28 幼女魔王、護衛依頼を受ける③
ラフィリアの町南門から五台の馬車が出発して早三時間。
現在はエリュード草原を越えてその先のカルスタート草原へ入ろうとしていた。
カルスタート草原。
コロッコの森へと向かう冒険者がよく通るエリュード草原とは違い、比較的強力な部類に入るCランクの魔物が多数出現するためラフィリア、サウストリスタ間を移動する際商人達の間では最も難関とされる草原だ。
今回の護衛依頼もこの草原を通り抜けるために発注されたと言っても過言ではない。
では何故エリュード草原と近いカルスタート草原には強力な魔物が出現するのか?
それはとある草花がこの草原に生息しているためである。
その草花の名前は
しかし問題なのは魔力草を求めてやって来た魔物達ではない。
問題なのは魔力草を求めてやって来た魔物をさらに求めてやって来る魔物達。
そう、カルスタート草原に出現するCランクの魔物とは魔力草を求めてやって来た魔物達を求める魔物達なのである。
「ここから宜しくお願いしますよ」
「はい、ここからが本番ですからね。守りは任せてください」
カルスタート草原手前で商人達が一時停止して草原に入る準備をする中、『アイロン・ウォール』のリーダー、マルコフはドンと自分の胸を強く叩き商人達を安心させようとしていた。
「それは頼もしいですね。ぜひ宜しくお願いします!」
マルコフの作戦は成功したのか現在彼と話している商人はホッと息を吐いて安心している。
五人の商人達が緊張感を持って馬車の点検や商品の固定をする
というのもこれまで現れた魔物は馬車の一台目にいる『アイロン・ウォール』の四人と馬車最後尾にいるセレナとラフィエールによって全て片付けられていたのだ。
「俺達の出番はなさそうだな」
「まだ分からないよ、サキちゃん。これからが本番なんだから」
「そうか、ならいいが。このままだと眠くなってしまうぞ」
サキがあくびをしているとサキ達がいる馬車の前々方──馬車の列一台目から男の悲鳴にも似た声が響いた。
声と彼のいる位置からして準備をしていた商人、どうやら何か問題が起こったらしい。
「誰か!! すぐ近くに大きな魔物がいる! 助けてくれ!!」
商人の声に依頼を受けた冒険者全員が反応するも前方にいた『アイロン・ウォール』四人とセレナ、ラフィエールは商品固定の手伝いのため後方におり、今動ける者はサキとレイラしかいない。
「話していた矢先にこれか。確かに中々退屈しなさそうだな」
「サキちゃん、そんな呑気なこと言ってないで早く行かないと商人のおじさんが魔物に襲われちゃうよ!」
「そうだな」
レイラが話している間にも商人の男の悲鳴は響いている。
その声にサキとレイラは急いで最前列の馬車へと向かった。
「誰か! お願いだ! 本当に近くにいるんだ!」
サキとレイラが最前列の馬車のもとまで行くとそこには口からだらりと涎を垂れ流している四足歩行の獣──トルエラ四体の群れが商人の男一人を取り囲んでいた。
サキとレイラにはまだ気づいていないようだが商人の男はいつ襲われてもおかしくない状態だ。
「少しまずいな」
サキは自らに増強魔法『フィジカル・アップ』を使うと大声を上げた。
「おい、お前らこっちを向け!」
サキの声に反応してトルエラは一斉にサキとレイラに顔を向ける。
身体中に黒い斑点模様を持つトルエラの上顎から生える長い二本の牙は中々に迫力満点だ。
この牙で噛みつかれたらひとたまりもないだろうが既に噛みつかれる心配はない。
「ん? この魔物達さっきから動かないけどどうしたのかな?」
「今俺が魔法で止めているからな」
サキは闇魔法『グラビティ』を前方にいるトルエラ四体に発動させていた。
地面に縛りつけられた魔物達は苦しそうにグエッと鳴き声をあげている。
「いつの間に発動させてたの!? ってそれよりも今は商人のおじさんを助けなきゃね。サキちゃんはちょっとその状態で待ってて!」
レイラはサキにそれだけ言い残すとトルエラ四体に囲まれている商人の男のもとへと駆け寄る。
「おじさん、大丈夫?」
「おお、助けに来てくれたのか! ありがとう!」
「今サキちゃんが魔物達の動きを止めてるから早くここから離れよう!」
「わ、分かった」
商人の男は緊張感のある声で頷く。
サキが魔物達の動きを止めているのでもう襲われる心配はいらないのだが商人の男にとっては魔物が目の前にいるだけで恐怖なのだろう。
ともかくレイラは商人の男の手を引き、サキのもとまで連れて行くと彼女と目を合わせ頷いた。
「分かった、では片付けるとしよう」
サキはレイラの頷きを合図に未だに地面に縛りつけられている魔物達へと顔を向けると同時に左手に持っていた杖で魔物達へと照準を合わせる。
それから数秒沈黙があった後、彼女は闇魔法『ダーク・アビス』を発動させた。
「グエッ!?」
「グエェエ!」
サキの発動させた魔法によって四体のトルエラは徐々に闇の中へと引きずり込まれていく。
闇魔法『グラビティ』で地面に縛りつけられているこの魔物達には抵抗することすら許されていなかった。
そう、初めにサキの魔法にかかった時点で魔物達には死の運命しか待っていなかったのである。
グエッと最後の一体が一際大きな声をあげ、完全に闇の中へと引きずり込まれるのを確認したサキは魔法を解除すると後ろを振り向く。
そこにはレイラと魔物に囲まれていた商人の男の他に『アイロン・ウォール』の四人とセレナ、ラフィエール、魔物に囲まれていた男以外の商人四人が集まっていた。
「す、すごい!? こんな強力な魔法が使えるなんてお嬢ちゃん一体何者なんだ!?」
そう声をあげたのは初めサキに不安を抱いていた一列に並ぶ馬車三台目の御者をしている商人。
彼はサキの見た目と実力のギャップに
「初めにそれなりに魔法を使えると言ったはずだが」
「まさかここまでとは思わなくてね。いや疑って悪かったよ」
「さすがですよ! 模擬戦の時より迫力がありました!」
商人とサキの話に割り込むように入ってきたのはマルコフ。
彼は今の出来事に興奮しているようで鼻息を荒くしていた。
というのも彼らのパーティーは守り特化故の火力不足、サキのような攻撃型の魔術師にはどこか憧れるものがあった。
「そ、そうか。では俺は戻るぞ」
マルコフの称賛の言葉に曖昧な反応を返すサキ。
彼女にとって当たり前のことをしただけなので、これ程までに持ち上げられるとやりにくさを感じてしまうのである。
そんな気持ちを抱いていた彼女はその後周りの熱い視線から逃げるように元いた場所──前から三番目の馬車の荷台へと戻っていった。
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