第32話 「……何してる。」

 〇早乙女詩生


「……何してる。」


 俺が桐生院家の大部屋で、一人ポツンと座ってると。

 どうやら寝起きらしい神さんが、ガシガシと頭をかきながらやって来た。


「お邪魔してます。」


 俺はイヤフォンで聴いてた練習の音源を切って、神さんの向かいに座り直す。


「…華月は。」


「探し物があるって二階に。」


「……」


 だるそうにテーブルに肘をつく神さん。


 …あ、そうか。

 高原さんのレコーディングに参加してるんだっけ…


「お茶かコーヒーか…入れましょうか?」


 ここ数日、自宅よりこっちにいる方が多い俺は。

 厚かましいかな?と思いながらも、立ち上がって問いかける。


「ああ……少し渋めの茶をくれ。」


「分かりました。」


 華月の相手として受け入れられてる気がして、緩む口元のままキッチンに向かうと。


「その辺、どこかに早乙女にもらった茶があふ…」


 最後はあくびをしながらの声。


 親父が選んで贈るお茶と言えば…やっぱコレか。

 棚に並ぶ茶筒の中に、見覚えのある樺細工。


 俺と華月が付き合ってる事もあるんだろうけど、SHE'S-HE'Sの中で親父と茶華道に着物に…って話が合うのは、やっぱり知花さんだもんな。

 ついつい、親父も自分が贔屓にしてる物を贈るよな。


 でも親父は、知花さんのオタクの域を超す技術の話には、ついて行けないってボヤいてたけど。



「どうぞ。」


 目の前にお茶を置くと。


「ああ…サンキュ…」


 まだボンヤリしてる神さんは前髪をかきあげて。


「おまえも茶を点てたりするのか?」


 眠そうな声で言った。


「めったにないっすけどね…まあ、ばーさまの家に行ったりしたら。」


「ふーん。」


 気の無い返事に小さく笑った瞬間、ふと…閃いてしまった。


 …さくらさんには、サプライズだから秘密にしようって言われたけど…

 俺のサプライズには、色々準備と人の手が必要だ。


「…神さん。」


 俺は正座をして神さんを見据える。


「…何だ。」


「実は…隠してた事があります。」


「……」


 ゴクン。


 俺の目を見ない神さんは、お茶を飲み干すと。


「…まさかおまえ…」


「華月と俺、ユニット組みました。」


「…………は?」


 空になった湯呑を持ったまま、神さんが呆れたような顔で俺を見た。


「華月が、俺と音楽の道で生きたいって言ってくれて。」


「……」


「それで、向こうで練習してます。目標は…夏フェスです。」


「……」


「すみません。さくらさんに…サプライズにしようって言われて。」


「…あのクソばばあ…」


「……」


 ダン。


 割れない程度ではあったが…湯呑がテーブルに強く置かれて。

 神さんは勢いよく立ち上がった。


「他に知ってるのは。」


「え…あ、里中さんには…向こうでかなりダメ出しを…」


「は?あれか。急に一週間謎の出張を入れた、あの時か。」


「…謎の出張…」


 あれ、謎の出張だったんだ?

 俺は『フェスのスタッフの人選』って聞いた気が…


「他には。」


「え…えーと…浅井 晋…」


「……」


 神さんは腕組みをして低く唸ると。


「音源聴かせろ。」


 NOとは言わせない。って目で、俺を見た。



 * * *



「いらっしゃい。」


「急にすみません。お世話になります。」


 俺と華月は、その人に深く頭を下げた。



 神さんに華月とのユニットの話をすると、有無を言わさず音源をチェックされて。


「…サプライズともなると、うち(ビートランド)のスタジオは使えねーな。」


 って、顎に手を当てて考えたかと思うと…


「…あそこに頼むか。」


 何かを思い出したようにスマホを手にして。


「あ、マサシ。頼みがある。」


 すぐに…動き始めた。



「何だか緊張しちゃうなあ。」


 そう言ってスタジオのドアを開けてくれたのは…

 昔、神さんと一緒にTOYSというバンドでキーボードを担当していた本川真志さん。


 解散後は音楽大学で勉強して、ピアノ教室とバンドスタジオを経営されている。



 TOYSは俺達が生まれる前に解散してるし、物心ついた時には、神さんはすでにF'sだった。

 だから本当はピンと来ないんだけど…


「あたしこそ緊張しちゃいます。『Tears Of Rainbow』って曲、大好きなんです。」


 華月はサラリとそんな事を言って、マサシさんを笑顔にさせた。



「貸し切ってもらってすみません。」


「いや、他に誰も入ってなかっただけだよ。」


「えっ?こんなにいいアンプがあるのに…?」


 俺が機材を見渡して言うと。


「今は『演る』より『観る』のを楽しむ若い子が多いからね…」


 マサシさんは少し寂しそうに目を細めた。


 …そっか。

 俺は産まれた時から音楽に囲まれてたから、『演る』のが当たり前みたいな気になってたけど…

 音楽の楽しみ方は人ぞれぞれだもんな。


 でも、だとすると…


「俺達で変えてみせます。」


「え?」


「俺達が目指してるのは、まさにそこなんで。」


「…そこ?」


「みんなが歌いたい、弾きたいって思うような音楽。」


「……」


 俺と華月が目を見合わせて笑うと、マサシさんはすごく優しく笑って。


「楽しみだなあ…もし良かったら聴かせてもらっていい?」


 遠慮がちに首をすくめて言った。


「どうぞ。是非。あ、でも…」


「秘密な。それだけは神にしつこく言われてるから。」


 そう言うと、マサシさんは店の内側のスクリーンを下ろしてスタジオに戻って来た。


 そして…



「………」


 椅子に座って、組んだ足に頬杖をついて聴いていたマサシさんは。

 一曲聴き終わると無言で俺達を見て。


「す…」


「……」


「すげー聴きやすい!!」


 立ち上がって拍手をしてくれた。


「もっと聴いていいかな?」


「じゃあ…」


 俺と華月は、そのままマサシさんの前で今のレパートリーを全曲披露した。

 途中でマサシさんは華月と一緒に手拍子をしたり、なぜか阿波踊りのような振付をしたり。


 …なんか…感謝した。


 里中さんに聴いてもらって、ダメ出しをされてピリッとして。

 マサシさんに和まされて…



 バランス、取れた。



 もう…




 上手くいく気しかしねーや(笑)

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