第14話 『…いい知らせと悪い知らせがある。』
〇東 志麻
『…いい知らせと悪い知らせがある。』
キーボードを叩いた音が聞こえて数秒後。
瞬平が暗い声で言った。
『…どっちから聞きたい?』
キャサリンの上に飛ばせてた赤い鳥を仕舞った薫平が、地図を指でなぞって。
「いい方から聞かせて。」
淡々とした声で言った。
『富樫さんや木塚さんが拉致られてる二か所は、応援の持ってる武器でどうにかなるけど…』
「悪い知らせは、海さんのとこはどうやっても突破できない…的な?」
『ああ…』
「何で?」
『……』
瞬平が眉をしかめて黙る。
その後ろに、目を細めて黙り込むお嬢さんが見えた。
『…敵は…応援が来るのを予測してたんだろ…』
「大掛かりな仕掛け?」
『かなりの広範囲に、地雷と爆弾。』
「……ふーん…。」
『……』
「……」
俺の知ってる限り…今まで高津の双子が黙り込む事なんてなかった。
…広範囲に地雷と爆弾。
「空からは?」
俺が割り込むと。
『岩場に無数のバズーカ隊がいるね…ヘリもジェットも撃墜されるよ。』
「……」
俺達が黙った所で、違う窓が開く。
「あ。」
そこには…今まで信号がなかったボスのチップが起動した知らせが入って。
「ボスからの信号だ。瞬平、そっちでも見えてるか?」
『うん…ったく…全部ハッキングしてたのかよ…』
ボヤキながらも、少し嬉しそうに思える瞬平の声が聞こえた。
ボスの居場所は岩場の中に作った牢獄で、視線の先に鉄格子が見える。
『ヨウキュウジョシャ サオトメシオ 25サイ ダンセイ』
まずは一人目の情報が文字で入った。
やはり…彼はそこにいたのか。
『 ミギアシフショウ キケンド3』
右足負傷で危険度3と言う事は…一人では歩ける状態ではなさそうだ。
別窓には、少し安堵したものの険しい顔のお嬢さんが映っている。
『ヨウキュウジョシャ アサイシン 73サイ ダンセイ』
「…えっ?」
『はっ?』
つい、俺達四人は同時に声を上げた。
恐らく…これが届いている応援隊や本部でも、同じ声が上がっているはずだ。
43年前、丹野 廉という若いシンガーが銃弾に散った。
あの事件は…今も二階堂に暗い影を落としている。
瞬平や薫平のように、進んだ武器の開発よりも…優れた身体能力で全てを解決していた頃。
当然無理もあったはずなのに、それでも…二階堂の現場に犠牲者はほぼゼロ。
…唯一、一般人が亡くなったのが…その丹野 廉。
浅井 晋は…その現場を目撃していた一人で…丹野 廉の親友だった。
15年前、災害で行方不明。
その消息は、何を持っても掴めなかった。
何体か出て来た損傷の酷い遺体を鑑定しても、彼と一致するものはなく…
地元警察は『これ以上の捜索は不可能』と断念した。
二階堂の案件にならなかったが、きっとボスは…探し続けていたはず。
『キオクショウガイ スイジャク キケンド5』
記憶障害に衰弱…危険度5…
「…難しい救助だね。」
さすがに…薫平も笑みを失くした顔でつぶやいた。
『志麻、聞こえるか。』
イヤフォンに飛び込んできたのは、
「はい。」
『そこに薫平が?』
「…はい。」
薫平の顔を見ずに正直に答えると。
『瞬平はどこにいる?』
「本部以上の事が完璧に出来てしまえる場所にいます。」
『……』
頭は小さく鼻で笑われた。
『瞬平に本部と繋がるよう指示してくれ。一分後、私から全員に指示を出す。』
その、今までにはない言葉に。
これが本格的な戦争になる予感がした。
〇二階堂 泉
『…みんな、よく聞いてくれ。』
あたしは…父さんのその声を、知らない人みたいだなー…なんて思いながら聞いた。
こんな…世界中の二階堂に発信するなんてさ…。
あたし達は影。
だから、自分達が死ぬ事はあっても、誰かを死なせちゃいけない。
そんな世界に生まれ育った。
何となく…あらためて、その志しを心の中で繰り返す。
「…泉。」
いつもは『お嬢さん』って言う瞬平が、真顔であたしの手を握った。
そうせずにいられないぐらい、あたしが普通じゃない顔をしてたか。
もしくは、当たり前に呼べないぐらい…瞬平も動揺してるかのどちらかだ。
『ここ数年、水面下で『一条』の動きを捜査して来たが…私達が思っていた以上に『悪』は『善』より育つのが早い。』
父さんなのに…すごく遠い人が喋ってるような気がした。
『現在、カトマンズの国立公園地下にて発見された人質について、一条から取引が言い渡された。』
「えっ…」
あたしと瞬平は同時に声を上げる。
…富樫からデータが送られて来た時は、いつもの事件に似たやつかと思ってた。
だけど兄貴んちで違和感を覚えて…
薫平に会って、さらに違和感…
そこからはもう…嫌な予感しかなかった。
父さんは、今。
『人質』って言った。
それはもう…一条から見れば、『取引』の『物』でしかない。
華月の彼氏と、兄貴と。
15年前行方不明になった男。
この三人は…血の繋がりがある。
もしかしたら、一条はそれで何か伝えたがってたのかもしれない。
ターゲットは二階堂。
だけど…おそらく、狙いは…紅さん。
血の繋がり…
『三人の身柄は、『一条紅』を引き渡す事で安全を確保する。』
「バカな!!」
瞬平が大声で叫んで立ち上がった。
だけどこちらの声はどこにも届かない。
たぶん…カトマンズにいる薫平も…この、どうしようもない状態に拳を握ってるはず。
『私達は、この取引を…遂行するように見せかけて、全員を救出する作戦を取りたい。』
「…そんなの…どうやって…」
呆然とモニターを見入る。
兄貴達の周りには、途方に暮れるほどの爆薬。
空からの援軍も撃墜される。
『取引自体が成功しなければ、現在閉じ込められている人命の安全は確保出来ない。』
…いくら頑張った所で…地雷や爆弾をかいくぐったり撤去するには犠牲が出る。
…ほんとだよ…
あたし達が悪に負けない努力をしてる間、悪は…どんどん知恵と人数を増やしてる。
『取引には私が同行する。』
「父さん!!」
『全二階堂に告ぐ。現在持っている現場を終えた者だけが、カトマンズに向かってくれ。くれぐれも…今の現場を勝手に終わらせないよう。』
「……」
『そして、家族の無事を確認確保する事。相手はこちらの想像以上の事をしてくる。甘く見るな。』
あたしは…今自分が出来る事は何なのか…必死で考えた。
何ができる…?
何が…
『カトマンズに向かう者にはデータを送る。その指示に従って動いてくれ。志麻、薫平、現地の情報を瞬平に送ってくれ。瞬平はそれをまとめてそれぞれに入国ルートを指示、待機場所と爆破物の種類の分析と、対抗できる武器の割り出しを回して欲しい。』
「…頭、俺の才能大きく見過ぎ…」
瞬平は大きく溜息をついた後。
「ラジャ。」
そう言ったかと思うと…すごいスピードでキーボードを叩いて。
「志麻、薫平、全員助けるよ。」
二人に話しかけた。
『とーぜん。』
『こっちの状況見えるか?ドローンを使ってバズーカ隊の動きを止められないか?』
「その手も考えたけどね…その前に撃墜されるがオチだな。」
『だったら…』
現地の二人からも色んな意見が出る。
あたしも…動かなきゃ。
「…瞬平。」
「ん。」
「あんた、忙しいだろうけど…あたしにも逐一情報流して。」
「…分かった。」
「あたし…行って来る。」
「…ああ。」
「…兄貴の大事な人たち…守らなきゃ。」
「…頼む。」
瞬平と腕を合わせて、あたしは…おはじきを連れて外に出る。
向かうは…ホテル。
咲華さんとリズと華月を…守らなきゃ。
あたしの命に代えても。
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