7 幼女魔王、冒険者ギルドへ行く
町に入るとすぐに人々の賑わいが顔を見せる。
城門の近くでは回復ポーションを売る薬屋、便利な魔法が記述されているが一回使うとなくなってしまう魔法スクロールを売る魔術屋、そして中には大安売りと木の板が貼られているカゴ一杯に武器を詰めて売っている武器屋など他にも様々な店が並んでいた。
その中をサキ達は歩いていく。
「こんなにも町は賑わっているんだな」
サキは感心したように辺りをキョロキョロと見渡す。
彼女は人間の町がこんなにも賑わっていたことを知らなかった。
というのも彼女は魔王であったため、ずっとサキリア城の中で暮らしてきたのだ。
実際に外に出たのは魔王になる前となった後に行われたサキルリア建国を祝う記念式典時の数回程。
なので彼女にとって人間の町、いや町というのは未知の塊だった。
「サキちゃん、もしかして大きい町は初めてかな? 良かったらお姉さんが迷子にならないように手を繋いであげるけど?」
レイラはニヤニヤとしながらサキへと手を伸ばす。
しかし、当のサキはそんな気持ち悪い笑顔を張り付けた怪しい人物の言うことには答えることなく歩を進めた。
「ちょっと、無視しないでよ! じゃあ分かった、先っぽだけ、先っぽだけでいいから! お願いだよ!」
無視されてなお引き下がる気が
先程サキは気持ち悪い笑顔を浮かべたレイラを警戒したため彼女を無視したが、これだけ大きく人の多い町だと彼女が言ったように迷子になることは確実だ。
目的地である『冒険者ギルド』も今のところサキには分からない。
それに無視し続けていても彼女がついてくるのは目に見えている。
そんな面倒くさい状況になるより良いかとサキは先程レイラが言った手を繋ぐという申し出を受けることにした……というより頼る
「ほうほう、一度無視して自分から手を差し出してくるとは、なるほどツンデレというやつですか。まったくサキちゃんは素直じゃないね」
レイラはぐへへと笑った後、サキの差し出した小さい手を繋ごうとサキのもとに走り寄る。
サキは気持ち悪い笑みを浮かべて寄ってくるレイラから逃げたくなる気持ちを抑えて彼女と手を繋いだ。
「じゃあ行こう! 冒険者ギルドはここと同じ商業区にあるよ!」
こうして二人はレイラ先導のもと、冒険者ギルドへと向かった。
◆◆◆
サキの眼前、二メートルはあるだろう門を挟んで向こう側には三階建ての大きな建物が広がっていた。
建物はコの字になっており、貴族の屋敷と見間違えてしまうほど綺麗な外装をしている。
だが炎を吹いているドラゴンが描かれた看板の下部に『冒険者ギルド』と書かれた木の板が貼られているものが門の両脇にあるためここが冒険者ギルドだということは間違いなさそうだ。
「じゃあサキちゃん、入ろうか……」
先程と比べてレイラの様子がおかしいのに気づいたサキであったがサキはあまり気にせず冒険者ギルドに入っていった。
冒険者ギルドの中に入るとすぐに酒の匂いが二人のもとまで漂ってきた。
匂いの発生源はどうやら吹き抜けになっている二階のようで、そこでは髭を濃く生やした男三人組がまだ昼間だというのに酒を
「おい、てめぇ今なんて言ったんだ!? 表に顔出しやがれ!」
「上等だ! 叩きのめしてやるよ!」
そして一階では二人の男が互いに胸ぐらを掴み合い、怒鳴り声を上げていた。
そんな中、レイラは気にすることなく受付カウンターへと一直線に向かう。
サキもそんなレイラの後をついていった。
「あの、ちょっといいかな!」
「はい、ただいま……ってその声はレイラか。ならいいや」
「ならいいやとはなによ! 良くないに決まってるでしょ? ちゃんと顔を上げて話なさい、エリー!」
レイラの声に反応した彼女と同じくらいの歳の少女──エリーは気だるそうに机に突っ伏しながら話している。
「だって考えても見てよ、レイラだよ? それだけでこのまま話しても問題ないでしょ」
エリーは机に突っ伏したままあくびをするという怠惰極まりないことを平然とやってのける。
エリーの怠惰極まりない行動にさすがのレイラも怒ったのか思い切り彼女の肩を揺するという暴挙にでた。
「エリー! 起きろー、起きてちゃんと仕事しろー!」
レイラの肩揺すり攻撃に耐えられなかったのかエリーはついに今まで机に突っ伏していた顔を上げる。
「もう、止めて……ちゃんと仕事するから……うっぷ」
顔を上げたエリーは肩にかからないくらいの長さの青髪で眼鏡をかけていた。
そんな彼女はレイラに体を揺すられたからか今にも吐きそうという顔で口元を押さえている。
「じゃあこれ依頼の報告ね。
レイラはカウンターの上に傷治草三本を一束にしたものを
「はいはい、この依頼は千五百ルークだね。はい千五百ルーク」
エリーは依頼の紙を片手に依頼の処理を終えると、机の引き出しから大銀貨一枚と銀貨五枚を取り出しレイラに渡す。
ちなみにルークというのはお金の単位で石貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨が硬貨として使われており、左から順に一ルーク、十ルーク、五十ルーク、百ルーク、千ルーク、一万ルーク、十万ルークの価値がある。
「どうもありがとう、エリー。じゃあまた今度ね」
レイラが受付から離れて少ししたときだ。
彼女の左横から粘りつくような女性の声がレイラ、それからサキの耳に届いた。
「やあ、誰かと思えば『負け犬』のレイラかい? 一日戻ってこなかったから死んだかと思ってたけど生きてたんだね」
女性は真っ赤な夕焼けのような長く赤い髪を後ろで団子にしており、鋭くつり上がった目をレイラに向けている。
その女性の両脇では彼女と同じような真っ赤な髪をした二人の女性がレイラを睨んでいた。
「あなた達は『レッド・ドラゴン』……」
レイラはまるで天敵に出会ったときのような声のトーンで目の前の三人にポツリとそう呟く。
彼女が今呟いた『レッド・ドラゴン』というのはパーティーを結成した際パーティー自体につけられる名称で、パーティー名と言われている。
そもそもパーティーというのは常に死と隣り合わせである冒険者の生存率を上げるために出来た冒険者ギルドのシステムで、現在冒険者ギルドでは数えきれないほどのパーティーが登録されている。
多くの冒険者がパーティー登録した背景としてパーティーランクが関係しており、基本的にパーティーを組んで行動することが多い彼らの中では左から順にF、E、D、C、B、A、Sと高くなっていく冒険者自体のランクよりも同じように高くなっていくパーティーのランクの方が自らの強さを証明する証だと言われていた。
例えるならば冒険者ランクがCでも属しているパーティーのランクがBならその者はBランクの実力があると見られ、逆に冒険者ランクがBでもパーティーのランクがCならば協調性がないものとみなされ、その者はCランクの実力しかないものとして見られるということだ。
ちなみにパーティーに属していない者はどんなに冒険者ランクが高くてもFランクの実力しかないのと同じに見られてしまう、というより一人だとほんの一握りの冒険者以外はスライムやゴブリンくらいの魔物しか相手に出来ないのである。
そのため、多くの冒険者がこぞってパーティー登録をしているのだ。
またパーティーメンバーで宿を借りると宿泊代が安くなる、依頼の報酬金が一定割合高くなるなど冒険者にとってメリットが多いことも多くの冒険者がパーティー登録をした背景としてあげられるだろう。
そんな数多くあるパーティーの中でも『レッド・ドラゴン』はレア、チェルシー、マリアの女性三人でありながら次々と高難易度の依頼をこなすギルド期待の若手Bランクパーティーであり、現在ラフィラの町でもっとも知名度のある冒険者パーティーだった。
「あんたもよく知っているよ。冒険者に登録してから一度も魔物を倒せていない『負け犬レイラ』だろ? 会えて嬉しいよ」
『レッド・ドラゴン』チェルシーの言葉にメンバー全員はレイラを馬鹿にするように一斉に笑い始める。
その言葉に何も言い返せないレイラは一人自分の手を握りしめて立ち尽くしていた。
「おや、よく見たらお仲間を連れているじゃないかい。『負け犬』にもようやくお仲間が出来たんだね、いやおめでたい。まだお仲間は子供のようだけど、もしかして薬草を採取するのに特化したパーティーなのかい?」
チェルシーはさらにレイラを、新たにサキも一緒に馬鹿にする。
「どうせこの子供もなにも出来やしないんだろ? 類は友を呼ぶっていうしね。『負け犬』が『負け犬』とパーティーを組むなんて本当にお似合いだよ」
チェルシーはレイラとサキを『負け犬』と呼んで楽しんでいた。
これほどまでに相手に言いたいように言われたからか沈黙を貫いていたサキはついに我慢の限界を迎えてしまった。
だからといってサキはここで目の前の人間を魔法で黙らせるなんていう野蛮なことはしない。
そんなことをして悪目立ちするほどサキは愚かではないのだ。
ならばどうするか? 要は目の前の人間よりも自分達が上だということを証明すれば良いのである。
「『負け犬』か……ならばその『負け犬』とやらに負ける屈辱を味わわせてやろう。俺達は一か月以内にお前達のパーティーを実力で超える。一か月後に摸擬戦をしようじゃないか」
突然のサキの発言に初め『レッド・ドラゴン』のメンバーは驚いていたが次第に笑みを浮かべ始める。
「『負け犬』が何を言い出すのかと思えば私達と摸擬戦をするって……これから強くなるつもりなのかい?」
「その通りだ」
サキは真剣な顔で返事をする。
「面白そうだからその話乗ったよ。私達を越えるのは無理だろうが精々頑張ってくれ」
チェルシーは一言、言い残すとレアとマリアの二人を連れてギルドの外へと出ていった。
それを見届けたサキはレイラに顔を向け、一言呟く。
「これからお前を鍛えてやる」
「え? それってどういうこと?」
サキはレイラの質問に何も答えることなく彼女を連れて受付へと向かった。
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