第6話 「…泉?」

 〇二階堂 泉


「…泉?」


 ホテルの最上階。

 ドアを少しだけ開けた華月は、あたしの顔を見て目を丸くした。


「久しぶり~。会いたかったよ~。」


 するりと部屋に入り込んで華月に抱き着くと、その足元にいたリズがあたし達を見上げて両手を上げた。


「あっ、歩いてるし。」


 その両手を引っ張って乱暴に抱きかかえると。


「きゃー!!」


 リズは大喜び。


 久しぶりだなあ…

 リズも華月も…


「泉ちゃん…」


 …咲華さんも。



 何となくだけど、二人の表情が強張ってる気がする。

 特に何かがあったわけじゃないにしても、何かを察してたのは間違いない。

 そして、あたしの訪問にも…何か感じてるはず。



「この部屋、一番いいやつじゃん。あたしだって入った事ないよ。お邪魔してい?」


「先越しちゃってごめん。どうぞ。」


 華月は可愛い顔を傾げながら、後ろ手でドアを閉める。

 そして…何も見えないはずなのに、チラリとドアを見た。


 …気配でも感じるのかな。



「それにしても、どうしてここにいるの。」


「それは…」


 ソファーにふんぞりかえって華月に問いかけると、咲華さんが目の前に紅茶を出してくれた。


「あ、どうも。」


「リズ、お菓子、はいして?」


「ああいー!!」


「うはっ!!可愛いなあ!!」


 お菓子を持ったリズを抱えて膝に座らせる。


 あ~可愛いなあ…

 何だよ…この金髪巻き毛…めちゃくちゃラブだよ…


「リズ、頬擦りしていい?」


「にゃは~!!」


「あんた、その笑い方…顔に似合ってないよ…」


 ふと気が付くと、華月が唇を尖らせてる。


「何、妬いてる?」


「そうじゃなくて。聞く気あるの?」


「あ、そっか。」


 てへへって笑いながら、首を傾げて。


「で?」


 あらためて、華月に問いかけた。


「…詩生を探しに来たんだけど…」


「彼氏?」


「うん…」


「だけど?」


「……」


 華月は無言でスマホをあたしの前に差し出した。


「…何これ。」


 本当はもう富樫が送って来たデータで見たけど、初見みたいな顔をする。


「詩生の…ブレスレット。」


「え?」


「言っとくけど、これは…オリジナルだから、同じものは絶対ないの。」


「……」


「詩生に…何かあったのよ…それで…海君に探して欲しいって…」


 あたしの膝の上で、リズが華月をじっと見てる。

 …うん。

 やだよね…華月のこんな顔。


「…そっか。じゃ、きっと見つかるよ。」


 あえて明るく言うと、リズがあたしを見上げてニパッと笑った。


 うわー!!

 可愛いー!!


 …って心の中で叫んで堪えた。



 それにしても…あっさり見せてくれたな。

 遠慮して何も言わないかなって思ってた。

 …それほど深刻さを感じてるって事でもあるよね…



「で、何でここにいるの?」


 部屋の中をぐるりと見回して言うと、華月と咲華さんは顔を見合わせて。


「…ね…」


「うん…」


 何だか言いにくそうに、言葉を飲み込んだ。


「何よ。」


「…それが…なんて言えばいいか…」


「一言で言えば、イヤ、だったの。」


「…は?」


 言葉を探してる風な華月に代わって、すっぱりと答えたのは咲華さんだった。


「裏庭で音がして、三人で出たら…見知らぬボールが転がってて。」


「ボール?」


「ええ。これぐらいの。」


 咲華さんが手でボールの形を作る。

 普通の…野球ボールぐらいか。


「それで?」


「何となくだけど…触っちゃいけない気がして。」


「やっぱり?お姉ちゃんも思った?」


「うん。華月も?」


「うん。」


 …二人はそのボールに触っちゃいけない気がした…と。


「で…そのボールは今も庭に?」


 二人を交互に見ながら問いかけると…


「それが…変な音がしたと思ったら…」


「破裂して、とけてなくなったの。」


「……とけてなくなった?」


「…(コクン)…」


「……」


 この情報から浮かび上がるのは…

 捜査中に相手の気を逸らせるために使う道具を持ってる人物が、兄貴の家に入った…って事だ。

 二階堂でも昔はそんな事をしてたって聞いた事があるけど…

 それはただのボールか、煙幕だったり催涙弾だったり…


 …破裂してとけてなくなるボール…ね…



「…で、それで…『イヤ、だった』から、ここに来た…と。」


「あ…正確に言えば、家の中に居るのがイヤだったの。」


「家の中。何か変わってたんですか?」


 まさか、あの様子に気付いてたの?

 だとしたら…咲華さんも華月もすごい。


「…写真立てが伏せてあった。」


「えっ、華月気付いたの?」


「うん。だって…裏庭に出る前、幸せな写真だなあって見たから。それが庭から戻ると伏せてあるし…」


「…誰かが来たような気配がしたの。」


「…あたしも感じた…」


「……そっか。」


 あたしは小さく溜息をつくと。


「正直に話してくれてありがと。父さんに『贅沢したかった』なんて嘘ついて来たぐらいだから、喋ってくれないかなと思ってた。」


 二人に笑顔を向けた。


「やっぱり嘘ってバレてた…?」


 咲華さんが眉を八の字にする。


「気遣いは要らないですよ。何か感じたら…大げさなぐらいでも言って下さい。」


「……」


「あなたとリズに何かあったら…兄貴、生きていかれないから。」


 本心でそう言うと、咲華さんは見る見る赤くなって。


「こ…こんな時に…ごめん…」


 両手で頬を押さえた。

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