第2話 「…華月?」

 〇桐生院華月


「…華月?」


 ドアを開けたお姉ちゃんは、目を丸くしてあたしを見た。


「来ちゃった。」


「もう!!来るなら言ってよ~。迎えに行ったのに!!」


「驚かせたくて。」


 お姉ちゃんはあたしに抱き着くと。


「あれ?一人?」


 思い出したようにキョロキョロとして言った。


「うん。入っていい?」


「もちろん。」



 家の中に入ると、リビングでりっちゃんがテレビを観てた。

 先月、お姉ちゃんの思いがけない里帰りで会ったばかりなのに、久しぶりな気がしちゃう。

 毎日でも見ていたい可愛らしさ。



「りっちゃん。」


 りっちゃんの隣に座り込んで、宙に浮いてた手を持つと。


「ひゃっ!!かっちゃっ!!」


 りっちゃんは満面の笑み。


「あ~ん…安定の可愛さ…」


「華月、お昼食べる?」


「え?うん。いいの?」


「いいわよ。お昼には海さんも帰って来るから。」


「海君、仕事じゃないの?」


「今日は本部にいるから、お昼は帰って食べるって。」


「ふーん。相変わらずアツアツだ。」


「ふふっ。」


 しばらくりっちゃんの手を持って遊んでると、車の音がした。


「パー。」


 りっちゃんが外を指差して、あたしに教えてくれる。


「ふふっ。パパが帰ったって教えてくれてるの?」


 あたしが立ち上がって玄関に向かうと、それに続いてりっちゃんも不格好に歩きながらついて来た。


「ああ~…前より早い…」


 あたしがりっちゃんにメロメロになってると…


「ただい……華月?」


 玄関から入って来た海君が、あたしを見て驚いた。


「えへへ。お邪魔してます。」


「なんだ…仕事で来たのか?」


「パー。」


 海君はりっちゃんをひょいっと抱えると。


「…パーじゃなくて、パパ。パ・パ。」


 そう言いながらキッチンに歩いて、『ただいま』ってお姉ちゃんの頭にキスをした。


 …父さんと母さんで見慣れてるけど…

 まさか、海君とお姉ちゃんまでこうだとは。

 まあ…アメリカだしね。



「で、一人なのか?」


 料理をテーブルに運びながら、海君が言う。


「うん。」


「撮影?」


「ううん。完全プライベート。」


「よく父さんが許したわね。」


「内緒で来たの。だからスマホも電源落としたまま。」


「……」


 お姉ちゃんと海君が顔を見合わせる。

 …心配かけちゃうなあ…


「家族揃った所で…はい、これ。」


 あたしはバッグから二人にプレゼントを差し出す。

 結婚のお祝いもちゃんとしてなかったし…


 先週、お姉ちゃんから『妊娠しました。幸せです』って短いメールが来た。

 一括送信で(笑)


「え?何?」


「良かったら使って。」


 お姉ちゃんがバサバサとプレゼントを開くのを、りっちゃんがキラキラした目で見つめてる。


「お箸?」


「うん。」


 お姉ちゃんと海くんには、夫婦箸。

 りっちゃんには名前入りのスプーン。

 産まれてくる子供には…

 ま、その時でいいかなって。


「改めて、おめでとう。お姉ちゃん。海君、お姉ちゃんをよろしくね。」


 あたしが二人を見つめて言うと。


「…ありがとう。華月。」


 海君が、優しく言ってくれた。

 お姉ちゃんは幸せそうに涙ぐんで。


「後でプリン出すからね?」


 お箸を握りしめた。




「…あの…実はね…」


 お姉ちゃんの作った美味しいお昼ご飯を食べた後。

 あたしは…訪問の理由を口にする。


「海君に、お願いがあるの。」


「俺に?」


 本当は…

 こんな幸せいっぱいの時にって…悩んだけど。

 それでも…あたし一人じゃどうにもできないから…


「…詩生を、探して欲しいの。」


「詩生…早乙女詩生…君か…?」


 海君が目を細めた。


「詩生君…どうかしたの?」


 お姉ちゃんが眉をしかめる。


「…いないの…」


 そこであたしは…

 詩生がおじいちゃまにDEEBEEの解散通告をされて、一人旅立ってしまった事を話した。


「それがいつの話だ?」


「一ヶ月前。」


「携帯は?」


「繋がらないの…それと…これ。」


 あたしは自分のスマホを海君に差し出す。

 そこには…

 数日前、ネットで見つけた画像。


「…これは?」


「ネットで売られてたの。」


「…彼の持ち物なのか?」


「ええ…」


 そこに写ってるのは…詩生が肌身離さずつけてたブレスレット。


「早乙女のおじ様はなんて…?」


「詩生は今までも、こうやっていなくなってたから…」


「……」


 海君は真剣な顔で画像を見ていたけど。


「この画像、もらうぞ。」


 そう言ってスマホを操作した。


「…ごめんね?海君も忙しいのに。」


「いいさ。」


「いきなり本家にお願いすると、話が大きくなるかなと思って…」


「可愛い義妹のためだ。これぐらい何ともない。」


 あたしが不安そうな顔をしていたのか…

 海君は立ち上がると、あたしの頭をくしゃっと撫でて。


「すぐ見付けるから。」


 そう言うと、ジャケットを手にした。




 りっちゃんの昼寝に付き合って、あたしも少し眠った。

 ネットでブレスレットを見付けて以来…ちゃんと眠れてなかった。


 詩生は今までも一ヶ月ぐらい平気で音沙汰無しのまま『修行』に出たりしてた。

 イギリスでボイトレしてた。とか…

 アメリカでドラム習ってた。とか…

 自分を追い込んだり、新しい物を吸収するために…連絡を断ったりもしてた。

 だから…心配する人は少ないかもしれない。

『いつものアレだよ』って言われると思う。


 あたしだって…そう思いたい。

 …だけど。


 予感がする。

 詩生に…何かあった…って。



「…華月、どこに泊まってるの?」


 ふいにお姉ちゃんが明るい声で聞いて来た。


「…え?」


「ホテル。」


「あ…ビートランドの近く…」


 お姉ちゃんはテーブルにお茶を置くと、あたしの隣に座って。


「詩生君が見つかるまで、うちにいたら?」


 あたしの顔を覗き込むようにして言った。


「…え?」


「リズの子守してくれたら嬉しいんだけど。」


「…お姉ちゃん…」


 お姉ちゃんは、今でこそ専業主婦だけど…

 それまではバリバリ働いてた。

 母さんに似てふわっとした雰囲気だけど、テキパキと仕事をこなしてた…っていうのを、元婚約者の『しーくん』こと東志麻さんに聞いた事がある。


 …分かるよ。

 何をしても、お姉ちゃんはソツないもん。

 おっとりしてるけど、行動力だってあるし。

 海君と結婚してからというもの、そのパワーは増した気がする。

 …守るものが増えたからかな…


 以前、時々寂しそうな顔をしてるのを見た事があるけど…

 今はそんな顔をする事もない。

 それに…

 子守だって、あたしに頼まなくてもいいはずなのに…


「…ありがと。そうさせてもらっていい?」


 お姉ちゃんの気遣いに、泣きそうになった。


 …詩生を追い掛けて渡米したものの…

 連絡がつかないまま、あのブレスレットを見付けて…

 あたしは体が震えた。


 何かあったんだ。


 そうとしか思えなくて…


「大丈夫。きっと…海さんが見つけてくれるから。」


「…うん。」


 お姉ちゃんに頭を撫でられながら…

 あたしは…詩生と最後に会った日の事を思い出した。

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