第7話 「……」

 〇高津瞬平


「……」


 僕は跪いて…だけどよく分からなくて、結局は這いつくばってその周辺の匂いを嗅いだ。


 泉お嬢さんから『裏庭に野球ボール程度の球体が侵入。破裂融解後蒸発。』と連絡があった。

 防犯カメラをチェックすると、確かに…三時間前にボールがカメラより高い位置から裏庭に入って来た。


 その後、ボスの奥さんと娘、義妹の三人が庭に出て来て…少し遠巻きにボールを眺めてるうちに…ボールが破裂。

 それは見る見る融けて…消えてしまった。


 …匂いがない。


 僕は周辺の土を少しずつ採取して、ポケットに入れていたリムレに入れる。

 リムレは、僕が開発した成分検査管。

 今まで色んな成分を見分けて来たし、それが毒性のある物なら特に…このリムレはより詳しく詳細まで調べ尽くせる。


 手の平サイズのリムレ。

 一見小型のスマホと見間違えてしまいそうだけど、僕はこのデザインを気に入ってる。


「……何も出ない…?」


 わずか数秒の検査結果がディスプレイに表示されるも、そこに並んだのはごくごく普通の土の成分。


「……」


 ともあれ…

 ボールを投げ込んだと思われる人物は、この家族に対して敵意はない…と判断してもいいのかもしれない。

 最初の連絡では『侵入者とそれを阻止した者がいる形跡あり』との事だった。


 …侵入者は…表の通りにある防犯カメラを遮断して侵入。

 残念ながら、ボスが設置した玄関上のカメラには気付かなかったようだ。

 嬉しいね。

 僕の開発したPPL958を、ボスが使ってくれてる事も…相手が気付かなかった事も。


 PPL958は、ボスの家族だけが顔認証されていて。

 それ以外の人物が家に入ると、行動を追跡する。

 だから、義妹が訪問した際も…玄関のカメラが反応してリビングのカメラが起動。

 その様子も全部残ってた。


 ただ…

 侵入者は分かったものの、それを阻止した者…

 その正体が分からない。

 なぜなら、その姿はカメラに一切映っていないからだ。


 …それこそ、阻止した者にはカメラの存在も分かっていたかのように…

 リビングにあるカメラが全体を捉えやすいように、か?

 ご丁寧に家族の写真立てを伏せた様子だけが映った。

 しかしそれにも姿はない。


 その後、侵入者達が攻撃を受けた様子が映し出されたが、不思議な事に相手は全く映ってない。

 PPL958はどの防犯カメラよりも広角なのに…


 それは僕にとっては屈辱だった。

 いったい…どんな奴がPPL958に映らないで済むと言うんだ。



 わずかに残った血の匂い。

 それが侵入者の物なのは、採取したごく少量の血液で判明した。


「…誰か知らないけど、ワクワクさせてくれるね。」


 僕は珍しい独り言をつぶやきながら。


『侵入者は血液一致で、リストからWM930/WM904/WM640。一条のメンバーです。阻止した人物は不明ですが、私の見解では二階堂への敵意は無し。』


 そう打ち込んで…現地にいるボスのグループと、泉お嬢さんと、今まさに現地に飛んでるはずの志麻に送った。





 〇ひがし 志麻しま


「……」


 俺は瞬平からのデータを見て目を細めた。


 犯人のリストからメンバーの顔写真が映し出されて。

 それがここ数ヶ月…ボスの家を見張っていた間に、数回現れた男達だったからだ。



 …ボスは…防犯カメラを設置されなかった。

 裏庭には瞬平の作った高性能カメラを設置されていたが…

 表には、通りに設置してある町のカメラのみで。

 頭や富樫さんから、玄関にもと言われていたにも関わらず…

 …それはきっと、俺がずっと張り付いていたのをご存知だったからだ。


 今はボスの妻となった咲華…さん。

 以前、彼女は俺の婚約者だった。


 二階堂に尽力したい俺は、彼女を待たせたまま任務に就き。

 その結果…婚約したままの状態で二年以上も待たせた。

 …呆れられて当然だ。



 酒に酔って結婚した事をボスから告げられた時は…頭が真っ白になったし、正気ではなくなった。

 女性とは行きずりの関係しか持ったことのない俺は…彼女の何とも言えない柔らかく温かい雰囲気に癒され、そして…今まで持ったことのない感情に抱かれた。


 人を愛するという事。


 彼女といると幸せだった。

 …だが、二階堂に生まれ、二階堂のために生きて来た俺にとって。

 彼女の存在は…最初から高嶺の花にしかすぎなかったのかもしれない。

 それに気付かず手を伸ばして、手に入れようとして…傷付けた。



 諦めきれない気持ちで、彼女の幸せを見続けた。

 だが、知らず知らずのうちに…それは二階堂としての役目を負っている事にも気付いた。


 誰かが、ボスを狙っている。

 そう気付いた時…自然と『守らなくては』と思った。


 ボスも…

 …ボスの大事な家族も。



「…阻止した人物は不明…」


 侵入者を阻止した何者かには、二階堂への敵意は見られない。

 だとすると、一条には二階堂以外にも敵がいると言う事か…?

 そしてその組織は二階堂に好意的…?


 謎は残るが、まずはボスたちが滞在する現場に向かわなくては。



『志麻、今どの辺?』


 ふいに、イヤフォンから瞬平の声。


「KA985512辺りだ。」


『あ、そ。じゃあもう現場に近いね。』


「なんだ?」


『いやー…最初は志麻かと思ったんだよね。』


「…阻止した者か。」


『うん。』


「そう思われてるだろうとは思った…薫平の線は?」


 薫平は現在ニューヨークにいる。

 猫を連れて…泉お嬢さんを追い回していた。



 …傷のなめ合いをした。

 お嬢さんは…バカだ。

 俺みたいな男のために。

 そして、それを分かっていながら…その優しさに甘えた俺はもっとバカだ。

 だが、そのおかげで正気に戻れたと言ってもいい。


 …これから俺は…

 二階堂のために。

 ボスのために。

 泉…お嬢さんのために。


 この命を使う。



『…薫平ならあり得るかなとも思うけど…猫の反応出なかったから。』


 薫平の話題になると、トーンが下がる。

 瞬平は今も…薫平が二階堂を抜けた事を許せずにいるのかもしれない。


「そうか。あれだけ猫とベッタリな生活をしていたら、連れて来てなくても反応は出るだろうからな。」


『ふん…猫連れまわすって、どれだけ寂しがり屋なんだよ。』


 その可愛い嫌味に、少しだけ口元を緩める。


 高津の双子は…常に完璧なバディだった。

 瞬平は自分の分身に裏切られて、片腕を失った気持ちを引きずっている状態だ。

 捜査機器の開発は完璧にこなすが。

 ずっと…体のどこかが痛むような顔をしている。



『じゃ、くれぐれも気を付けて。』


「了解。」


 瞬平との通信を切って、窓の外を見下ろす。

 そこに広がっている景色を眺めながら。

 何としても…ボスをお守りしなくては…と。


 強く心に誓った。

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