第36話 「お願いします!!」

 〇高原夏希


「お願いします!!」


 そう言って、俺に土下座をしたのは…浅香 彰。

 F'sのドラマー、浅香京介の息子で、DEEBEEのギタリストだった。


 。と言うのは…俺がDEEBEEに解散を言い渡したからだ。

 そして、彰には。


「猛特訓して華音のバンドでサイドギターをする手もあるが、どうする。」


 そう言った。


 プライドの高い彰は、きっと受けない。

 だけど受けて欲しい。

 変わって欲しい。

 そう願っていると…


『俺に弟子入りしたいって連絡がありました。』


 陸から…嬉しい知らせがあった。


 それから二日後。

 彰は、俺に頭を下げに来た。


 元々弾ける奴だったんだ。

 必要なプライドだけを残して、不要な物は捨てればいい。

 それに気付いたのか…

 彰はしっかりと実力を付けた。



 それから数週間。

 陸が『面白い物を持って来ました』と、俺と里中に言った。


 面白い物?と陸を見つめると…


「彰が作った曲です。」


「曲?」


 すでに華音のバンドにはハイレベルな楽曲が揃っていて。

 彰はそれに追い付くために必死だ。

 それなのに…作曲を?


 そう思いながら、陸が持って来た音源に耳を傾ける。


「……これを、彰が?」


「ええ。面白いでしょ。」


 隣に居る里中に目を向けると、意外にもすぐにスイッチの入ったような顔をしている。


「これ…何とか世に出したいですね。」


 里中がそう言うと、陸は嬉しそうに。


「あいつらに、全くの別バンドとして、彰の曲をやらせるのはどうですか?」


 ワクワクしたような目で提案してきた。


「…ふっ…弟子への贔屓目抜きにしても、確かにこれは面白い。」


 華音とサリー…杉乃井幸子の作る曲は、恐らくギターキッズよりもミュージシャン受けするタイプだ。

 個々のテクニックが惜しみなく晒されていくサマは、真似しようとしても出来るもんじゃない。

 それでいて、ひたすらに心地いい。

 そこまで出来てしまうあいつらの腕も、美しい旋律も。


「…大冒険ですね。今のバンドを正統派とすると、これはかなりの破天荒です。」


 里中は険しい顔をしながらも、足ではリズムを取っている。


 …社長に抜擢して、少し頭が固くなったか?

 以前なら、すぐに飛びついただろうに。


「今までも、違うキャラを演じてデビューしたバンドはいるが…これは面白くなると思う。華音のバンドは英語歌詞で、こっちは日本語でいけば…」


「そう言えば、彰のやつ…これは曲しか入れて来なかったんですが、うちのスタジオで歌ってた事があって…」


 陸はそう言うと、スマホを取り出して。


「…これ、彰が?」


 流れて来たのは、彰がギターを弾きながら歌っている音源。


「ええ。俺がいないと思って歌ってたみたいで(笑)こっそり録音しときました。」


「京介の息子だ。歌は歌えるだろう。」


「それにしても、歌詞…(笑)」


 里中が吹き出す。

 彰が歌っているのは…意味不明な事ばかりだ。


『鯖缶買うの忘れて』と繰り返してみたり。

『なんで輪になるんだよ!!四角だって三角だっていーんじゃね!?』とシャウトしてみたり。


「…これは、歌詞も彰に書かせよう。」


 俺の決定に、さすがに二人は唖然とした。


 …もう、俺には時間がない。

 だとしたら…みんなが進化していく姿を見たい。



『やりたい事をやらずに後悔するよりー、後悔するとしてもやり切ってやるー。つまり結果、大!!満!!足!!』


「ぷはっ!!」


「ははっ。これ、俺もウケました。」


 二人が笑ったフレーズ。

 俺はそれをもう一度頭の中で繰り返す。


 …やりたい事をやらずに後悔するより、後悔するとしてもやり切ってやる。

 つまり結果大満足…


「よし。これをバンド名にしよう。」


「え…ええっ!?」


 俺の中でくすぶっていた気持ちが、固まった。


「後悔するとしてもやり切って、つまり結果大満足。ふっ…彰、いい事言うな。」


「い…いやいや…長いバンド名…」


「略して『やり満ヤリマン』って言われる気が…」


「そこは『やる満』で売り出そう。」


「いいっすね。こっちは企画バンド的な扱いの方が上手くいきそうなので、これぐらいでちょうどいい気がします。」


 陸がバンド名を見て笑う。


 …今までも、陸はいくつかのバンドをプロデュースして来たが…

 もしかすると、一番の隠し玉になるかもしれないな。


 さあ…

 面白くなって来た。




 〇高原さくら


「さくら。」


 咲華と海さんから送られて来たリズちゃんの画像を、大部屋でプリントアウトしてると。


 廊下から、なっちゃんが声をかけてきた。


「何ー?」


「手が離せないか?」


「ん?」


 どうしたんだろう?と思って廊下に行くと…


「…なっちゃん?」


 なっちゃんが…廊下に仰向けになってる。


「なっちゃん!!」


 慌てて駆け寄ると。


「ああ…違う違う。具合が悪いんじゃなくて…」


 なっちゃんは笑いながら天井を指差した。


「さくら、気付いてたか?あの模様。」


「…え?」


 そう言われて、なっちゃんの指先を追う。


「…もしかして、花?」


「そう見えるよな。」


「うん…知らなかった…」


 広い廊下の天井は、マス目みたいになってて。

 一マスごとに、うっすらと…花の模様があるように見える。


「彫ってあるのかな。」


「そうだろう。」


「大掃除の時に、箒やハタキを掲げて見上げて来たのに…気付かなかった。」


「……」


 その言葉に、なっちゃんが視線をあたしに向ける。


「あっ、どれだけサボってたんだって思ってるんでしょ。」


「そりゃあ思うさ。俺だって見上げてすぐ気付いたのに。」


「…どうして見上げたの?」


「え?」


 なっちゃん…模様を見つけたから仰向けになった…って信じたいけど。


 違うよね。

 きっと…苦しくてしゃがみこんで…


 あたしがハラハラした気持ちを飲み込んだまま、なっちゃんの答えを待ってると。


「…この家の隅々まで、知っておこうと思ってるんだ。」


 予想外の言葉が…返って来た。


「…え?」


「俺は…全くの部外者なのに。貴司とばーさん、そして…桐生院家のみんなから歓迎されて、ここで暮らしている。」


「部外者だなんて…」


「本来はここにいるべきじゃないって思うからな…さくらの夫としてでも、俺がここにいるのは違うと感じる時がある。」


「でもそれは…」


 なっちゃんの言いたい事は分かるし、あたしも甘え過ぎなのかなって思わなくはないけど…

 あたしは、出来るだけ…なっちゃんと、みんなとの時間を作りたい。


 あたしはなっちゃんの隣に、ごろんと仰向けになる。


「もちろん、さくらと二人きりの生活も楽しかったが…可愛い子供達や孫達と一緒に過ごせる時間は…何にも代え難い。」


「なっちゃん…」


 そう思ってくれてるのが、素直に嬉しかった。

 だけど、その反面…心配にもなる。

 …こんなに素直に気持ちを打ち明けてくれるなんて…。



「こんな広い屋敷、その気にならないと隅々まで知る事なんて出来ないだろ?」


「…そっかな…」


 なっちゃんの言葉は嬉しいはずなのに…何だか寂しく思えてしまって、返事がそっけなくなってしまった。

 だけどそんな事気にしてないかのように。


「何年もここで暮らしてるおまえが気付かなかったんだぜ?」


 なっちゃんは天井を指差して笑う。

 それは…あたしの知ってる、あたしの大好きななっちゃんの笑顔だ。


 嘘じゃない。

 …うん。



「そっか…あたし、注意力足りないからさあ。なっちゃん、しっかり覚えててよ?」


「ああ。」


 仰向けになったまま、なっちゃんはあたしの手をギュッと握る。


「…さくら。」


「ん?」


「フェスに…出ようと思う。」


「…そ。」


「ふっ。反応薄いな。」


「だって、今もレコーディングって忙しいのに、フェスなんてあり得な………えっ!?」


 大声を出して飛び起きると、なっちゃんもつられたのか同時に飛び起きた。


「お…驚かせるなよ…」


「だっ…だって!!フェスって!!」


「…そっけない返事をしたクセに…」


「違う!!」


 え―――――!!

 なっちゃんがフェスに―――!?


「もう!!だったらもっと体大事にして!?」


 あたしは正座をして、なっちゃんの両手を持つ。


「お…おう…」


「いい?好き嫌いはダメだからね⁉︎」


「好き嫌い?そんなのしてないだろ。」


「うそ‼︎最近ピーマンを聖のお皿に入れてるの見たもん‼︎」


「うっ…」


「もっと早く寝る!!」


「は…い…」


「無茶もしない!!」


「…はい…」


「……」


「他は?」


 そう言って首を傾げるなっちゃんを…

 ああ…やっぱりあたし…

 この人の事、大好きだし…







 失くしたくない。





 そう思った。

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