26 幼女魔王、護衛依頼を受ける①

 冒険者ギルドの入口の扉を開けたときにだけ鳴るチリンという鈴の音が小さくはあるが騒がしいギルド内に確かに響き渡る。

 それから聞こえてくるコツコツと床を鳴らす一人分の靴の音。

 その音は受付カウンターへと近づいている。


「いらっしゃいませ!」


 近づく音に気づいたギルドの受付職員が来訪者に挨拶をするとその声に気づいた来訪者も挨拶の代わりにと頷きを返す。

 それから来訪者は女性受付職員に尋ねた。


「すみません、本日行われる商人を護衛する依頼ですがわたくしも参加出来ますの?」

「護衛依頼……少々お待ち下さい」


 来訪者の唐突な質問にすぐ答えを出せなかった受付職員は依頼内容を調べるため、受付奥にある部屋へと向かう。

 その間、来訪者──高級感が漂う茶色のローブを身に纏った金髪碧眼、長い髪を頭の高い位置で一本に結んだセレナは育ちの良さを感じさせる綺麗な立ち姿で受付職員が戻ってくるのを待っていた。


 ラフィリアの町の中でもかなりの財力を誇るサルバトール男爵家。

 だがサルバトール家が誇るのは財力だけではない、寧ろそれは副次的なもので最も誇るべきところは一般町民に対しての誠実な態度である。

 サルバトール家は町民の支持を集めて冒険者から成り上がったという背景から今まで町民に対しての対応を怠ったことはなかった。

 町に天災が降りかかれば誰よりも早く町に資金援助をし、強力な魔物が現れれば真っ先に駆けつける。

 それを長年繰り返していたおかげかサルバトール家は爵位最下位であるにもかかわらず町民の中に知らない者はいないというほど有名な貴族になっていた。

 そんなサルバトール家現当主アレク・サルバトールの一人娘。

 それが今冒険者ギルドの受付カウンター前で待っているセレナ・サルバトールなのだ。


「お待たせしました。まだ参加可能ですが……」


 受付職員は戻ってきて早々に言葉を濁す。

 受付職員の様子をセレナが疑問に思ったのも束の間、受付職員は突然頭を下げるとセレナに謝罪をした。


「申し訳ございません。依頼参加の件ですが承諾しかねます」


 受付職員の言葉にセレナは抗議の声をあげる。

 普通に考えてただ無理ですと言われて納得出来る者は少ない、彼女も当然納得することが出来なかった。


「どうしてなんですの? 納得出来る理由をおっしゃってください!」

「それは……サルバトール男爵様からの伝言でして」

「またお父様ですか!? どうしてお父様は私に依頼を受けさせてくださらないんですの!」

「私に言われましても……」

「なんとかなりませんか?」


 セレナがギルド受付職員に詰め寄る中、新たな来訪者が鈴を鳴らしギルドへと訪れた。


◆◆◆


 サキ達が冒険者ギルドの扉を開け、中へと入ると受付カウンターからなにやら言い争っている声がサキとレイラ、二人のもとまで届く。


「どうして駄目なんですの!」

「そう言われましても……」


 言い争っている二人の周りには争う様子が気になっている冒険者もちらほらといるが誰もこの争いを止めようとはしていなかった。

 その中サキは堂々と受付カウンターに向かっていく。


「どうかしたのか?」


 サキの目的は争っている二人の仲裁……というより一方的に詰め寄られている女性受付職員の救済だ。

 サキの言葉に反応した二人は一斉にサキへと顔を向けた。


「あなたは?」

「あなたはサキさん!」


 受付職員は頭の上にクエスチョンマークを浮かべているが、一方金髪碧眼の女性冒険者はサキを知っているような反応を返す。

 どうして知っているのだろうと疑問を一旦置いたサキは続けて二人に状況説明を求めた。


「で、どうしてこんな状況になったんだ?」


 サキの説明を求める声に先程まで詰め寄られていた受付職員がサキに助けを求めるような声で答える。


「はい、こちらにいるセレナ様から商人の護衛依頼をまだ受けられるかという申し出があったのですが諸事情により承諾しかねまして……」

「諸事情というのは?」

「はい、それはセレナ様のお父様、サルバトール男爵様からの伝言で私の娘を危険な依頼には出さないで欲しいというものでして……」

「それでそのセレナとやらの申し出を断ったと」

「そういうことになります」


 受付職員から話を聞いたサキ、今度は金髪碧眼の女性冒険者──セレナへと向き直る。


「そしてお前は説明に納得が出来なかったというわけだな?」

「はい、大声をあげて皆さんにご迷惑をお掛けしたのは反省しています……ですがその説明ではどうしても納得出来ないですの!」


 セレナからは依頼を受けるもしくは納得出来る説明があるまでこの場所を離れないというような意志が感じられた。

 身分が上の者からの命令に近いお願いにどうすることも出来ない受付職員、納得するまでこの場を離れないつもりのセレナ。

 二人の争いはこのまま平行線のまま続くと思われたが、サキの頭にはこの状況を解決する一つの案が浮かんでいた。


「今はその男爵とやらに連絡はとれるのか?」

「はい、ギルドにある念話機というもので連絡は取れると思います」

「ならばその男爵とやらにこう伝えてくれ、猫は庭で大事に飼っておくよりは時々外で遊ばせた方がなつくくぞと」

「はい? なんですかそれは?」

「良いから連絡してくれ」

「分かりました、そのように伝えて参ります」


 受付職員はサキの言葉を疑問に思いつつも受付カウンターの奥の部屋へと急いで入っていく。


 そして数分後……。


 受付職員は信じられないものでも聞いたというような顔をしながら受付カウンターまで戻ってきた。

 その顔が意味するのはもちろん──。


「セレナ様、大丈夫でした! サルバトール男爵様から許可が下りましたよ!」

「本当ですの!? これで私も護衛依頼が受けられるのですね! でもあのお父様が意見を変えるなんて珍しいこともあるものですのね……」


 サキは気づいていた。

 セレナの父、現サルバトール男爵が重度の親バカだということに。 

 これでもサキは昔何人もの部下を持っていた身、当時の部下から家族のことで相談を受けたことも当然ある。

 そしてその相談のほとんどは娘が反抗期だ、昔はいつも一緒に寝ていたのにというような娘についてのことばかり。

 そんな相談を多く受けたサキにとっては男爵の気持ちを見破る程度容易いことだった。

 だてに数百年も生きていないのである。


「じゃあ俺達はもう行くぞ」


 その後サキは自分の出番は終わりとでも言うように受付カウンターからレイラを連れて離れて行く。


「サキさん、ありがとうございます!」


 受付カウンターから離れるサキの後方から発せられたセレナの言葉に何故自分の名前を知っているのだろうという疑問を再度覚えながらも、サキは護衛依頼の集合場所として指定された冒険者ギルド二階へと向かった。

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