第40話 あたしの名前は本川千春。

 〇本川千春


 あたしの名前は本川千春。

 18歳。

 ピアノ教室をしてるお父さんと、中学校で音楽の先生をしてるお母さんと。

 二つ年上で、可愛い物や恋愛に興味なさそうな顔してるけど、実は興味津々な大学生のお姉ちゃんの四人家族。


 父さんのピアノ教室は、まあまあ…初心者が習いに来る感じ。

 その傍ら、音楽スタジオなんかも経営してるけど…それが常に閑古鳥状態。


 だった。



 だった…って過去形なのは…


「木曜日の19時からって空いてますか?」


「えーっと…何時間?」


「二時間でお願いしたいんですけど…」


「三階のAなら空いてるよ。」


「あっ、じゃあそこを。」


「じゃあ、木曜日の19時から二時間。三階のAスタで…名前は…今日二階のBスタに入ってくれてた友野君だね?」


「はいっ。」


「いつもありがとう。」


「いえ、ここ…本当機材いいし…なのに学割もきいてありがたいです。」


「そ?嬉しいなあ。頑張って。」


「はい!!ありがとうございます!!」


 あたしは、そのやりとりを…狭い通路の椅子に座って眺めてた。



 先月…

 あたしの憧れである、モデルの華月ちゃんがここにいた。

 閑古鳥の鳴きまくってるスタジオで、彼氏であるシオ(あたしは華月ちゃんファンだけど、シオにはあまり興味ない…けど…実物はカッコ良かった)が何かの練習をして。

 華月ちゃんは、それに付き合ってここに来た…と。


 あの日、華月ちゃんがうちのスタジオをインスタに上げてくれたおかげで。

 その日から予約が入りまくった。

 ピアノ教室も、スタジオも、常にいっぱい。


 …すごい影響力だよ…そりゃそうだよ…(使ったのはシオだから、彼のおかげなのかもだけど)



 もう、彼女の全てが好き!!

 キラキラしてて…可愛くて…きれいで…

 そんな華月ちゃんが…父さんと仲良く話してる事に驚いた。

 …こんな、冴えない父さん…


 華月ちゃんのお父さんは、F'sってバンドのボーカリストで。

 そりゃあもう…世界で有名な人。

 神 千里って、おじさんだけど…おじさんなんて言葉が似合わなすぎる。

 たぶん、本当に神様なんだよ…



「よ。」


 ふいに入り口のドアが開いたかと思うと…

 …見た事ある人が…

 見た事ある、すごい人が…


「お、神。」


 えっ⁉︎


「今ちょっといーか?」


「ああ…千春、ちょっと店番しててくれ。」


「……」


 あたしは…口を開けてポカンとして、瞬きを繰り返した。


 今まさに…頭の中に登場してた神様…神 千里が…


「おまえの娘か。」


 長い前髪の隙間から…あたしを見てる…

 …って…


「とっ…とと…父さん!!」


 あたしは父さんの腕を掴んで、神 千里に背中を向けると。


「なんななななんなんでっ!?」


 出来るだけ…小声でまくしたてるように、問いかけた。


「何でって…何が。」


「何で…神 千里が父さんに会いに来るの!?」


「おまえ、神の事も知ってるのか?」


「有名人じゃないの!!」


「有名人だけど、まさか千春が知ってるとは…」


 小声のつもりだったけど、盛大に大声だったらしいあたし達の会話は。


「その有名人と昔一緒にやってた事、娘に話してねーのかよ。」


 不機嫌そうな声に遮られた。


「……」


 父さんと二人して、ゆっくり振り返ると。

 神 千里が斜に構えてあたし達を見てる。


「…って、え…?父さん…何してたの…」


 あたしの問いかけに、父さんは眉毛をハチの字にして。


「あー…昔、バンドやってたんだよ…」


 頭をポリポリと掻いた。


「えっ!?」


 タモツおじちゃんがドラム叩いてた…っていうのは聞いた事がある。

 だけど…


「とっとと父さんが、神 千里と!?」


「……」


 はっ…


「神 千里さん…と?」


「…ああ…タモツも一緒に…」


「た…」


 あたしは…この驚きを…


「…大丈夫か?娘…固まってるけど。」


「大丈夫だろ…ちょっと頼むぞ。今スタジオに入ってる子達が出て来るまでには戻るけど、電話がかかったら取ってくれよ?」


「……う…」


 コクコクと頷く。

 すると、二人はドアを開けて外に出て行った。



 …やばい。

 あたし…父さんの事、完全にバカにしてたのに…

 華月ちゃんと知り合いって分かって、ちょっと…見直したって言うか…

 て言うか、神 千里と一緒にバンドしてたから、華月ちゃんとも知り合いって事…?


 ああ~…なんで父さん…そんな大事な事、早く言わなかったんだろう…



 30分後、父さんは何だか心ここにあらずな感じで帰って来て。

 夜にはタモツおじちゃんが血相変えてやって来て。

 二人でスタジオにこもってしまった。


 あたしは、一足先に二件隣にある自宅に戻って。


「ねえ、お父さんが昔バンドやってたって知ってる?」


「え?」


「何?」


 母さんとお姉ちゃんに暴露して…

 なかなか帰って来ない父さんを無視して、三人で父さんの部屋から『TOYS』ってビデオを見つけ出した。

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