29 幼女魔王、護衛依頼を受ける④
魔物討伐でサキが大活躍をした後、カルスタート草原に入る準備を終えた商人達は再び馬車を動かしていた。
既にカルスタート草原に入ってしばらく経っており、あと数時間で町へと着く予定である。
「いや、お嬢ちゃんがいるといつもより馬車の進みが良いよ」
サキが乗っている馬車の御者をしている商人は手綱を両手に握りながら彼女へと話しかける。
ここまでの道中、全てとはいかないがほとんどの魔物をサキが倒していた。
発見するとすぐさま魔法を放ち敵を一撃で沈める彼女の姿はまさしく固定砲台。
そんな彼女のおかげか通常魔物の対処で時速三キロになってしまうところそれよりも四キロ多い、時速七キロと通常ではあり得ない驚異的なスピードで馬車が進んでいた。
「そうか、お役に立っているようで良かった」
「そういえばお嬢ちゃんは普通に話すんだね」
「どういうことだ?」
「いや、強い力を持っている人は大抵相手を見下すような態度になるからね」
「サキちゃんはそんなことしないよ!!」
サキと商人の男が会話していると隣で静かにしていたレイラが突然声を荒げた。
どうやら今の商人の発言が気に入らなかったようだ。
「レイラ、急にどうしたんだ?」
「だって今サキちゃんが馬鹿にされているような気がして……サキちゃんはそんなことしないのに……」
レイラの言葉は徐々に小さくなり最後には聞こえなくなった。
彼女のその様子に商人の男は慌てて先程の発言を訂正する。
「違う、違うよ。私はお嬢ちゃんを褒めていたんだよ。分かりにくくて申し訳ないね」
「そうなの?」
「ああ、力に支配されないというのはそれだけですごいことなんだ。私はこれまで色んな強い人を見てきたけどお嬢ちゃんほど私みたいな普通の商人と気さくに話してくれる人はいなかったよ」
「そうなの! サキちゃんは優しいんだよ。普段は口が悪いけどしっかり私のことも考えてくれるの!」
「実に良い仲間を持ったね」
商人の男はホッホッホと笑うと一言呟く。
「お嬢ちゃん達も疲れただろう、ここからはもう町が近いから少し寝てると良いよ」
「待ってくれ! 俺達は今依頼を遂行中なわけで勝手に寝ることなんて出来ない!」
商人の男の言葉にサキは手を前に出し待ったをかける。
いくらここしばらくの間魔物が出ていないとはいえサキ達は護衛依頼を受けている身、依頼中に寝ることなどあってはならないのだ。
だが商人の男はそれでも引き下がらない。
彼は彼で初めサキが幼いというだけで彼女の力を疑ってしまったことをひどく気にしていた。
そこで自分に何か出来ることがないか考えた結果が今の提案なのである。
「いいんだ、お嬢ちゃん達にはここまで助けてもらったからね。他の仲間もきっと許してくれるさ。それに寝る子は育つって言うだろ?」
商人の男は是非とも休んで欲しいというような顔でサキ達に話しかける。
正直ここまで好意剥き出しで休んで欲しいと言われてしまうとサキでも簡単に断ることが出来ない。
「サキちゃん、おじさんもこう言ってるんだし大丈夫だよ。もし心配だったら私が起きてるからサキちゃんは休んでて」
その上レイラまでサキを休ませようとする始末。
気づいたときには既にレイラと商人の男によるサキ休ませる包囲網が出来上がっており、休むという答え以外選択肢がない状態だった。
「うう……分かった、だが何かあればすぐに起こしてくれ。あとレイラ、寝ている間に変なことはするなよ?」
「ウン……ダイジョウブダヨ。アンシンシテ」
レイラから不安しか覚えないような返事をもらったサキは彼女を警戒しながらも馬車に積んである荷物にもたれ掛かる。
それから草原に吹く暖かい風に眠気を誘われ、数分もしないうちに夢の世界へと旅立った。
◆◆◆
サキが眠りについてから数時間──。
ガタゴトとリズム良く揺れる馬車の荷台では一人の少女が神妙な面持ちである幼女の前で手をワキワキさせていた。
その状況で少女──レイラは一人ぶつぶつと呟く。
「これはサキちゃんを起こすためであって別にやましい気持ちはこれっぽっちも、全くないんだから」
しかし、レイラの手は正直なようでワキワキさせたままサキの顔へと徐々に近づいていく。
彼女の目的はサキを起こすことだが、それだけでは物足りないようで起こすついでにしっかりとサキの柔らかい肌を堪能するつもりだった。
サキを起こすことが目的なのか、サキの肌を堪能することが目的なのか、この状況で答えを知るものはレイラしかいない。
まぁ彼女の様子からどちらを主に重要視しているか
「さぁ私に全てを委ねて良いんだよ、サキちゃん」
レイラは神妙な面持ちから一転、公然の場なら兵士に捕まるだろう怪しい笑みを顔に浮かべ寝ている無抵抗なサキの肌へと触れる。
「これはなかなか……すべすべで弾力があってそれでいて柔らかい……グッジョブ!」
やはりというべきかレイラはサキを起こすことそっちのけで彼女の肌をたっぷり堪能していた。
ここにサキを助ける者はいない。
この馬車にはサキとレイラの他に商人の男も乗っているのだが彼はレイラのはしゃぐ声から二人が何かいけないことをしていると思ったらしく気づかないふりをしていた。
そう、レイラにとってここはまさに天国といっても過言ではなかった。
「ふふふ……やっぱりサキちゃんの肌はプニプニしてて最高だね! もう少しだけなら大丈夫だよね」
しかし、ここでレイラにとっての幸せな時間が唐突に終わりを迎える。
体のあちこちを触ればいくら起こすつもりはなくても起きてしまうのが必然。
レイラがサキをもう一触りしたとき彼女はちょうど目を覚まし瞼を開けた。
「あ……」
ピッタリと合ってしまう二人の視線。
レイラの伸ばした手はちょうどサキの顔に触れており既に言い逃れが出来ない状態だ。
「一体何をしているんだ?」
当然の質問をサキは相手に投げ掛ける。
「それは……あれだよ。サキちゃんを起こそうと思って……」
「それで顔に手をやる必要があるのか?」
サキはこのとき自分がレイラに何かされたということを察していた。
だてに二ヶ月も共同生活をしていないのである。
「ない……と思う」
「ということは何かしたんだな?」
「いやでもサキちゃんを起こそうとしたのは本当で私はついでに色々としただけで……」
「そのついでに何をしたんだ?」
サキはついに確信に迫る質問をレイラにする。
その質問にうぐっとなったレイラはサキから目を逸らした。
「そうか、なら俺にも考えがある。話さなければ今後お前とは口を利かないからな」
「はい、サキちゃんの柔らかい肌を堪能してました!」
さすがのレイラもそこまでされると辛いのかサキの言葉の後すぐに全てを暴露した。
一つの曇りもない清々しい顔である。
「素直でよろしい……だが人の寝込みを襲うとは許されることではないよな」
「はい、その通りです」
「というわけなので町に着くまでお前とは口を利かない」
「……!? 話が違うよ、サキちゃん!」
レイラがサキを呼ぶも返事はない。
どうやら本当に口を利かないつもりのようだ。
「サキちゃん、ごめん。もうしないから許して!」
町に着くまでの間そんなレイラの謝罪が馬車の上で響いていた。
そしてこのとき彼女は誓っていた、サキの寝込みを今後何があっても襲わないようにしようと──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます