38 幼女魔王、危機を迎える②

 サキの一言で宿がある宿場区画へとやって来た一行。

 普段なら宿を利用する商人で賑わっているのだが今はその痕跡すら発見できない。

 どうやら商人は全員サルトラ大森林から離れるようにサウストリスタの東門へと向かったようであった。

 そんな誰もいない宿場区画通りの真ん中を堂々と歩く彼女らには一つの心配事が生まれていた。


「こうも人の気配がないと宿に入れるかが心配だな」

「そうだね、もしかしたら宿の人も逃げてるかもしれないよね」


 心配事とは宿に入れるかどうか、あまりの気配のなさに彼女達は宿の従業員も既に逃げているのではないかと考えていた。

 進めば進むほど人の気配がなくなっていく通り、彼女達は一歩足を前に出す度に不安を募らせる。

 そうこうしているうちに彼女達は自分達の借りている宿の前まで辿り着いた。


「よし、開けるぞ」


 宿が開いているかどうかは扉が開くかどうかで決まる。

 サキは四人の先頭に立つと扉のノブに手を添え、思いっきり扉を手前に引いた。


「どうやら大丈夫だったみたいだな」


 サキの引いた扉は抵抗することなく彼女の加えた力のままに弧を描くように開いていく。

 鍵がかかっていなかったということはつまり営業している証拠であった。


「いらっしゃいませ!」


 出迎えたのはサキ達が宿の部屋を借りたときに彼女達を対応した薄い赤色の髪を三つ編みにした頬のそばかすが特徴的な少女。

 彼女はその日の前日と変わらない明るい様子でサキ達へと駆け寄る。


「何名様ですか……ってあ、お帰りなさい!」


 少女はサキ達がその日の前日に部屋を借りた客だということに気づくとすぐさま挨拶をする。

 それから少女はサキ達へと心配そうに声をかけた。


「皆さんは大丈夫だったんですか? 確か依頼はサルトラ大森林の方でしたよね?」


 彼女が言っているのはもちろんサルトラ大森林に突如現れたEX級の魔物『ブラック・ドラゴン』のこと。


「ああ、なんとか大丈夫だった。それよりもお前達は避難しなくても良いのか? シオン」


 サキの言葉に少女──シオンは首を横に振る。

 そして彼女は軽く微笑みを浮かべながら宿内のあちこちを見渡した。

 宿内を見渡す彼女の視線にはまるで自身の一番大事なものを見るかのような愛情がこもっている。


「いえ、例えこの町にドラゴンが迫って来ていても私達はこの場所に残り続けます。私達にはこの場所しかないですから……」


 シオンは宿を一通り見渡した後サキ達にそう宣言する。

 彼女からしたらこの宿は生活の全て、いわば自身の半身のようなものであった。


「そうか……」


 シオンの言葉に何も返すことが出来ないサキ、よくよく考えてみれば町に定住していない旅商人達とは違い定住している彼女らには逃げ場などないのだ。

 例え運良く町から逃げ切れたとしてもその後の生活が成り立たなくなる。

 これは彼女達に限らず、町に定住している人達全員に言えることだった。

 そのことに後から気づいたサキは自分の無神経な発言に申し訳ない気持ちを抱いていた。


「あまり気にしないでください。まだドラゴンがこの町に来ると決まったわけではないですから。それよりもお食事にしますか?」


 サキの後ろめたい気持ちが表情に出ていたのか、それを気遣うようにシオンは努めて明るく振る舞う。

 サキはそんな彼女の様子にさらに申し訳なく思いながらも今度は表情を明るくしてシオンの質問に答えた。


「いや、俺達は部屋に戻る。気を使わせて悪いな」

「分かりました。御用事がある際は何でも言って下さいね!」


 明るい笑顔を浮かべたシオンの見送りに頷きという形で返事をした一行は自分達の部屋がある宿の二階へと向かった。


◆◆◆


 サウストリスタのとある宿二階にある四人用の大部屋の一つ。

 そこでは現在サキ、レイラ、セレナ、ラフィエールの四人が会議を開いている。

 部屋の四隅よすみに一つずつ配置されているベッドにそれぞれ腰かけた彼女達は皆厳しい表情を浮かべて向かい合っていた。


わたくしは戦いますの! 原因はたぶんあの男です。なので私達は戦う必要があると思いますの!」


 セレナは少々語気を荒げて『ブラック・ドラゴン』と戦うことを宣言する。

 彼女はサルトラ大森林の洞窟内で会ったサタルニクスが『ブラック・ドラゴン』を何らかの方法で呼び出したのだと思っていた。

 とすればその原因を作り出したのは自分達。

 自分達が引き起こした事は自分達で解決しなければいけないと、彼女はそう考えていた。


「ですがあの魔物はEX級の魔物ドラゴンです。それもドラゴンの頂点に君臨すると言われている『ブラック・ドラゴン』ですよ? 私達には少々荷が重いと思います」


 一方セレナとは反対の意見を言うラフィエール。

 彼女も出来れば『ブラック・ドラゴン』を倒したいとは思ってはいたが国を任されている彼女の立場から考えればそんなこと出来るはずもなかった。

 勝てない戦いに貴重な戦力を注ぎ込むなどマイナスでしかないのだ。

 それにドラゴンは未だサルトラ大森林で暴れまわっているだけで必ずしもこの町を襲って来るとは限らない。

 ラフィエールはこの町へドラゴンが来ないことに賭けていた。


「サキさんはどう思いますか?」

「そうですの!」


 突然ラフィエールとセレナの二人に話の矛先を向けられたサキは考える。

 果たしてどちらの選択が正解なのかを。

 そして悩みながらも彼女は……。


「俺は戦う……いや戦わなければいけない。これは全て俺が引き起こしたことだ。もしものことがあってからでは遅い!」


 サキはベッドから立ち上がると力強くそう宣言する。

 元の原因はサルトラ大森林に調査にいったことでも、洞窟内に立ち入ったことでもない。

 全ては自分がサタルニクスと会ってしまい彼の誘いを断ったことだ。

 彼女は彼女で責任を感じていた。


「今はそうでないとはいえ魔王だった人とは思えない発言ですね。分かりました、サキさんがそこまでおっしゃるのなら私は止めません……ですが町のこともあるので私は戦えませんよ」

「大丈夫だ。元々一人で行く気だったからな」


 サキのその言葉にレイラとセレナの二人が反応する。


「サキちゃん! 私も行くよ!」

わたくしも連れていって下さい!」


 二人は既に戦う気満々の顔をしており、一歩も引き下がる気はないようだ。

 サキもそんな様子の二人を止めることはしない。

 もとい止める権利などそもそも持っていないのだ。

 だが最低限の忠告は必要だろう。


「分かった……だが今回の相手はかなりの強敵だ、無理だけはするなよ」


 こうしてサキ、レイラそしてセレナの三人はサルトラ大森林に突如現れた『ブラック・ドラゴン』へと戦いを挑むことにした。

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