10 幼女魔王、初依頼を受ける
ラフィリアの町の南門前に広がるエリュード草原。
ラフィラの森とは真逆の方向にある、その草原では舗装されていない道がいくつかあるだけでどこまでも緑色の平らな大地が見渡せる。
一般的に隠れ潜むことを好む魔物は滅多に現れることがないため、商人の
現在昼を少し過ぎた時間帯、エリュード草原のちょうど中央辺りでは一人の幼女と一人の少女が並んで道を歩いていた。
「サキちゃん、やっぱり一人で魔物を倒すのは無理だよ。サキちゃん手伝って!」
「無理だと思ったら一生無理だ」
草原の東から吹く暖かい風が草原に広がる人間の足元くらいの長さの草花を激しく揺らす中、レイラがサキに泣きつく。
しかし、サキは彼女を甘やかしたりはしないようだ。
「早くしないと日が暮れてしまう。そうなったらまたあのパンというものを食べられないではないか」
「サキちゃん、そんなにパンが食べたいの?」
彼女達はこの草原に来る前、ラフィリアの町でレイラにとっては一日ぶりの、サキにとっては初めての食事をとっていた。
食事と言っても固い黒パンと野菜のくずが入った野菜スープのみだったが疲れていた二人にはご馳走だった。
ともかくサキは今回初めて食べ物というもの口にした。
封印が解けてからではない、生まれて初めてだ。
彼女は元々二本の大きな角が特徴的なビッグホーンという四足歩行の魔物で、それが突然変異して生まれた魔王である。
ビッグホーンを含む魔物の多くは食事を必要とせず空気中の魔力を体内に取り込むことによって生命に必要なエネルギーを得ており、例え魔王になったとしてもそれは例外ではない。
そのためサキはこれまで食べ物を摂取するということをしなかった。
もちろん食べ物を摂取しても食べ物に蓄積されている魔力を取り込めるのだが彼女はわざわざ口から食べ物を取り込む必要性を感じていなかったのだ。
だがそれは今までの話、今回レイラに連れられ町の飲食店で初めて食べ物を口にした彼女は衝撃を受けた。
噛めば噛むほど味という未知のモノが口の中を侵食し、やがて全てを支配する感覚。
気づけば彼女は今まで感じたことのない不思議な感覚──口が楽しいという感覚の
もう食べ物なしでは生きていけない体になってしまったのだ。
「もちろんパン以外にも食べたい、町を出る際に見かけた良い匂いがする肉もな」
「だけどそのためにはこの依頼を
レイラは何故か誇らしく胸をドンと叩く。
「そこは誇るところなのか? でもそうだな、依頼をこなすということには賛成だ。これは
二人は見えないところで火花を散らしていた。
かたや依頼を協力しようと言う者。
かたやパーティーメンバーの成長を促すためにあえて一人で依頼をさせようとする者。
どちらも一歩も引かない激戦である。
ちなみに今回の依頼はエリュード草原の先にあるコロッコの森というラフィラの森に並んで駆け出し冒険者がよく行く森の魔物討伐だ。
魔物討伐といっても出てくるのは精々スライムかゴブリンというような魔物しかいないため登録したての駆け出し冒険者がまず初めに受けておくべきと評判の依頼なのだ。
また討伐のノルマも魔物の指定もなく倒した分だけ報酬金が高くなるという変わった依頼でもある。
「そうこうしてる間に森についたわけだが」
「そうだね……」
サキとレイラはエリュード草原の先にあるコロッコの森へと辿り着いていた。
コロッコの森はラフィラの森と同様、入口から既に木が鬱蒼と生い茂りどこか人が近づきにくい雰囲気を醸し出している。
「では早速魔物討伐を始めるか。お前も森の中に行くぞ」
「絶対置いて行ったりとかしないでよね」
レイラはどうやら軽く森の中で死にかけたことがトラウマになっているらしく若干足が震えている。
「大丈夫だ、安心しろ。絶対にお前を置いて先に行ったりはしない」
「サキちゃん……」
サキの男前さにレイラは顔を俯けて涙ぐむ。
今まで仲間が出来ずに心細い思いをしてきた彼女にとってサキは天からの贈り物のような存在だ。
自分のことを見ていてくれる、心配してくれる、それだけでもレイラは十分すぎるほど嬉しかったのだがおまけに凄腕の魔導士ときた。
彼女はサキという仲間が出来た幸せを噛み締めていた。
「おい、さっきから顔を俯けてどうかしたのか……って泣いてるじゃないか、怪我でもしたのか!?」
「ううん大丈夫、怪我はしてないよ。心配してくれてありがとうね」
「そうかそれならいいが、まぁ大丈夫なようならさっさと森に入るぞ」
「うん、そうだね」
「さっきまで渋ってたのにやけに聞き分けがいいな。もしかして怪我じゃなくて熱の方だったのか?」
「もう私を何だと思っているのさ」
「頭がおかしな人間」
「そうかそうか、それなら私にも考えがあるよ、サキちゃん!」
レイラはサキに急に飛びかかり彼女の頬に自分の頬を擦り寄せる。
それはもうサキが嫌がるくらいには思いっきり擦り寄せる。
エリュード草原から来た他の冒険者の目もまったく気にせずに擦り寄せる。
「お、お前やめ……」
「え、なんて言ったのかな? 声が途切れてて聞こえないよ」
「お前がやってるからだろ!」
「お前って誰かな? 私はレイラっていうちゃんとした名前があるんだよ」
レイラは嫌がるサキを物ともせず頬を擦り寄せ続けたが、ここでレイラの攻撃は途絶えてしまった。
というのもサキからレイラに鉄槌が下ったからだ。
「いい加減にしろ!」
「あいたっ!」
サキはレイラの頭を思いっきり殴り付けていた。
そうでもしない限り無限にこの擦り寄せ攻撃が終わらないと彼女自身思っていたのだ。
もちろんこれがレイラの愛情表現だとは気づくはずもない。
「いつまでも森の入口で立ち止まってたら本当に日が暮れる」
「そうだね、ごめんちょっと調子に乗りすぎたかも……」
「まぁ
「サキちゃん、今私の名前言わなかった?」
「まぁなんだ……お前にもレイラっていうちゃんとした名前があるからな。別に今まで呼んでなくて悪いと思ったからじゃない」
「まったく素直じゃないなぁ」
「うるさい! さっさと行くぞ!」
こうしてサキとレイラの二人はコロッコの森の中へと入っていった。
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