42 幼女魔王、過去からの因縁を絶ちきる

 サウストリスタ西門前、その前方には広大な平原が広がっており、さらに奥には大陸最大の森林──サルトラ大森林が見渡す限り広がっている。

 しかし、現在サウストリスタから見える景色は荒れていた。

 中でも目立つのはサウストリスタとサルトラ大森林の間にある平原にぽっかりと空いた直径七十メートル程の巨大な円形の窪み。

 次に目立つのは大森林入口付近の木々で、ほとんどが無惨にもへし折られていた。

 そんな場所の平原に空いた円形の窪み近く。

 現在サキ達は窪み近くでドラゴンの討伐確認をしていた。


「どうやら倒せているみたいだな」


 サキは小声でそう呟く。 

 彼女の顔からはドラゴンを無事倒せたことと仲間が危険にさらされなかったことに対する安堵の表情が感じ取れた。


「さすがだよ! サキちゃん! まさかドラゴンすら倒しちゃうなんて!」

「そうです! ドラゴンを魔法数発で倒してしまうなんて冒険者史上類を見ない偉業ですの!」


 レイラとセレナの二人はキラキラとした目でサキを見つめ、誉めちぎる。


「おい止めてくれ。こう見えても元は魔王だったんだ。これくらい出来なくては魔王は名乗れん」


 しかし、サキはその言葉を残して目を逸らすのみ。

 誉められ慣れていない彼女にとって誉められるというは気恥ずかしいものだった。


「例え昔魔王だったとしても今は違うでしょ? だってこんなに可愛いんだもん」


 レイラはサキが目を逸らした隙にサキへと抱きつく。

 彼女のサキへと接近するスキルは日に日に上がっており、今のサキでは避けることが困難となっていた。


「何がだってなのかよく分からん、早く離れろ! 息がしづらい!」


 サキはレイラの肩を押すという最低限の抵抗をするがそれだけではレイラの拘束から逃れられない。

 もちろんレイラも逃す気はなかった。


「ひどい!? 昔は喜んで私の胸に飛び込んできてくれたのに最近冷たいよ、サキちゃん」

「何が昔はだ! 今も昔もお前の胸に飛び込んだ記憶などない!」


 サキはいっそう力を込めてレイラの腕から脱出しようともがく。

 だがしかし、それでもレイラの腕から抜け出すことは叶わなかった。


「なるほど、わたくしもこうすれば親密な関係を築けますのね」


 一方のセレナは端から見れば抱きつき合っているように見える二人を見ながらふむふむと頷き、何かを学んでいた。

 果たしてそれが役に立つことなのか誰も知る由がない。


 ともかくサキ達三人の日常が今ここにあった。

 このまま何事もなく終わればいいのだが残念ながらまだ終わりではない。


「許しません!」


 そう憎しみの籠った声がサキの魔法が作った巨大な円形の窪みの中から響く。

 突然の声にサキ達が窪みの底の方を見ると、そこには身体中ボロボロになりながらも目に強い憎しみを宿したサタルニクスの姿があった。


「お前はサタルニクス! やはりドラゴンを呼び出したのはお前の仕業だったのか」


 サキは初めの数秒は驚いていたがよくよく考えてみればいてもおかしくないと、そう感じていた。

 ドラゴンを呼び出したのは状況的にサタルニクス、そして呼び出されたドラゴンの行動をみたところ操られているようにしか見えなかった。

 それならば呼び出した本人──サタルニクスが操っていたという方が可能性としてはあり得る、いやその可能性が最も高いのだ。


「よくもこの私をここまで虚仮こけにしてくれましたね」


 サタルニクスは笑みを浮かべサキを睨む。

 彼の浮かべた笑みはどこかぎこちなく、見た者を不安にさせるような笑みであった。


「それは勝手にお前が……」


 サキは勝手に自分へと恨みを抱くサタルニクスに一言いうが、彼はその言葉に被せるよう強く宣言する。


「とにかく! 私はサキル様をこの手で消して差し上げます! さぁ私のもとへ……」


 サタルニクスは笑顔を顔に張り付けたまま両手を横に広げ空を見る。

 それから視線をサキへ戻すといきなりサキ達に襲いかかった。


「なんて私が待っていると思いましたか!! 私はあなたを血祭りにあげたくて堪らないのです。あぁサキル様、早くあなたの血が見たい!」


 サタルニクスは物騒な言葉を叫びながら一瞬にしてサキの背後に移動すると自らの腕を振るう。

 彼の腕はたくましく今のサキが当たれば大怪我はまぬかれない。

 しかし、サキは避けようとしない。

 普段の彼女なら簡単に避けることは出来るがそれをしないのには理由があった。

 最大の理由は彼女が現在体を動かすことが出来ない状態であるため。

 次に仲間の存在があったためだ。

 サタルニクスはサキしか見えていないだろうが今のサキには二人の仲間がいる。

 そのうちの一人──レイラはもう数ヶ月の間サキから戦いに関しての手解きを受けており、知らず知らずのうちに今の状況に対応出来る程の力を身に付けていた。

 つまりサキは自らが囮になり、その隙にレイラに一撃を入れてもらおうと考えていたのだ。

 事前に打ち合わせているわけではなかったがレイラなら必ず自分のために動いてくれるという確信があった。


「させるかっ!!」


 サキの読み通りサタルニクスの腕が彼女に当たる直前でレイラは自らの杖でサタルニクスの腕を受け流す。

 それからレイラは杖の先端を彼の肩に当てると魔法を唱えた。


「『バーニング』!」


 レイラがサタルニクスにゼロ距離で放った魔法は火魔法『バーニング』、飛距離こそないが威力は上級属性魔法にも匹敵する程だ。


「ぐわぁああ!!」


 彼女の『バーニング』を身に受けたサタルニクスは体にまとわりついた炎を手で払うようにしながら叫び、後ずさる。

 そして彼は完全に予想していなかったという表情を顔に浮かべて魔法を放った本人──レイラを睨んだ。


「クソがっ! 人間風情で私に歯向かうなど許せない。まずはお前から消してくれるわ! ……なに!? 体が動かない!?」


 サタルニクスは手始めにとレイラに手を向けて魔法を発動させようとするが体を動かすことが出来ない。

 それに加えて彼は自分の体から魔力を感じ取ることも出来なくなっていた。


「どういうことだ!? これは一体!」


 サタルニクスが体を動かすことが出来ない原因、それはサキの魔法だ。

 サキは彼を目にしてからある魔法を彼に発動させ続けていた。

 ある魔法とは弱体魔法『マジック・ドレイン』、この魔法は対象の魔力を吸収するというもので使用中、術者は自らの体を動かすことが出来ない。

 サキがサタルニクスの攻撃を避けようとしなかったのもこの魔法が理由だった。

 しかし、その甲斐あって現在サタルニクスは魔力欠乏による一時的な身体障害を引き起こしており、完全に無防備な状態だ。


「お前は少し冷静さを失っていたようだな」


 サキはそんなサタルニクスへあわれな人を見るような表情で話しかけるとすぐに新たな魔法の準備を始める。


「お前がこうなってしまったのも俺の責任。ならば俺が責任を持って後処理をする他ない」


 サキは魔力を杖に集めると一つの小さな黒い点を杖の先に作り出す。

 杖の先に作り出された黒い点は禍々しく光を一切感じさせない黒色をしていた。


「その魔法は!? まさか『ブラック・ホール』!?」


 サタルニクスはサキの魔法の正体に気づいたようで慌てて声を上げる。

 彼の言う通りサキが発動させたのは暗黒魔法『ブラック・ホール』、触れた物質を全て飲み込む恐ろしい魔法だ。


「や、止めて下さい! サキル様! 私達は同じ仲間ではないですか!」


 サタルニクスは必死にサキへと訴えるが当の彼女は耳を貸すことはない。

 彼女の心は既に固まっていた。


「俺とお前が同じ? 笑わせるな、俺はお前とは全く違う。ではそろそろ行こう」


 サキは杖の先をサタルニクスへと向けると黒い点を飛ばす。


「待ってください! 話せば分かるはずです!」


 サタルニクスはこの時思っていた。

 自分はとんでもない化け物に喧嘩を売ってしまったのではないかと。

 だが時は既に遅く、今はどうしようもない状態である。


 彼がそうこう考えている間にも黒い点は彼へと迫っていく。

 そしてついに黒い点が彼の体に触れた。


「終わりだな、サタルニクス」


 黒い点はサタルニクスの体に触れた瞬間みるみるうちに彼の体を飲み込んでいく。

 その光景は暗黒魔法『ブラック・ホール』に最も相応しいものだ。


「サキル様!! どうか……」


 サタルニクスは叫ぶも言葉の途中で完全に黒い点に飲み込まれ消滅した。

 その後サキは魔法を中断し、地面に膝をつく。

 『ブラック・ホール』発動中は常に魔力が消費されるため今のサキは体内の魔力がほぼ空の状態だった。


「サキちゃん! 大丈夫!?」

「大丈夫ですの!?」


 慌ててサキに駆け寄るレイラとセレナ、彼女達はサキが突然膝をついたことに驚いていた。

 そんな彼女達に大丈夫だと告げ、サキはゆっくり立ち上がる。

 それから一言。


「そろそろ町に戻るぞ」


 サキの言葉に頷く二人。

 それから三人は町の門を目指して歩き始めた。


 こうして町に迫った脅威は彼女達によって全て退けられたのだった。

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