第39話 「…え?誰がフェスに出るって?」

 〇桐生院華月


「…え?誰がフェスに出るって?」


 目の前でアイスを食べてる泉が、ちょっとマヌケな顔をした。


「あたし。」


「…タンバリンか何か?って…華月楽器出来ないか…」


「何よそれ。あたし音楽の成績良かったわよ?」


「へえ…で、何で出るの?」


「詩生とユニット組んだの。」


「ユニット…」


「歌うの。」


「…音痴じゃなかったっけ…」


「誰と間違えてるの?」



 今日は詩生が浅井さんにギターを特訓してもらうとかで、あたしはオフ。

 すごく近所なのに全然遊びに来る暇もなかったお姉ちゃんの家で、泉と落ち合った。

 お姉ちゃんは産婦人科に検診に行ってて。

 実は近所のアパートに住んでる。って言ったら『毎日遊びにおいで!!』って言ってた沙都ちゃんと曽根さんも、一週間ほど隣の州に出かけて。

 あたしは泉と二人で、りっちゃんの子守をしてる。


 泉に会うのは、詩生が事件に巻き込まれた時以来。

 …あの時は…二階堂の仕事として来てくれた感じだったけど…

 今日はオフ。

 久しぶりの泉に会ってる気がして、嬉しい。



 最終オーディションに見事合格したあたしと詩生は。

 本当は内緒って言われてるんだけど…家族にだけは打ち明けた。

 そして、たまたまオーディションを覗きに来てた沙都ちゃんにも…バレた。


「えー!!華月ちゃん!!モデルはどうしたの!?」


 って騒がれたけど。

 歌を聴いて納得してくれた。



「りっちゃん、少し会わなかっただけなのに…ぐんぐん大きくなってる気が…」


 足元をバタバタと駆け回るりっちゃんを見て言うと。


「食べる量がね~。」


 走り回るりっちゃんの頭をガシッと捕まえて、泉が笑った。


「咲華さん、本気で何者?って聞きたくなるぐらい食べるよね。」


「…うん。」


 あたしがマジマジと泉を見てしまうと。


「何。」


 泉は唇を突き出してあたしを見た。


 …変な顔してるつもりなんだろうけど…


「泉、何だか可愛くなった。」


「……はっ?」


 元々、素材はいい。

 仕事柄…構う暇がないからか、だいたいショートカット。

 だけど、無造作な毛先が細い首をセクシーに思わせてる。


 …今までと何も変わらないようで…何かが変わってる。

 聖と別れた後は、すごくやつれた感があったけど…

 今のこれは…


「彼氏でも出来たの?」


 首を傾げて問いかけると。


「…いないよ、そんなの。」


 少し間を開けて、あたしから視線を逸らした。


「…いるんだ。」


「いないっつーの。」


「あたしに隠し事?」


「二階堂だからね。」


「……」


 今度はあたしが唇を突き出す。


「あんたはそんな顔しても可愛いからダメ。」


「泉だって可愛かったもん。」


「…はいはい。」


「もー…」


 あたしなりに心配してるんだけどな…


 聖はLeeこと優里ちゃんって好きな子が出来て…

 まあ、打ちのめされたけど…

 あ、あの二人の事は、また聖の回に…(笑)



「あたし…泉の事、親友って思ってる。」


 膝によじ登ろうとするりっちゃんの頭を撫でながら、ポツリと言う。


「…何、急に。」


「…なんか、言いたくなった。」


「…だから、話せって?」


「…だって…」


「だって、何。」


「……」


 りっちゃんがあたしの膝登頂に成功して、満足そうな顔をする。

 それを見て泉と二人で笑顔になった。


「…泉、だんだん何も話してくれなくなったから…」


 りっちゃんに視線を落としたまま、そう言うと。


「…大人になると、みんなそういうもんじゃない?」


 泉は少し声を小さくして言った。

 今日は沙都ちゃんも曽根さんもいないのに。



 あたしには…親友と呼べる存在が、泉しかいない。

 でも…それも、もしかしたらあたしだけが一方的にそう思ってるんじゃないかな…なんて…

 ここ数年、ヒシヒシと感じてしまってた。


 あたしから連絡する事はあっても…泉からはない。

 さりげなく避けられてるのかな…って、思わなくもない。

 …あたしが聖の身内だから…?



 でも、お姉ちゃんと海君が結婚した事で、あたしと泉には繋がりが出来た。

 あたしは…これからも泉と親友でいたいと思ってる。

 …だけど、焦ってる自分がいる。

 泉が…あたしをどう思ってるか…なんて。

 今まで気にならなかったのに…



「…そんな暗い顔しないでよ。」


 突然、額をピン…と弾かれて顔を上げる。


「いたっ。」


「暗い顔してるから。」


 そう言った泉は不機嫌そうに斜に構えて腕を組んだ。


「…こんなの言ったら、嫌われるかなーって思ってさ。」


「嫌われる?」


「…彼氏はいないけど、セフレがいる。」


「……」


 彼氏はいないけど…セフレがいる…


 …セフレ…


 パチパチパチパチと瞬きをしてしまった。


「…知らないんじゃないわよね。セッ」


「知ってる。」


「……」


 泉に…セフレ…


「…ほら。軽蔑してるでしょ。」


 低い声が、あたしの瞬きを止めた。


「軽蔑なんて…」


「今はそういうのがちょうどいいの。後腐れの無い関係ってやつ。」


「…あたしの知ってる人?」


 そんなの聞いて、どうするんだ。って感じだけど…

 泉の事を知りたくて仕方なかった。

 あたしの問いかけに、泉は思った通りの表情をして。


 だけど…


「華月の知らない人。」


 キッパリと、そう言った。


 何だか…勝手に…




 距離を感じてしまった。




 〇里中健太郎


「……」


 いよいよ…だ。


 俺はフェスに出場の決まったアーティスト一覧を手に、興奮を抑えきれなかった。


 …Deep Redが…出る。

 昔の彼らには出会えなくても…

 恐らく最後であろうアルバムを、短期間で今出来る最高の仕上がりに作り上げた、音楽人に出会える。


 …何度聴いても鳥肌が止まらない…

 高原さんの声は、絶頂期のそれとは違うものではあるが、魂を…感じさせる。


 いつの間に。と思わせるほど作り溜められていた楽曲は。

 全てが…今の高原さんの声にピッタリなもので。

 この作品に関わらせてもらった事を、今も夢のようにも思うし…光栄以外の何物でもない。



 ともあれ。

 春に開催予定だったフェスも、夏に延期になった事で規模も大きくなり。

 ビートランド44周年という、社員達がイヤでも盛り上がる日の開催となった。



「高原さん、里中です。」


 最上階は今も高原さんの部屋のまま。

 さくらさんは時々そこにいるが…ほとんど事務所に現れない。

 俺は社長とは名ばかりで、オタク部屋とスタジオ階を行き来してばかりだ。


「…高原さん?」


 ノックをして声をかけるも、中から返事がない。

 不在だったか…と思いながらもドアを開け…開いた。


 この階には会長室しかない。

 意外にも警戒心の強い高原さんは、少しだけ出掛けるにも鍵を閉める。

 妙な胸騒ぎを覚えながら、ゆっくりとドアを開ける。


「高原さん…」


 会長室の中。

 その姿は…こだわって買ったという黒い椅子に沈み込んでいた。


「…高原さん!?」


 手に持っていた資料をバサバサと落としながら、高原さんに駆け寄ると…


「…っ…里中?どうした。」


「あ……あー……はあああああああああああああ…」


 高原さんは、ヘッドフォンをして…


「…大音量でSHE'S-HE'Sですか…」


 ヘッドフォンから音漏れして来るそれは、まぎれもなく…先日のスタジオで録音した、新体制のSHE'S-HE'Sだ。


「三つ子のコーラスを重点的に聴いてた所だ。」


 椅子から体を起こして、高原さんが自慢そうに言う。


「父親を支えるためだとしても…あいつら、自分達の着地点を見付けたようだな。」


 キラキラした目。

 それを見ると…安堵のため息しか出ない。


 俺は散らかした資料を集めて、ソファーに座った。


 …目を閉じた横顔が、真っ青に見えて…

 心臓が止まるかと思った。



「今後の事を思っても、三つ子はサポートメンバーとしてSHE'S-HE'Sに付かせるべきでしょうね。」


 まだ少し早い鼓動を鎮めつつ、提案する。


「ああ。恐らく本人達も、アイドルよりしっくりくるだろう。」


「……」


 本当に…

 この人は、会長を退く気なんてあったのか?

 ずっとこうして、誰彼の心配ばかりしている。

 高原さんが解散を言い渡したDEEBEEも、結局は…全員が行先が決まった。



「出演者が決まったか。」


 俺の手元の資料を見て、高原さんが言う。


「はい。」


「期待の新人はいるか?」


 笑いながら、俺の前に座ろうと…


「高原さん!?」


 ふっ…と。

 高原さんが、膝から崩れ落ちた。


「大丈夫ですか!?」


 慌てて支えたものの…その肩と腕の細さにギョッとした。

 この人は…こんなに痩せてたのか…?


 鎮まりかけてた心臓が、さっきより嫌な音を立てる。


「ゴホッ…」


「え…っ…」


 咳込んだ高原さんの口元から…


「救急車を…」


「待て…」


「しかし…!!」


「頼む。」


「……」


 痛いほど強く腕を掴まれた。

 こんなに細い肩で…こんなに細い腕で…


「頼む…見なかった事にしてくれ…」


「…高原さん…」


「…頼む…」


 あの…高原夏希が…

 俺の肩に頭を預けて…


「…頼む…」


 弱々しい声で、そう繰り返す。


 信じたくない気持ちが強い俺は…


「…分かりました…」


 そう…言うしか…


 なかった…。

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