第41話 あたし達は、そのビデオを見て口を開けた。

 〇本川千夏


 あたし達は、そのビデオを見て口を開けた。


 だって…


「ええええええ!?これ父さん!?ねえ!!母さん知ってたの!?」


 母さんの肩を揺さぶりながら、大声ではしゃいでるのは…妹の千春。


 その千春にぶんぶんと体を揺らされてるのに、大きな目を開けたままテレビを見入ってる母さんは…

 …たぶん、知らなかったんだね。


「はっ…!!見て!!タモツおじちゃん!!」


 千春が指差したドラムの位置には…まさしく、父さんと仲良しのタモツおじさん。

 歩いて行ける距離にある八百屋さんのご主人だ。


 そ…それより…


「うわああああ!!神 千里!!めちゃくちゃカッコいいし!!」


 か…

 神 千里…!!


 あたし、長女なもんで…

 物心ついた時には『お姉ちゃんなんだから』って…別に親に言われたわけでもないのに、自分で自分を縛るような暗示をかけてて。

 自由奔放って言うか、思うがままな千春とは正反対で…

 今、こうして目の前で歌ってる…二十代の神 千里を見て…

 千春みたいに…はしゃぎたい気持ちがあったとしても…それは…

 飲み…飲み込んで…



「う…うう…かか…カッコいい…」


 つい我慢出来ずに口にしてしまうと。


「ねーっ!!お姉ちゃんもそう思うでしょ!?あたしさっき実物会った!!」


 千春がキラキラした目であたしを振り返って言った。


「え…えっ?実物…?」


「うん!!父さんに用があるって来て、あたしがビックリしてたら『有名人と一緒にやってた事話してないのか』って!!」


「……」


 その瞬間。

 あたしは…父さんに似たのかな。なんて思った。

 家族の誰にも打ち明けてないけど…あたしはF'sの大ファンだ。

 だから、この前千春が『スタジオに華月ちゃんが来たの!!』って騒いでた時も…

『えっ!?神 千里の娘の!?』って…内心絶叫してた。


 こっそりやってるインスタで、神 千里の事も華月ちゃんの事もフォローしてるあたしは。

 華月ちゃんが『スタジオ・マーシー』の前で撮った写真をインスタに載せてるのを見て…熱を出した。


 神 千里に近い人物が…うちの店に…って、興奮し過ぎたせいだ。


 それが…

 今度は本人が…


 それどころか…

 父さんが神 千里とバンドをしてたなんて…



 華月ちゃんがうちの店に来て以来、千春が父さんと仲良くなった。

 うちは女三人が仲良くて、父さんだけが除け者って感じになってたけど…

 最近は千春が父さんとスタジオに入り浸ってて、母さんは少し面白くなさそう。


 …だよね。


 三人でいる時も、常に喋ってるのは千春だったし。

 あたしと母さんじゃ、沈黙が続くばかり。




「うおっ…なっ何だよ…これ。どこで見つけたんだよ。」


 ビデオを見続けてる所に、父さんが帰って来て。


「…隠してて悪かったよ…」


 母さんの前に座りながら、そう言って…ビデオを停めた。


「えー!!何で停めるの!!」


 千春は盛大にブーイングしたけど。


「…まあ…怒られついでに言うけど…さっき神から夏のフェスに『TOYS』で三曲ほど出ないかって誘われた。」


 夢みたいな告白をして。


「大賛成———!!」


 千春に抱き着かれた。


「いや…断ったよ。」


「えっ!?」


 父さんの声に、ドン引きしたのは千春だ。

 あたしは母さんの顔色を眺めて…お茶を入れるために席を立った。


 母さんは中学で音楽の先生をしてる。

 割と適当な父さんと違って、曲がった事が嫌いな性格。

 当然…嘘も嫌い。


 でもこれは嘘じゃなくて…隠してただけ…だよね?

 だったらいいんじゃ…



「どうして断ったの~!?」


 食い下がる千春に苦笑いしながら。


「これは…武道館ライヴか。まさか自分があんな場所に立てるとは思ってもみなかった。神には感謝しかないよ。」


 父さんはビデオのパッケージを手にして、穏やかに…話し始めた。

 あたしは四人分のお茶をテーブルに運ぶ。


「TOYSは神の力で持ってたようなもんなんだ。あと、ギターのアズ。」


 アズ…えっ!?

 F'sのアズもTOYSにいたの!?

 あたし…F'sにばかり夢中で調べなかった…

 だって、あたしが産まれた時には、もうF'sだったんだもん。

 その前があるとも思わないよね。



「だから、俺とタモツはいつも上の人達に辛口に励まされて…結果、神が全力でやらない事で俺達とバランスが取れて上手く出来たって所かな。」


 千春は父さんがバンドを断った事に拗ねてるけど。

 あたしは父さんの話を聞いて、切なくなった。

 音楽も仕事になると…楽しいだけじゃダメなんだ…


「だから、武道館を終えた後に…俺とタモツから解散を申し出たんだよ。」


 母さんは…無表情で無言。

 …こ…怖い。


「母さんと付き合い始めたのは、TOYSが解散して…音楽学校に入り直してからだった。」


 そこでようやく、母さんが少しだけ目を細めて…首を傾げた。


「一人だけ歳が多くて浮いてた俺に、普通に話しかけてくれたのが凛々子だった。」


 つい…あたしと千春は父さんを見た。

 いつも『母さん』って言うのに。

 久しぶりに…名前を呼んだのを聞いた気がする。


「自分の力不足が原因でバンドをやめたはずなのに、どこか意気消沈してる所もあって…そんな俺に、ズケズケ物を言ってくれる凛々子には、救われた。」


「ズケズケだなんて…」


 やっと母さんが口を開いた。


「どうして…バンドしてた事、話してくれなかったの?」


「…神とアズは、きっと大物になるってタモツと言っててさ。俺達は…あいつらの汚点になりたくないって思ったんだよ。」


「汚点だなんて!!さっきのビデオ、みんな笑顔だったじゃない!!」


 千春が立ち上がってまで力説する。


 …何かと言えば、父さんに八つ当たりしたり、気持ち悪いから近付くな。なんて酷い事言ってたクセにね…。


「俺だけじゃない。たぶんタモツも…今頃家族に話してるんだろうな。隠してて悪かった、って。ほんと、あいつらの邪魔したくなかっただけなんだ。」


 こんな風に話す父さん…初めて見た。

 威厳はないけど…優しくてひょうきんで、だけどどこか気弱で。

 だから、あたし達三人からいいように使われたり…除け者にされてばかりだったけど…


「…スタジオを作ったのは、夢を諦めきれてなかったからじゃないの?」


 母さんが低い声で問いかける。

 その声は少し震えていた。


「…それはどうなのか分からない。だけど…夢をみていたい気持ちはあったんだと思う。」


 あのスタジオを作る時、母さんは大反対をしたそうだ。

 だけど、ピアノ教室も兼ねるって事で…渋々OKが出た。


「でも、未練はないよ。贅沢させてやれてないのに、自分の夢ばかり追う気はないし。俺は今の生活で十分満足してる。」


 父さんがビデオデッキからテープを取り出して、それをパッケージに収める。


 本当は…やりたいんじゃないの…?

 言い出したくてドキドキしてると…


「やればいいじゃない。」


 そう言ったのは…母さんだった。


「…え?」


「三曲って、同窓会みたいなもんでしょ?幸い、あなたもタモツさんも練習場所はあるんだし。」


 母さんは少し照れたような顔をして立ち上がると。


「…あたしだって、こんな古い映像より…今のが弾いてる姿が見たいから…」


 早口にそう言ってキッチンに行った。


「……」


「…真志さん…だって。」


 あたしが母さんの背中から、父さんに視線を移して言うと。


「…はは…いやー…」


 父さんはガシガシと頭を掻きながら。


「…タモツんちに加勢に行って来る!!」


 そう言って立ち上がって。


「あたしも応援に行く!!」


 なぜか千春も、それに続いた。

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