第16話 「俺が行く。」

 〇高津薫平


「俺が行く。」


 志麻さんの声にハッとして顔を上げる。


 俺は…富樫さんを救出した応援隊からの問いかけに答えない瞬平の反応が気になって、瞬平をキャサリンに映し出そうとしてた。

 さっき、わずかの間だけど…ヘッドセットを切られてたのも気になる。


 こんなの、誰にも分からないかもだけどさ。

 俺にはわかるんだよ。

 瞬平の小さな戸惑いまで。


 だからそれが何なのか、顔を見て確かめたかった。



『…ダメ。志麻が一人で行ったって、歯が立つわけない。』


「地雷の場所は覚えた。」


『誰も死んじゃダメなんだよ。』


「俺は死なない。助けに行くだけだ。」


『ダメなんだってば!!』


「……」


 瞬平の剣幕に、志麻さんが黙った。


 これ、何だろ。

 俺も気持ち悪い。

 胸の奥がもやーっとして、ついでにギュッとしめつけられる。


 恋とかじゃなくて。

 …あれだ…

 究極の選択。的な。


「…今のおまえは冷静な判断が出来ないようだ。」


 突然、志麻さんが瞬平に冷たく言い放って。


「俺は行く。」


 スッと…立ち上がった。


「…本気?」


 志麻さんを見上げる。


「ああ。」


「地雷の位置は分かってても…このままじゃ死んじゃうよ?」


「…それでもいい。」


「……」


 二階堂のために生きて、二階堂のために死ぬ。

 ほんと…それを地で行く人だよね、志麻さんて。


「…援護するよ。」


 俺も立ち上がって、お尻を叩きながら言う。


 結局…俺も二階堂体質のままだったんだなーって思った。

 死ぬかも。って思うけど、怖くないなんてさ。


「一人より二人の方が、何かと成功するしね。」


『二人ともバカ言うな!!』


 瞬平が叫んだけど。

 俺はキャサリンの電源を落とす。


「俺、CA5盗んだ罪で死刑になるかもだから。」


「…ふっ。頭から現場を任されたのに、それはないだろ。」


「そっかな。でも、甲斐さんとか浩也さんには死んだ方がマシ!!って罰くらいそう。」


「それは言えてる。」


 志麻さんと小さく笑い合う。



「…こうさんを守らなくていいのか?」


 志麻さんが岩の上に立つ。

 風が吹いて志麻さんの前髪が揺れてー…

 それはちょっと絵になるなーって思った。

 ついこの間まで、恋に破れてふにゃふにゃだったのにね。


「…母さんは大丈夫だよ。二階堂に守られてるから。それに…」


 もう閉じたキャサリンの残像を見る。

 そこにはもう瞬平は映ってないけど…元気でなーって思った。


「片割れもいるしね。」


「……」


「さ、行くよ。志麻さん。」


 志麻さんの隣に立って、気持ちを50km先に向ける。

 口に出して言ってた『結婚するなら泉と』って言葉を不意に思い出して。

 …本気にしてくれてたなら、ごめん…って。


 心の中で小さく謝った。




 〇高津瞬平


「バカか!!切るなよ!!おい!!」


 僕は通信のなくなった志麻と薫平に、届かないと分かっていながら…言葉を吐き続けた。


 そして…


「なんで…勝手な事すんだよ…」


 床に崩れ落ちた。



 …いつだって…薫平と僕は一緒だった。

 どの現場でも…

 なのに…

 どうして今僕はここにいるんだ…?

 何で…僕をここに残して…おまえが現地へ飛んだんだよ…!!


「……」


 まだ…何かやれるかもしれない。

 まだ終わってない。


 僕は立ち上がってモニターを睨みつける。

 まずはRR445に近い応援に連絡を取って、二人を止めさせるしかない。


「…ん?」


 モニターを見て気付いた。

 体温反応が…二人になってる。


「え…」


『RR445の体温反応、二人になりました‼︎』


「見てる…」


『どうしますか⁉︎』


「……」


 志麻と薫平を止めなくては…と思うのに。

 無くなった体温反応が…危険度5の浅井 晋だとすると…

 一般人を…


「……」


 体が震えた。

 僕の判断で…人が…


『待機しろ。』


 僕が黙ったままでいると、頭の声が響いた。


『…ラジャ。』


 頭…

 本当に助ける気にならないのか…?

 だけど志麻と薫平が…


 僕が集中できないまま、焦りばかりが膨らみ始めた瞬間…

 モニターに、爆発音と光が走った。


「!!!!」


『RR445付近で爆発!!』


 衛星のモニターを見入ると、地雷が爆発した形跡が取って見れた。


「志麻!!薫平!!」


『体温反応、一つになりました!!』


「え…っ…?」


 その報告に別のモニターを見ると…


「…消えた…」


 三つあったはずの体温反応は全て消えて…


『いったん離れます!!』


 危険を察知した応援はRR445から離れていく。


 ボス達は…?

 …志麻と薫平は…?




 〇高津たかつ万里まり


「今…何が起きてるの…?」


 プランターの前にしゃがんで花を見ていたこうが、消え入りそうな声で俺に言った。


「ん?何の事だ?」


 普段と変わらない口調で言いながら、紅の隣に並ぶ。


「…私が何も気付かないとでも…?」


「……」


 俺を見上げる紅の目を見つめて、ゆっくりと頭を引き寄せると。

 お互い目を閉じて、額を合わせた。


 結婚して28年…紅は一条だった頃の記憶が戻らないまま、二階堂で生きている。

 戻らなければいい。

 ずっとそう思いながら、俺は紅のそばにいる。



 俺は、物心ついた頃から二階堂にいた。

 一つ年下の環と沙耶と共に…二階堂に尽力するため、訓練して来た。


 環がお嬢さんと結婚して、二階堂を継ぎ。

 以前にも増して、自分の全てを二階堂のために。と、思うようになった。

 兄弟のように育った環の苦悩や荷物を、少しでも一緒に持つ事が出来たらと…常に思って。



 だが、気付いた。

 俺が紅に肩入れして、助けて。

 自分の妻として迎えて二階堂に居続けさせた事は…結局、環にも二階堂にも、足枷になってしまっているのだ…と。


 紅は、一条にとって、再建のための絶対的存在。

 以前から、紅奪還の兆しは見えていたが…今回、一般人まで巻き込むなんて…


 …そもそも、冷酷非道な組織だ。

 今までそうして来なかったのが不思議なほどに。

 今後はきっと…手段を選ぶ事なく、紅奪還のため動いてくるはずだ。



「…私だけが守られてるなんて、嫌よ。」


 小さなつぶやきに、胸が痛んだ。

 記憶を失くしていても、紅は戦士だ。

 その気持ちは俺にも痛いほど解る。


 だが…渡せるわけがない。

 それは、二階堂の一員としてもだが…

 俺の、妻として。

 最愛の紅を、悪の手に渡せるわけがない。



「君は俺を守ってくれてる。」


「そんなの…」


「実際、俺一人じゃ何も出来ない。」


「……」


 ここに来て…何年だろう。

 二階堂としての任務を終えた者、精神や体を病んでリタイアした者が集まる施設。


 違う棟には先代も居て、俺はたまに…こっそりと会いに行く事もある。



 紅がここに居る事は。

 二階堂の中でも数人しか知らない。

 そして…

 俺がここに居る事は。

 環すら知らない。


 裏切りと取られれば…それまでだが。



 守らなくちゃいけないんだ。




 自分の命に代えてでも。

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