41 幼女魔王、最強の魔物と対峙する③

 避難所の通路からサウストリスタ城壁近くへと抜けたサキ一行は町に迫ってきている『ブラック・ドラゴン』の姿を確認していた。


「既にここまでせまって来ていたのか」


 サキは自分の予想以上にドラゴンの移動速度が速いことに驚いた表情を浮かべる。

 そしてドラゴンのまるで初めから町を狙っていたかのような足取りにある疑問を抱いていた。


「ドラゴンが自分から町に向かって行くなどあり得ないはずだが……」


 ドラゴンは縄張りを荒らしたりしなければ自ら襲って来ることはない。

 それに今回はサタルニクスが召喚したと思われるドラゴン、縄張りもなにもないはずだった。


「打てええぇええ!!」


 町の西門から鳴り響く兵士の太い声。

 その声の後には爆発にも似た轟音が響き渡る。

 そして轟音の直後、ドラゴンへと飛んでいく合計十数発の大砲、バリスタの弾の数々。


 兵士達の放った弾はほとんどがドラゴンに着弾するが大砲やバリスタではドラゴンの黒く硬い鱗に傷をつけることすら叶わず、寧ろ怒りを買ってしまっただけだった。

 その証拠にドラゴンは口元に火の塊を生成している。


「あんな火の塊を打たれたら町が大変なことになっちゃうよ!」

「早く止めないといけないですの!」


 レイラとセレナはどうしようという言葉を口に出しながらその場を動き回る。

 そんな取り乱す二人に落ち着くようにとサキは自らの手で待ったをかけると呟いた。


「落ち着け、俺が何とかする」


 サキはそれだけ言うと魔法を発動させる準備を始める。

 彼女が発動させようとしているのは水魔法『ウォーター・ボール』。

 彼女はその魔法をドラゴンの放つ火の塊に当てて相殺しようと考えていた。


 サキの魔法発動準備が終わると同時にドラゴンは口を大きく開け、火の塊を城壁へと吐き出す。

 合わせてサキも自らが準備していた魔法を杖から放った。

 彼女の放った魔法はそのまま城壁に這うよう軌道を描き、ドラゴンの放った火の塊が城門にぶつかる直前で火の塊と衝突し同時に消滅する。


「なんだっ!? ドラゴンが放った火の玉が消えただと!? 何が起こったんだ!!」


 目の前で火の塊が消滅するという光景に城門の近くにいた兵士の隊長らしき男は戸惑い、大声を上げる。

 兵士の中ではその光景に立ち竦んでいる者もいた。

 そんな中、サキは新たに魔法の発動準備を始める。


「今のうちだ、ドラゴンに反撃するぞ! レイラとセレナは火魔法を頼む!」

「分かったよ! 今こそ私の魔法を発動させるときだね!」

「分かりましたの! 微力ではありますが協力させていただきます!」


 サキの魔法に続いてレイラとセレナも魔法の発動準備を始める。

 サキの発動しようとしている魔法は先程と同じ水魔法『ウォーター・ボール』、レイラとセレナが発動しようとしている魔法は火魔法『ファイア・アロー』である。


 サキは二人の魔法発動準備が終わったことを魔力の流れで判断すると二人に告げた。


「レイラ、セレナ! ドラゴンの足にその魔法を連続で放ってくれ! 出来るだけ同じ箇所に当てるようにな」

「了解! 任せて、サキちゃん!」

「サキさんに頼まれてしまっては外せませんの!」


 二人はサキの言葉を聞いた後、気合いを込めて魔法名を叫ぶ。


「「『ファイア・アロー』!」」


 気合いが入った声が辺りに響くと同時に火の矢が二人のもとから放たれた。

 二つの火の矢はまっすぐに数百メートル程進みドラゴンの足へと直撃、大きな音を上げる。

 しかし、『ブラック・ドラゴン』が持つ黒く硬い鱗の前ではダメージを与えることすら叶わなかった。


「ぐっ……ダメだよ、サキちゃん。私の魔法じゃドラゴンに傷一つつけられないよ」

「確かに全く動じてないようですの」

「大丈夫だ、そのまま魔法を頼む」


 二人は自らの魔法でドラゴンへと全くダメージを与えられていないことにかすかな不安を抱きつつもサキの言葉を信じて火魔法『ファイア・アロー』を発動し続ける。

 二回、三回、四回と繰り返すがやはり繰り返したところでダメージを与えられないものは与えられない。

 二人が魔法を放つ度にドラゴンの足音が町へと近づいていた。

 そんな状況の中でサキが高らかに叫ぶ。


「よし、よくやった! 後は任せておけ!」


 サキはそれから自らが準備していた魔法──水魔法『ウォーター・ボール』をレイラとセレナの二人が先程まで火魔法『ファイア・アロー』を当てていたドラゴンの足目掛けて放つ。

 彼女が狙っているのは熱したものを急激に冷やすことで起こる物質の割れ。

 つまり彼女はドラゴンの鱗でヒートショックを引き起こそうとしていた。


 サキによって放たれた水の玉は減速することなくまっすぐに進む。

 そして先程レイラとセレナの二人が魔法を当てていたドラゴンの足へと寸分の狂いもなく直撃した。


 その直後聞こえる鱗にペキッというひびが入る音。

 どうやらサキの目論見もくろみは成功したようだった。


「まだ終わりではない」


 続けてサキは杖を横に持ち魔力を高める。

 数秒その状態で魔力を高めた後、彼女は再び魔法を放った。

 彼女が放ったのは闇魔法『ダーク・ジャベリン』、この魔法は貫通力が高く比較的硬い物質でも容易く砕いてしまう。

 そんな魔法がひびの入ったドラゴンの鱗に当たったらどうなるか。

 答えは火を見るよりも明らかだった。


「ギャオォオオオ!!」


 ドラゴンは大きな鳴き声を上げ、長い首を振り回す。

 暴れるドラゴンの足には黒く淀んだ色をした槍が中程まで刺さっていた。

 そしてドラゴンは片足で自らの体重を支えきれなくなり、そのまま地面へと倒れる。

 ドスンという大きな音と共に空気中に舞い上がる土煙、町まで届くほどの強い振動。

 ただし倒れても当然まだ息はある。


「これで最後だ」


 サキは止めとばかりに再び魔法の発動準備を開始する。

 今度の魔法は先程までの魔法とは威力が異なる暗黒魔法『カオス・エクスプロージョン』。

 この魔法は彼女が魔王として君臨した証とさえ言われているほど強力な魔法である。

 それを今彼女はドラゴン目掛けて放とうとしていた。


 少しの溜めの後にようやく魔法準備を整えたサキは杖の先端をドラゴンへと合わせる。

 そんな彼女の様子を彼女のかたわらで見守る二人。

 二人が見守る中ついに彼女の魔法はドラゴンへと放たれた。

 放たれた瞬間はしばしの静寂が場を支配する。

 しかし、静寂がいつまでも続くはずもなく次の瞬間には辺り数キロは響くだろう轟音と熱を帯びた暴風、そして彼女達の視界一杯には闇が襲いかかっていた。

 視界に広がった闇はしばらくその場に止まり続け、やっとのことで視界が開けたときには既にドラゴンの姿は町の前から消えていた。

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