8 幼女魔王、冒険者登録をする

 ラフィリアの町にある冒険者ギルド内、そこでは多くの冒険者が自らのことに没頭していた。

 ある者はギルドに併設されたバーに置いてある酒の種類を選ぶのに、ある者はこれから受ける依頼を選ぶのに、そしてある者は依頼で受け取った報酬金を数えるのに。

 そんな中で受付カウンター前にいた一人の幼女と一人の少女は話し合いに没頭していた。


「ねぇ鍛えるって何をする気なの? それに模擬戦って……」


 レイラはこれから何をするのか分かっていない様子で頭の上にクエスチョンをたくさん浮かべる。

 彼女からしてみれば鍛えるということも模擬戦をするということもサキが勝手に決めたこと、そこに彼女の意志は一切入っていないのだ。


「何をするって言われても言葉の通りなんだが……あと言い忘れていたがお前をサポートするために俺も冒険者になってパーティーとやらを組もうと思う」


 だがサキはそんなレイラの心境は考えていなかった。

 彼女の中にあったのは先程二人を馬鹿にしてきた冒険者達への対抗心のみである。


「え!? それってサキちゃんが私とパーティーを組んでくれるってこと!?」


 レイラはサキがパーティーを組むという発言をした瞬間、先程までの低めのテンションから一転、鼻息を荒くするまでの高いテンションに切り替わった。


「まぁそういうことになる。お前は悔しくないか? あれだけ言いたいように言われて」

「それは……だって事実だもん」


 しかし高いテンションに切り替わったのは数秒のことで再び低いテンションに逆戻りする。

 レイラの言葉と今の低いテンションが先程まで『レッド・ドラゴン』の言っていたことが全て事実だということを物語っていた。


「だったら俺がお前を強くしてやる」


 サキはレイラの目を見て宣言する。

 サキの目からはレイラが強くなることは既に決定事項というような強い意志が感じ取れた。


「でも……分かった、私やるよ」


 一瞬迷ったものの、そんなサキの目を見たレイラはサキのもとで鍛えることを決意する。

 彼女自身強くなりたいと思っていたのも事実、そんな彼女がこの鍛える機会を逃すはずもなかった。


「よく言ってくれたな。だがその前に……冒険者の登録方法を教えてくれ」

「そうだよね、まずは冒険者に登録しなきゃだよね」


 肝心なところで決まらないサキにレイラは肩の力が抜けるのを感じながら冒険者の登録方法について教えていった。


◆◆◆


 冒険者ギルドに登録するにはまず受付カウンターにてその旨を伝える必要がある。

 続いて冒険者の身分証を発行するために『名前』、『年齢』、『職種』、『得意武器』を紙に記入する必要があるのだがサキはその中の『年齢』欄の記入に困っていた。


「一体どうすれば……」


 サキの年齢は百を越えている。

 普通に考えれば見た目相応の年齢を書くのだが馬鹿正直なサキは年齢を偽りなく記入するかどうかで悩んでいた。


「そんなに唸ってどうしたの? サキちゃん」


 うんうんと唸っているサキが心配になったのかレイラはサキが記入している紙を覗きこむ。


「ふむ……もしかして自分の年齢が分からないとか?」


 レイラが勘違いしたのをいいことに自分で決められないのならいっそレイラに決めてもらおうと思ったサキは首を縦に振った。


「そうだね。私の妹ということとサキちゃんの見た目からしてズバリ九歳ね」


 レイラは一瞬でサキの年齢を決め、せっせと紙に書き込む。

 その一連の行動には二十秒もかかっていない。


「よし、これでいいかな」


 レイラがそう言ってサキに渡した紙には『名前』・・・サキ、『年齢』・・・九歳、『職種』・・・魔導士、『得意武器』・・・杖と書かれていた。

 どうやら『年齢』の他にも足りてない項目は記入してくれたようだ、とサキはレイラのちょっとした気遣いに感心する。

 それから記入漏れがないことを確認したサキは紙を受付にいたエリーに渡した。


「はーい、受け取ったよ。すぐにカード作るから待っててね」


 エリーは受付の奥にある冒険者カードを作る機械へと向かうと紙に書かれている情報を元に次々と機械に文字を打ち込んでいく。

 文字を打ちこむ姿はまさにプロの一言で指がまるで本人の意志とは関係なくひとりでに踊っているような、そんな印象を感じさせる。

 こうして最後まで文字を打ち終えるとエリーはカードを手に受付へと戻ってきた。


「はい、カードは出来たから後はここに血を垂らしてね」


 エリーはカードと一緒に直径一ミリ程の細い針もサキに差し出す。

 カードは汚れ一つない綺麗な銅色をしており、中央にはちょっとした窪みが出来ていた。

 この窪みに受け取った針を使って血を垂らすのか、とサキが理解しカードと細い針を受け取ろうとしたとき、さっきまでサキの様子をすぐ横で見ていたレイラが突然カードと針を奪い取った。


「ダメだよ、サキちゃん! サキちゃんが血を出す必要なんてない! 私が代わりに出してあげるからね」


 レイラはサキから奪い取った針を自分の指に刺そうとする。

 しかし彼女はサキを見ていて、誤って別の所に刺してしまいそうな危なっかしさがある。


「……あいたっ!」


 このままだと絶対に怪我をするだろうといったところでエリーがレイラの持っていたカードと針を叩き落とした。


「あんたが血を出しても意味ないだろ!」

「でもサキちゃんが傷つくところなんて見たくないよ」


 レイラの目には涙が浮かんでいる。

 そこまでなるかとエリーはレイラに若干引いていた。

 そんなやりとりがされている中でサキは別の受付から借りてきた針を自分の指に刺して、いつの間にかレイラから取り返していた冒険者カードに血を垂らしていた。


「よし、血を垂らしたら次は何をすればいいんだ?」


 その言葉ではっと我に返ったレイラはサキに詰め寄る。


「どうしてサキちゃんが! 一体どうして!」


 だがサキは冷静に当たり前のことをレイラに話した。


「だってこれは俺の冒険者カードなんだから俺が血を垂らさないとダメだろ」


 サキの言葉を聞いたレイラは衝撃の事実を知ったときのような顔をする。


「なん……だと……」


 考えて見れば簡単に分かることだった。

 冒険者カードに血を垂らすのはそもそも個人の識別を行うため、誰の血でも良いということではない。

 それに気づかずサキの冒険者カードに血を垂らそうとしていたレイラはつまりサキが冒険者登録するのを妨げたということになる。

 サキの冒険者登録を妨げたという事実を受け止められずレイラは床に膝をついた。


「私はなんてことを……」


 レイラが床に膝をついている間にもサキは黙々と冒険者登録の手続きを済ませていく。


「じゃあ次はステータスを測ろうか」

「分かった」


 登録の手続きで続いてステータスを測るということになったサキはエリー連れられ、ある部屋へと向かう。

 サキが連れられた部屋に入ると中央には石で出来た五角形の台座が一つとそのすぐ横には台座にぴったりと密着するように長方形の形をした機械が備えつけられていた。


「ここはステータスを測る部屋だよ。じゃあまずは台座にある手形のくぼみに手を押し当ててね」


 エリーに言われたとおり台座上部の側面にあるここに手をかざしてくださいと言わんばかりの手形のくぼみにサキは手を押し当てようとする。

 だが彼女の身長は百二十センチメートル、台座の窪み部分の位置は百七十センチメートルと手を伸ばしてもわずかばかり届かない。


「ああ、ごめんね。今踏み台持ってくるよ」


 そんなサキの悪戦苦闘する姿にサキには高すぎると思ったエリーは踏み台を持って来るため部屋を後にする。

 そもそも台座の手を押し当てる位置が高くなければこのような事態にはならなかったのだが冒険者登録をしに来るのは多くが大人の男性であり、女性ましてや子供などは登録することがまず少ない。

 それに加え冒険者登録をする男性は皆、がたいがよく背も高いため自然と台座上部に手を押し当てる窪みが作られてしまったというわけだ。

 そんな背景など知る由もないサキはエリーが戻ってくるまでつま先立ちで必死に手を伸ばしていた。


「よいしょっと……ふう、これで手が届くはずだよ」

「すまない、感謝する」


 エリーが部屋に戻ってきた後は台座上部の窪みにすんなりと手を押し当てることに成功していた。

 やはり踏み台の力は偉大だったとサキは思わざるを得ない。

 それはともかくサキが手を押し当てて数秒、台座の横に備え付けられている長方形の形をした機械から文字が打ち込まれた紙が出てきた。


「もう手を押し当てなくて大丈夫だよ」


 紙が出てくるのを確認したエリーはサキが台座に手を押し当てるのを止めさせ、出てきた紙を取りに行く。


「ふむふむ、サキちゃんの能力は……中々いい感じなんじゃないかな?」


 エリーは紙に書かれている内容を確認した後サキに紙を手渡すが、内容を確認してもステータスが分からなかった彼女は特に何か反応を示すということもなくそのまま受付に戻った。

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