第38話 神さんにスタジオに入れって言われて。

 〇島沢真斗


 神さんにスタジオに入れって言われて。

 聖子が僕の資料をまとめてバッグに入れてくれた。


「ありがと。」


「どういたしましてー。」


 まだ自分自身…使えない左手に慣れなくて。

 こうして、誰かの手を煩わせてしまう。


 でも…


「あたし達は、まこちゃんが帰って来てくれたのが嬉しくてたまんなくて張り切って世話焼いちゃうけど、それを申し訳ないなんて思わないでね?」


 左腕を組んで、知花が言った。


 …相変わらず、すぐ読まれちゃうなあ。


「そうよそうよ。でも、どうしても気が済まないって言うなら、社食のパフェで手を打つから。」


「もう、聖子ったら。」


「ダリアのパフェにしないだけお財布に優しいでしょ?」


「じゃあ、あたしも社食のパフェ。」


「知花まで…」


「でもやっぱダリアかな〜。」


「聖子、まだあのサイズ食べれるの?」


「若い頃に食べた壺パフェに比べたら、何てことないでしょ。」


「聖子、あれ食べたっけ?」


「恐れをなして、やめたんじゃなかったっけ?」


「えー?あたしが?」


 僕達が三人でそんな会話をしてると。


「置いてくぞー。」


 エレベーターの前で、陸ちゃんが言った。


「あっ、はいはい。」


 四人に遅れてエレベーターに乗り込むと。


「さっき、千里が隣のエレベーターに三つ子ちゃんを押し込んでたわよ。」


 瞳さんが首を傾げて言った。


「え?」


「まこちゃんちの三つ子ちゃん?」


「ええ。」


 うちの三つ子…亜希、紗希、真希は、ここの練習生だ。

 小さな頃、父さんが連れて行った教会のイベントでゴスペルに魅せられて。

 聖歌隊に入りたいだの、オペラ歌手になりたいだの…

 わちゃわちゃと三者三様に、だけど音楽の道に進みたいと夢を持ってくれた。


 それは嬉しい事だったけど…

 留学経験を経てまで選んだ道が、アイドルグループ。

 …まあ、いいんだけど…


 本当は、クラッシックの道に進んでくれると嬉しいかな…なんて。

 僕と父さんは思ったりしてたんだけど。

 まあ、それは言わない。



「まこ、いくら病室でイメトレしてたからって、退院してすぐなんだから無理すんなよ?」


 光史君にそう言われたけど、もう…改良した鍵盤を知花に見せられた日から…

 僕の身体はウズウズしっぱなしだった。

 そりゃあ、リハビリはスムーズだったわけじゃないけど。

 …僕には、まだ居場所がある。

 戻らなきゃ。

 また、そう思う事が出来て…


「無理なんてしないよ~。」


 普通に言ったつもりだったけど…


「もう、無理する気満々だな。」


 セン君に頭をグリグリされてしまった。



 そしてスタジオに入った僕達は。


「え?」


 そこにいる、亜希、紗希、真希に目を丸くした。




 〇曽根仁志


「…あれ?」


 ようやくグレイスに解放された俺が、事務所のルームから出ると。

 見覚えある可愛い子ちゃんがエレベーターホールにいた。


 …キリの妹の華月ちゃん…じゃん?

 どうしてこんなとこに?


 華月ちゃんは、日本のビートランドに所属するモデルだ。

 モデルだけあって、誰もが認める美人…ってだけじゃなく、独特の愛らしさがある。


 うーむ…

 キリとは親友である俺。

 サクちゃんとは一つ屋根の下で暮らしてる俺。

 そして、アメリカ事務所に在籍する沙都君のマネージャーでもある俺。

 華月ちゃんとお近付きになれる要素、たっぷりあるんだけどー…


 なんつーか…華月ちゃんはめちゃくちゃ敷居が高い…!!


 ニカとサクちゃんの結婚報告の時、桐生院家にお泊りさせてもらったし。

 大勢で行った水族館でもご一緒させてもらったけど…

 ひとっっっっっっことも喋らなかった。

 つーか、喋れなかった。


 何なら勝手に見つめるのもおこがましい。



 Live Aliveでキリのおふくろさんのギャップにやられて、悶えるほどのファンになった。

 水族館の日も、度肝を抜かれる可愛さで…

 俺、もう一生片想いを貫き通す…って思ってたんだけどさ。


 あの日、実は…

 華月ちゃんにも…ほんのり恋の火種が着いてしまった。


 と言うのも。


 あの日、華月ちゃんの彼氏である早乙女詩生君が来なかった。

 それでなのかどうなのか。

 華月ちゃんはずっと笑顔だったけど、笑ってはいなかったと思う。


 ニカと沙都君と俺と華月ちゃんで、ピースサインの写真を撮った。

 気が付いたら…その写真ばかりを何度も見てしまう俺がいる。

 ドサクサに紛れて一緒に撮れた奇跡の一枚。



 あれから詩生君が在籍してたDEEBEEは解散したし…

 彼の今後は何も決まっていない。

 最近はインスタも更新されてなかったからか、別れた噂もチラホラ…



 俺は右手をグッと握りしめて、声を掛ける勇気を溜め込んだ。


 すると…


「曽根さん、何見てんの?」


 背後から、のんきそうな沙都君の声。


「…いや、あの、ほら…そこに天使が…」


 少し慌てたものの、いつもの顔になって華月ちゃんを指差すと。


「あっ、華月ちゃん!!」


 沙都君は俺の気も知らず…大声で名前を呼んで手を振った。


「あ。沙都ちゃん…曽根さんも。」


 はっ…!!

 名前を呼ばれた!!


「ツアーだったんだっけ?いつ帰って来たの?」


 ん〜。

 声も可愛いぜ…‼︎


「うん。さっき帰って来たとこ。華月ちゃんは?どーしたの?仕事?」


 ついでのように沙都君にくっついて華月ちゃんに近付く。


「うん…そんな感じ。」


「一人?」


「ううん。詩生と。」


「そっか。あ、見たよ。インスタ。」


「え。」


 今の『え』は、俺のだ。

 くそ~…俺とした事が!!


「父さんの友達のスタジオでね。」


「今頃大繁盛なんじゃ?」


「娘さんがバイトやりがいがあるって喜んでた。」


「あはは。」


 二人の会話を聞きながら、さりげなくスマホを開いてインスタを…


「……」


 なんだこれ…

 二人はちゃんと続いてたって事か…


 沙都君との会話に出て来た『スタジオ』の写真はさておき…

 最新の投稿では、ギターを手にした詩生君に寄り添う華月ちゃん。


 は?これ、ついさっきだし!!

 …メロメロじゃねーかよ!!


 はい!!終了~!!





 〇桐生院華月


「……」


 あたしがステージ袖から照明を見上げて深呼吸をしてると。


「華月。」


 詩生がそっと手を握ってくれた。



 夏のフェスに向けての最終オーディション。

 すでにアメリカ事務所からは、ソロは沙都ちゃんだけで、後は『Angel's Voice』『KEEL』『Lady B』って三つのバンド、四枠が決まってて。


 本当は各事務所あと一枠しか残ってなかったんだけど…ステージを増やした事でアーティストの枠も二枠増えた。

 でも…最終審査に残ってるのは、八組。


 その誰もが…今日、最高のパフォーマンスを見せている。

 今、ステージでは…六組目のアーティストが演奏中。


 あたしはさっきから…足の震えが止まらない。



「…ガラにもなく、緊張しちゃってる。」


 素直にそう言うと。


「ガラにもなく?おまえ、どっちかっつーとあがり症だったよな。」


 詩生は優しくあたしの頭を撫でた。


「いつの話よ。」


「あはは。ま、でも仕方ないだろ。畑違いのオーディションだし。」


「…だよね…」


「ずっと音楽畑にいる俺だって、緊張してるから。」


「え?」


 少し驚いて顔を見上げると、緊張してるって言ったはずの詩生は、何だか…ニヤニヤしてて。

 それがあまり見た事のない表情だったもんだから…


「…どうしたの?調子悪いの?」


 ニヤニヤしてるのに、つい…そう聞いてしまった。


「は?調子悪そうに見えるか?」


「う…うーん…だって…緊張してるのに、なんでニヤニヤしてるのかなって…」


「だよなー…何だろ。すっげー緊張してるんだけど、楽しみっつーか…嬉しさが止まらないっつーか…」


「嬉しさが止まらない…?」


「…まさか…さ。」


「うん…」


「華月が、俺の歌を歌ってくれるなんて…って。」


「……」


 詩生の顔からニヤニヤが消えて。

 すっ…と、優しさと真剣さが混じったような表情になった。

 それは…ずっと詩生を見て来たあたしでも、初めて見るような…

 すごく、男らしい顔…。


「…どした?」


 あたしが黙り込んだからか、詩生が首を傾げて顔を覗き込む。

 こんな時に見惚れてた…なんて、言えないよー!!


「う…ううん。そう思ってもらえて…嬉しいな…って。」


 うつむき加減にそう答えると、握った手に力が込められた。


 …違う意味でドキドキしてる…あたし。


 詩生とは、何回もキスしたし…体だって重ねて来たのに…

 手を繋いだだけで…今更…



「…あのさ。」


「…ん?」


 顔を上げないまま、詩生の声を拾う。


「変な話かもしれないけどさ…」


「…うん。」


「俺、落ちる気しねーんだわ。」


「……」


 ゆっくり、詩生を見上げる。

 詩生の視線は…ステージに向いてて。

 それは…とてもキラキラして見えた。


「俺はギタリストの息子だけど、ギタリストとしては全然名が売れてない。なのにギターメインで再デビュー。」


「ふふっ…衝撃だよね。」


「だろ?それに…華月のデビューだって、世界が揺れるぜ?」


「そっかな。」


 詩生の視線があたしに向く。

 キラキラして…力強い、目。


「どんな事言われても、俺達は俺達が楽しいって思うままにやればいいんだ。」


「…うん。」


 力強く頷くと…


「愛してる。」


「え…っ…」


 不意打ちの告白と…唇が来た。


『エントリーナンバー7、MOON SOUL、準備して下さい。』


 呼び出しの声がかかって。


「行くぞ。」


 詩生が笑った。


 あたしは呆気に取られたまま足を踏み出して…


 …うん。

 エネルギー、もらえたかも。


 ステージの中央に立っても震えてない自分に気付いた。



 さあ…


 あたしの、初ステージ。






 楽しむしかない…。

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