36 幼女魔王、異変の元凶と遭遇する②

 魔人、魔王種と同じように魔物が突然変異して生まれたものであるが魔王には至らなかった存在。

 しかし、だからといって弱いというわけではない。

 魔物が突然変異しただけあって力はEX級の魔物に匹敵するだけのものを持っている。

 そしてサキ達の目の前にいる男──サタルニクスも強大な力を兼ね備えていた。


「さぁサキル様も私と共に行きましょう! 今度は新たな魔王様についていくのですよ」


 サタルニクスはサキへ薄紫色の手を伸ばす。

 手を差し出す本人はサキが断るとは微塵も思っていない顔をしており、笑みを浮かべていた。

 しかし、サタルニクスと根本的に考えが合わないサキがその申し出を受けるはずがない。

 そんなことよりもサキはサタルニクスのある言葉に引っ掛かりを覚えていた。


「新たな魔王様? それはどういうことだ!」


 サキが引っ掛かりを覚えていたのは『新たな魔王様』という言葉、今まで封印されていたサキでは知ることが出来ない情報である。


「そうでした、サキル様は知らなかったのですね。生まれているのですよ、新しい魔王が。サキル様の時代はもう終わったのです」


 サキの問いに淡々と答えるサタルニクス。

 どうやら彼は既にサキの部下ではなく、新たな魔王のだ部下となっていたようだ。

 とはいってもサキに驚きはない、三百年も経っていれば色々変わるのは当たり前。

 そもそもサタルニクスはサキを裏切っており今となってはどうでも良いことだった。

 それよりもサキは新たに生まれた魔王について気になっていた。

 新たな魔王がサキと同じ人間と共存というような考えを持っているなら良いのだが、サタルニクスが付き従っていることからその考えを持っている可能性は限りなく低い。

 せめて温厚な魔王であって欲しいとサキは願っていた。


「その魔王はもしかしてこの世界を手に入れるなど考えているのか?」

「はい、そうです。あの方こそ私が仕えるに値するほどの素晴らしい考えを持ったお方。サキル様も一度こちらに来ればきっと分かるはずです」


 サタルニクスは一度引っ込めた手を再びサキへと伸ばす。

 今度も笑みを浮かべていた。

 だがサキの考えが簡単に変わることはない。

 彼女はサタルニクスの手をチラリと見た後、彼の顔へと視線を向ける。


「それで俺がお前についていくと思っているのか? 笑わせるな! 俺がお前などについて行くわけがないだろう!」


 それからサキは言葉を続ける。


「それに俺は人間と共存するためにも無闇に人間へ危害を加えたりはしない。お前達の茶番に付き合っている暇などない!」


 サキの言葉を受けてサタルニクスはこめかみに青筋を立てる。

 彼は自身の目指しているものが茶番だと言われサキに苛立ちを感じていた。

 しかしまだ説得を続けるようですぐに顔から怒りの表情を消す。


「分からないのですか? 私達と人間がどれだけ長い間争ってきたと思っているんですか? もはやちょっとやそっとのことで私達と人間の間にある深い溝は修復出来ないんですよ。それを分からないサキル様ではないでしょう?」

「例え俺の行動が意味のないことだとしても誰かが始めなければ何も変わらない!」


 サキの最後に発した言葉が止めとなったのかサタルニクスは顔を俯けると不気味な笑い声を上げ始める。


「そうですか、本当にサキル様はどうかしておられるようですね。仕方ありません、今後こちらの敵になっても面倒です。ここで始末するとしましょう」


 サタルニクスは自分達の考えが理解出来ないサキが悪いとでも言うように彼女を睨み付けると洞窟の天井に向けて腕を突き上げる。


「サキル様が悪いのですよ。悪く思わないで下さいね」


 サタルニクスは笑っているのか怒っているのか判断のつかない顔をして天井に向けて突き上げた腕に魔力を集めていく。

 どうやら彼は魔法を発動するようだ。


「一体何をする気だ!」

「それは見てからのお楽しみです」


 サタルニクスの魔法はあっという間に完成し、天井に緑色の魔方陣を映し出す。


「最初からこうしていれば良かったです。今の段階でどうなるか分かりませんが被害が出るのはここらの森一帯。私達には関係ありません」


 サタルニクスの発言後にくる強い地面の振動、天井に張り付いていた魔物達──ビック・バットの群れは一斉に飛び立つ。

 そのなかで彼は一度深く礼をする。


「それではごきげんよう」

「おい、待て!」


 サキの制止は意味をなさず、次の瞬間にはサタルニクスと彼の横にいたサルトラウルフがこの洞窟内から姿を消していた。


「くそっ!」


 サキはとなった存在に逃げられてしまったことを後悔する。

 しかし今は後悔する暇などない。

 サタルニクスによって何かをされたことは明確なのだ。

 瞬時にそのことに気づき後悔するのを止めたサキはレイラ達三人へと向き直った。


「とにかく今はここから逃げるぞ!」


 四人はサキの言葉に流されるまま振動で今にも崩れ落ちそうな洞窟内を足元に気をつけ慎重にかつ素早く走る。

 サキとしても三人に色々と説明したかったがこの状況がそうはさせてくれなかった。

 とにかく今は洞窟から逃げる、それだけのことが今のサキの頭には存在していた。

 それから一行はしばらく来た道を戻り、ようやく洞窟の入口まで辿り着く。

 そして洞窟の外へと出るとまずは一安心とその場でしゃがみこんだ。


「ようやく外だな。みんな無事だったか?」


 しかしサキの言葉に返事をするものはいない。

 その理由は彼女が一番分かっていた。

 そして彼女の次の選択も既に決まっている。

 それはこの場から去り今後人間と関わらないという選択。

 そうでもしなければ魔王である自分はきっと周りの人間に恐怖を与え続けてしまう。


「すまない、騙しているつもりはなかったんだが結果的に騙すことになってしまったな。安心してくれ、危害を加えたりはしない。俺は大人しく……」


 サキが一人森の中に姿を消そうとしたところでレイラが彼女のローブに覆われた肩を掴む。


「ごめんね……私こそサキちゃんのこと分かって上げられなくて……」


 サキの肩を掴んだレイラは涙を流していた。

 彼女の頬を伝う大粒の涙はポタリポタリと地面に丸い跡をつけている。

 そんなレイラの様子にサキはやってしまったかと本日二度目の後悔をしていた。


「すまない、恐がらせるつもりはないんだ。だから泣かないでくれ、俺ならすぐに……」


 しかし、レイラの涙は恐怖から来たものではなかった。


「違う! サキちゃんが恐くて泣いてるんじゃないよ! 私は今までサキちゃんのことを何も分かってなかったんだ!」


 レイラの涙は彼女がサキ、正確には魔王サキルのことで今まで勝手に悪い印象を抱いていたことに対しての申し訳なさから来たものであった。

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