第17話 「っ…」

 〇二階堂咲華


「っ…」


 あたしが窓の外に目をやると。


「…咲華さん?」


 駆け付けてくれた泉ちゃんが、怪訝そうにあたしを見た。


「あ…ううん…」



 …何となく、気付いた。

 海さんは…危険な現場に行ってるんだ…って。

 あたし達がホテルに着いてからずっと…部屋の外には護衛の人がいる。

 そして、また…泉ちゃんがやって来た。

 それはきっと…あたし達も、危険な状態にあるからに違いないと思う。


 …危険な仕事をしている人。

 出来れば…平穏に暮らしたいと思うけど、あたしが選んだ人は…そういう世界に身を置いてる人。

 理解しなきゃいけない。

 …だけど…

 苦しい…


 もし…万が一…

 海さんに何かあったら…



「まっ…」


 ベッドで眠ってるリズが、大きな声をあげて。

 一緒に眠ってた華月が目を覚ました。


「あ…寝言…」


 眠そうに目をこすった後、泉ちゃんがいる事に気付いて。


「え…?また来たの…?」


 ベッドから、のそのそと降りて来た。


「何それ。邪魔者みたいに。」


 首をすくめる泉ちゃんに重なるように、ソファーに倒れ込む華月。


「…華月?」


「…泉…詩生…大丈夫だよね…?」


「……」


 泉ちゃんは無言だったけど、華月の頭を撫でながら。


「兄貴が探してるんだよ?大丈夫に決まってんでしょーが。」


 ニッと笑ってくれた。


 …ああ…

 強い女の子だな…

 泉ちゃんだって…こんな時は辛いだろうに…

 あたし達を不安にさせないために。

 あたし達を…海さんの代わりに守るために。

 こうやって…じっとしてるしかない場所を、選んで来てくれた。


「…泉ちゃん。」


「はい?」


 あたしは泉ちゃんと華月の向かい側に腰を下ろすと。


「…海さんの、小さな頃の話、聞かせてくれない?」


 笑顔で問いかける。


「…兄貴の小さな頃の話?」


「うん。泉ちゃんとの思い出話しとか。」


「……」


 泉ちゃんは少し複雑そうな表情をしたけど、それはほんの一瞬で。


「そうだねー…」


 すぐに笑顔になって話し始めてくれた。



 それは…とても優しい思い出で。

 泉ちゃんは本当に家族が大好きなんだなって思わされた。


「あはは。出た。泉の海君贔屓。」


「うるさいなあ。咲華さんのリクエストなんだから、華月は黙ってて。」


 元気がなかった華月にも、笑顔が戻って。

 あたしはそれに安心しながら…


 海さん…

 どうか…無事でいて…



 心の中で、強く願った…。




 〇東 志麻


「志麻!!」


「……」


 目を開けると…そこには涙目の瞬平がいて。


「…く…」


「薫平?薫平も無事だよ。隣で寝てる。」


「……」


 ゆっくりと…瞬平の視線を追うと、俺の左側に薫平がいた。



 …どうして…俺達はベッドに…?

 ここは…病院だな…

 瞬平がいるって事は…ここは…アメリカか?

 俺達は、いつの間に…こっちに?


 何がどうなってるのか、さっぱり分からない。

 俺と薫平は…ボスを助けるために…RR445付近までバイクで近付いた。


 そして…


 ……それから…?



 思い出そうとしても何も思い出せない。

 あの後…何があった…?



「まだ無理だよ。」


 起き上がろうとした所を、瞬平に制される。

 体が痛むと言うよりは…意識が…いや、意識はハッキリしてるが…


 …何なんだ…?

 この、体験した事のない…酷く乗り物酔いしたような…


「うっ…」


 吐き気を覚えて口を覆うと、すかさず瞬平が容器を差し出した。




「志麻と薫平、船底で見つかったんだよ。」


「…船底…?」


 瞬平の言葉に、薫平と二人して首を傾げたのは。

 意識が戻って二日経ってからの事だった。


 不思議な事に…ボスも、浅井 晋氏と早乙女詩生君も救助されて…

 全員、意識がある。


「船底って…どこに船が?」


「地形探知機にも引っ掛からなかったんだけど…RR445の近くに、地底湖が見つかったんだ。」


「…地底湖…?」


「そこに船があって…ボス達もその中で見つかった。」


 地上では地雷や爆弾が爆発して…俺達も絶命したと思われたらしい。

 その爆発で、地下の牢獄は跡形もなく壊滅。

 しかし…爆発のおかげで、今までその存在を明らかにされる事がなかった地底湖が現れた。


「存在が明らかになってなかったとは言え…船があったんだろう?誰かはその場所を知ってたって事だな…」


 俺のつぶやきに瞬平は苦笑いをして。


「ほんと…謎だらけでさ…」


 首を傾げた。




 その日の夕方、ボスが俺と薫平の見舞いに来てくださった。

 先に救出されていた富樫さん達は眠らされていただけだが、俺と薫平は若干ではあるが爆発による衝撃を体に受けていて。

 どれも自分達では気にならない程度の火傷と打ち身ではあっても…頭から大事を取って一週間は入院していろと言われている。


 …命令ならば仕方ない。



「瞬平から、謎だらけだと聞きました。」


 薫平と並んでボスにそう言うと。


「…二人は何も?」


 ボスは首を傾げて俺達を見比べた。


「…残念ながら…。ボスは何か…?」


「……」


 俺の問いかけに、ボスはゆっくりと瞬きをしながら。


「…まずは、浅井さんがいなくなってた。」


 ポツリと、こぼされた。


「え?」


「俺にもよく分からないんだ。自力では歩けないはずの人が…何の気配もなく、突然いなくなってた。」


「……」


「その後…突然光が射して。その眩しさに一瞬目を閉じた間に…詩生も消えてしまった。」


 それは…聞いている俺達にも、不可解な話だった。


 危険度5と3の人間が、ボスに気配を悟られることなく消えるなんて…


「その直後、爆発音が響いて…それと同時に意識が遠のいた。」


「……」


「…全員が助かった事については良しとしないといけないのは分かる。だが…」


「……」


「だが…」


 言葉を詰まらせたボスは、ひどく暗い目をされている。



『誰か』によって助けられた。

 救出された富樫さん達もそうだ。

 何者かが…敵陣を眠らせて武器までをも排除したおかげで。



 誰一人命を落とす事なく助かったのは喜ばしい事だ。

 だが…と。

 どうしても思ってしまう。



「…武器はまとめて地底湖の底に沈んでいたそうですね。」


 瞬平からの情報を口にすると。


「…いったい…何者なんだろうな。」


 ボスは…伏し目がちにつぶやいた。



 もし…紅さんを助けるために動いてる『三枝』だとしたら。

 二階堂に手を貸す事もないとは限らないが…

 三枝は大きな組織ではない。

 俺の知る限りでは、高津の双子と同じ名前の…薫平と瞬平。

 それと…その子供達。


 一条から抜けた三枝は、追われる身だ。

 影となって二階堂に味方する理由がなくはない。

 だが、今回俺達を助けた手段…

 いったい、どんな手を使ったんだ…?

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