第8話 現場から10km離れた地点で

 〇富樫武彦


 現場から10km離れた地点で応援を待つ事にした私達は、地図を開いて対策を立て始めた。


火野ひの、目視出来たのは何人だ?」


「体温反応があった場所より少し下った岩場に五人、村の端の家の周りに三人…それと、一ヶ所不自然に木が生え揃っている場所に複数…いずれも武器を所持していました。」


 ボスの問いかけに答える火野。

 …少なくとも10人以上は見張り役がいるようだ。


「こちらの方角にはテントが見えました。恐らく山の反対側にも何かあるのではないかと…」


 ボスの左側に座っていた水元みずもとがそう言って地図を指差す。


 …華月さんの恋人が行方不明との事だったが…

 とんでもない事件に巻き込まれているとしか思えない。

 これが二階堂を誘い出す手口なのだとすると…ただひたすら頭にくる。



 …地下の体温反応は、二人。

 この近隣で、ここ数日内にバスジャックがあった。

 犯人は捕まっていない。

 乗客は6人。

 その中に…『早乙女詩生』氏が乗ったのは、防犯カメラの映像で確認済み。

 …無事を祈るしかない…




「完全に陽が落ちたな。応援が来るまでヘリから離れて待機だ。」


「はい。」


 私達はボスの指示に従い、気配を消してヘリから離れた。

 歩きながら、ふと…瞬平からのデータを思い返す。

 一条の人間が絡んでいるのは当初から間違いなかったが…

 それを阻止した人物。

 …いったい誰なんだ?


 最初は瞬時に『志麻!!よくやった!!』と思ったものの…

 昨日、志麻がアメリカにいなかった事を思い出した。


 薫平…

 …今の薫平にそこまでする恩義があるか…という気もする。

 まあ、誰にせよ…瞬平の見解では、阻止した人物に敵意は無しとの事。

 今はそれよりも早乙女詩生氏の生存確認と、体温反応のあった二名の救出だ。


「……」


 ふと、ボスが立ち止まった。

 私がすかさず足を止めてボスを見ると…


「……え?」


 少し離れた場所で火野が倒れている。

 無言で走り寄って火野の状態を確認しようとすると…


「!!」


 水元の首にナイフを押し付けている木塚が立っていた。


「こ…木塚こづか…おまえ…」


「ボス、富樫さん…すいません…言う事を聞いて下さい…」


「……」


 木塚は涙を流しながら私達に訴えかけて来る。


「すいません…お願いです…助けて下さい…」


 その言葉で何かを察したボスが、溜息をつきながら木塚に一歩近付いた。


「分かった。言われた通りにする。水元を離せ。それと…火野の手当も。」


「す…すいません…すいません…ボス…」


「…いいんだ。」


 木塚はナイフを捨てて崩れ落ちる。

 そして、倒れている火野の脈を取るボスの周りに…


「二階堂 海、来てもらおう。」


 私達だけでは…どうにも出来ない人数の男達が、迫り寄って来た。




 〇二階堂 泉


「…えっ。」


 あたしと瞬平はスマホに届いたそれを見て絶句した。


 ホテルを出て一時間。

 あたしは瞬平と本部で合流して、現地に向かった応援のルートを再度確認していた。


「ちょ…どういう事…?」


 スマホに映し出されたのは…兄貴が両手を拘束されて歩いてる後ろ姿。


「…これ、富樫さんからの映像だ。」


 瞬平が大きなモニターに切り替える。

 そこに映し出された映像を見て、本部にいた全員が息を飲んだ。



 二階堂の上層部には、耳たぶにチップが埋め込んである。

 それも瞬平が開発した物で、危険な状態に陥った時、瞬きによる信号発信で起動するチップだ。


 半年前から、主に現場に単独で出る事もある人員には活用を始めたけど…

 まだ位置情報以外の機能は誰も使った事がなかった。

 まさか…それを富樫と兄貴が使う事になるなんて…



「通信来ました!!」


 その声に、全員がモニターを見つめる。


『コヅカ ノ カゾク キケン』


「…そっか…木塚の家族が人質になってるって事か…」


 あたしが眉をしかめてる間に、瞬平が木塚の家の防犯カメラをチェックする。


「…寝室で拘束されてる。体温反応あるから生きてるけど…」


「けど…?」


「…近くに爆破装置あるね。これ、厄介なやつだ。」


「……」


 二階堂の者は…二階堂の者と。

 木塚もそれにもれず、二階堂の女性と結婚した。

 お互い、二階堂のために生き二階堂のために死ぬ覚悟はあったと思う。

 …それが、自分なら。


 愛する人が出来ると、強くなると同時に弱くもなる。

 あたしはそれを…恋をするたびに感じた。

 だからもう…

 恋なんてしたくない。



「みんな。」


 あたしの声に、モニターを見ていた全員が振り返る。


「木塚を責めないで。二階堂のために死ぬ。二階堂のために死ね。なんて古い考えは要らないから。」


 モニターに映し出される兄貴の後ろ姿。

 それは…生きて帰る強い信念を持っているに違いない。


「こんな…誰かの命を脅しにしなきゃ動けない、卑劣な輩になんて負けないよ。」


 ぐっと両手を握りしめる。


 …許せない。

 本気で…許せない。


「爆弾処理、瞬平行ける?」


「もちろん。」


「Aグループは瞬平をサポートして。Bグループ、応援にルート変更指示。Cグループは富樫からのデータで人物のリスト洗って。」


「はい!!」


 大きな声がフロアに響いて。

 あたしは…


「志麻、今の聞こえた?」


『はい。』


「現地には下りないで。応援と合流して攻める方法考えてみて。」


『攻めますか?』


「攻める。許せない。」


『…分かりました。一人残らず捕まえます。』


「よろしく。」



 現場に行けない自分がもどかしい。

 だけど今は…


「…ちょっと出かけて来る。」


 あたしは銃をもう一丁追加して。

 薫平の家に向かった。

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