をするでもなくぼーっとしていたサキとレイラの二人は部屋を整理するという当初の目的は果たすことがないままその日を終えることとなった。

 やはり雨の日は室内で大人しく待機していた方がいい、そう感じる二人なのであった。


◆◆◆


 雨が降った日から一日が経ったラフィリアの町。

 その日は前日と打って変わって雲一つない晴天である。

 そんな天気に恵まれた日、サキとレイラは二○三号室内の床に座って前日やり残した部屋の整理をしていた。


「これは必要なのか?」

「うーん、それは昔冒険者に憧れて自分で作った木の剣! もちろん必要だよ!」


 レイラの言葉を受けてサキは続いて所々変色している古い本を指差す。


「これも必要なのか?」

「それは死んじゃったお父さん、お母さんの変わりに私を育ててくれた人がくれた絵本! それも捨てられないよ」


 レイラはサキが指差した本を大事そうに手に持ち自分のすぐ横へと置く。

 こんなやり取りを始めてかれこれ数十回、いい加減サキは我慢の限界を迎えていた。


「あのな、何でもかんでもとって置いたら整理出来るものも整理出来ないだろ」

「だってみんな大切な思い出のもので……」

「思い出が詰まっているのは話を聞いていて分かるが、レイラはものを持ってないと思い出がなくなるとでも考えているのか?」

「それは違うよ。思い出はずっと私の中にあるもん」

「そうだ、ものに頼らずともちゃんと思い出はお前の中にある。だったら時には取捨選択も必要だ」

「うん、目的は部屋の整理だもんね……」


 レイラは悲しい顔を浮かべながらも自分にとって本当に必要なものだけを選びとっていく。

 サキもレイラに思い出が詰まったものを捨てさせるのは心苦しい。

 だがこれから先の人生、生かすか殺すかというようなもっと厳しい取捨選択を迫られることもあるかもしれないのだ。

 取捨選択を迫られたとき必ずしも近くに頼れる人がいるとは限らない。

 そのときのためにサキは今彼女に大事なものだけを選ばせていた。


「そうだ……まぁ安心しろレイラが要らないものは別に捨てたりはしない」

「それってどういう……」

「この町は孤児院があるだろう? レイラにとって不要なものはそこに寄付すればいい」

「そうか! その手があったか!」


 レイラは先程までの暗い表情とは打って変わってパッと表情を明るくする。

 それから自分の持ち物の中から大事なものを一つだけ選ぶと高らかに宣言した。


「私決めたよ。私が必要なのはこれ一つだけ」


 そう言ってレイラが指差したのは彼女がいつも愛用している皮鎧である。

 その皮鎧は死んでしまったレイラの親の代わりに彼女を育てた──いわば育ての親と言っても過言ではない女性が冒険者になった記念にと彼女にプレゼントしたものだった。

 彼女のそんな宣言を聞いたサキはよし、と立ち上がる。


「よし、そうと決まればこの袋に寄付するものを入れていこう。あっちには捨てるものだ」


 サキが二つの麻袋を交互に指差すとレイラは今まで床に広がっていた思い出のものの中でまだ使えるものを寄付する袋へ、大して使えないものは捨てる袋へと分けて片付け始めた。


◆◆◆


 二人は部屋の整理を終えた後、住民区画にある孤児院にいた。

 協会を思わせるような立派な外観をした孤児院、その建物内では複数の子供達が元気よく走り回っている。

 子供達が走り回る中、建物内中央にある大きな長方形のテーブルでは修道服を身に纏ったまだ若い修道女とサキ、レイラの二人が向かい合うように座っていた。


「これをですか?」

「そうだ、まだ使えると思ってな」

「これ全部私の大切なものなの、出来れば使って欲しくて」

「まぁ……これはまだ使えそうなものが多くありますね」


 修道女は袋の中に入った服や本を取り出すと近くで走り回っている子供達を呼ぶ。


「ほら皆さん、集まって下さい」


 修道女は子供達を呼び寄せるとテーブルの上にあった袋を下に置き、子供達に向けて口を開けた。


「皆さん、これはあのお姉さん方がくれたものなんですよ」

「わぁ本がある!」

「こっちにはお洋服もあるよ!」


 子供達は我先にと袋へ群がり手を伸ばす。

 皆一様に袋に入っていたものに目を奪われていた。


「こら! 相手からものをもらったときはなんて言うんですか?」

「そうだ、あっぶね」

「私は忘れてなかったよ。お礼の言葉だよね」

「はい、そうです。では皆さんでお姉さん方にお礼を言いましょう」


 修道女は子供達を二列に並ばせるとサキとレイラに向き直る。


「お二人方、この度はありがとうございます。大事に使わせていただきますね」

「「「ありがとうございます!」」」


 サキとレイラの二人は修道女と子供達のお礼を受け取った後、明日の依頼準備の続きをするため孤児院をあとにした。

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