37 幼女魔王、危機を迎える①

 サキ一行が洞窟から脱出して数分、レイラの顔には未だ涙が伝っていた。

 レイラは現在『放心』という言葉がしっくりくる様子でその場に立ち尽くしている。


「レイラ……」


 そしてサキもまたどうしたら良いのか分からないといった様子でその場に立ち尽くしていた。

 彼女としてもこのレイラの反応は想定外のことだった。

 どうして今まで騙していた自分に謝るのだろう、謝るとすれば自分の方ではないかとサキは考えていた。

 しかし、実際レイラは謝罪の言葉をサキに発している。

 サキとしては混乱する一方だった。


「少し良いですか? サキさん……」


 サキとレイラの間に突然ラフィエールが割り込みサキへと声をかける。

 彼女は今まで見たことないような真剣な顔をしていた。

 そんな彼女の顔を見て重要な話があると察したサキは彼女へと体を向けて話す体勢を整える。

 それからサキは準備が出来たことをラフィエールに伝えた。


「ああ、大丈夫だ」


 サキの返事を聞いたラフィエールはゆっくりと口を開く。

 ラフィエールは一体どんな話をするつもりなのか、彼女が言葉を発するまでの時間をサキは永遠のように感じていた。

 それほどまでに緊張感のある空気が二人の間に充満していたのだ。


「では聞きます。あなたとあの魔人が話していたことは全て事実なのですか?」


 ラフィエールがサキに聞いたのは彼女とサタルニクスの会話が事実かということ。

 つまりラフィエールは人間に危害を加えないという話は本当かどうかをサキに聞きたかった。

 この質問にサキは首の頷きをもって返事をする。


「そうですか……」


 サキの返事を聞いたラフィエールはどこかホッとしたような困惑しているような複雑な表情を浮かべていた。

 というのも世間一般で魔王は人間の敵である。

 その魔王が人間に危害を加えないなど普通なら信じられないことなのだ。

 レイラのように例外もいるがラフィエールの反応は極めて正しいものだった。

 サキもそのことについては承知しているので三人を安心させる言葉を再度発する。


「安心してくれ。俺自身、人間に危害を加えることは今も昔もしていない。今までの行動を見ていれば分かるはずだ」


 サキの言葉でようやく彼女を信じたのかラフィエールは一先ず安心といった表情を浮かべる。


「分かりました……信じましょう。では宿に帰って詳しい話をしましょうか」


 ラフィエールが一旦区切りをつけて宿に戻ろうと洞窟の入口前から一歩あるいたそのとき、突然ゴゴゴッという地面が振動する大きな音が一行の足元から鳴り響いた。


「何ですか、今の音は!?」


 それから来る強い振動、洞窟を抜けた時点で収まっていた振動が今再び起こっていた。

 先程よりも強いこの揺れは一行全員がその場で立てなくなる程のものだ。


「おい! 大丈夫か!」


 サキの呼び掛けとほぼ同時に一行の前方数キロ先──先程一行がいた洞窟内ドーム状の空間の辺り──から一つの巨大な黒い影が飛び出して来た。

 黒い影は自らの翼を使って一度上空で止まるとその後ゆっくり地面に足をつける。

 遠くからでも分かる背中に翼持つ巨大な体、日の光を反射して光る黒い鱗、そして爬虫類を思わせるような縦に長い目、手の先には木の幹など簡単に切り裂きそうな長い爪まで備わっている。

 その正体は誰もが恐れるEX級の魔物、ドラゴン。

 中でも巨大な体と鋼のように硬く黒い鱗が特徴的な『ブラック・ドラゴン』だった。


「ギャオォオオ!!!」


 ブラック・ドラゴンの耳の鼓膜を破壊するような大きな鳴き声に竦む一行。

 あまりにも突然のことで四人全員、頭が回っていなかった……いや回す余裕などないのだ。

 四人は直前まで考えていたことを全て忘れ、全身恐怖という感情にただ支配されていた。

 数キロ離れているにも関わらずこの恐怖、もしブラック・ドラゴンのすぐ近くにいたら一体どうなっていたか想像もつかない。

 それほどまでにブラック・ドラゴンは周りに恐怖を与えていた。

 だが流石は元魔王のサキ、彼女はいち早くブラック・ドラゴンの恐怖に打ち勝つと他三人の肩を叩きこの場から逃げるように促す。


「おい、しっかりしろ! 早くここから逃げるぞ!」


 サキの言葉で次々と我に返る三人。

 彼女にいち早く返事をしたのはラフィエールだった。

 ラフィエールは焦った様子で早口に捲し立てる。


「分かりました、急いで町に戻りましょう! 町に行ってこのことを知らせないといけません!」


 ラフィエールは賢者ラフィラの子孫。

 魔王サキルを封印して三百年経った今でも権力が高く国の防衛、維持の一部を任されている。

 国の防衛、維持に大事なのは状況を正確に判断する冷静さ、しかし現在のラフィエールは冷静という言葉が体から抜け落ちていた。

 普段冷静な彼女も今回ばかりは冷静さを保つことが出来なかったようである。


「では全員に増強魔法をかける。そのあとは俺の後ろについてきてくれ」


 それからサキは自分も含めた四人全員に増強魔法『フィジカル・アップ』を発動させると大森林入口の方向へと走り始めた。


 大森林の入口からブラック・ドラゴンが出てきた洞窟まで歩いて約四時間、距離にしておよそ二十キロメートルと中々にハードである。

 そしてその距離を結ぶ道のりは多くが森の中、地面は凸凹しており木の根に足を取られることもある。

 そんな悪路の中をサキは時折仲間の様子を気にしつつも全速力で駆け抜けた──。


◆◆◆


 サキ達が町へと向かってから一体どれだけ時間が経ったことだろう。

 彼女達は既に町の門前に辿り着いていた。

 現在は既に日が沈んでおり辺り一面に広がる景色は闇でほとんど見えなくなっている。

 しかしそれは町までの道のりの話、町はやはりというべきかまだまだ賑わいを見せていた。

 ただ賑わいといっても良い方向にではない。


「おい、早く荷物を馬車に乗せろ!」

「今すぐにでも町を出るぞ!」


 町の人達が賑わっているのはサルトラ大森林に突如現れた魔物──ブラック・ドラゴンのため。

 サルトラ大森林にいるブラック・ドラゴンの巨体は町からでも十分に視認可能だった。


「混乱が起こる前に町に着きたかったのですが既に遅かったようですね」


 混乱を起こしたくなかったラフィエールはもう手遅れだとでも言うように首を横に振る。

 ここまで大きな混乱に発展した状態ではいくら権力があるラフィエールでも対処するのは難しかった。

 混乱した人の集団ほど制御出来ないものはないのだ。


「とりあえず町の中に入ろう。宿で会議だ」


 サキは一人町の中へと入っていく。

 続いて彼女の言葉に頷いた三人も神妙な面持ちをしつつ混乱する町の中へと入っていった。

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