第9話 本部を出たあたしは、薫平の家にやって来た。
〇二階堂 泉
本部を出たあたしは、薫平の家にやって来た。
半年前…こっちで驚きの再会をして。
あの頃は、咲華さんに未練たらたらの志麻と傷のなめ合いなんかをしてて…
二階堂に尽力するあたしと志麻がくっつけばいいんだよ…なんて思ってる所に薫平が現れて。
『泉は俺の女だ』って薫平に言った志麻と、あたしに『素直になれよ』って言った薫平。
あの後、薫平の言った『南に三ブロック下った所にある庭付き一軒家』に一度訪問した。
色々悶々としてしまって、気持ちを確かめたかったのもある。
でも…その時薫平は日本に帰ってて。
あたしは肩透かしを食らった。
…それで良かったのかもしれない。
咲華さんに対する想いを抱えたままの志麻とも、時々セックスしてたけど…それはだんだん、ただ一緒に寝るだけになった。
そして、先週志麻は…咲華さんとちゃんと話して…自分の気持ちを終わらせた。
深夜、へべれけになった富樫と志麻が訪ねて来た時は、何だか笑ったな…
ああ、仲間になれた気がする。って思えて。
「……」
家の前にある、おはじきのウェルカムボード…
これも薫平の手作りなのかな。
目と首輪にビーズがあしらわれてて、すごく可愛い。
…薫平とも…仲間になれるのかな。
今は恋なんて面倒って本気で思ってるあたしがいる。
仕事に打ち込みたい。
家の様子を外から見る限り…誰もいないかな。
でも一応…
ディンドーン
呼び鈴を押すと、予想外に腹に響くような深い音が鳴った。
「…いないか。」
前回の不在は日本への帰国だったみたいで。
今や二階堂の人間じゃない薫平の所在は、以前のように本人以外に簡単には分からない。
あたしが向きを変えて歩き出そうとすると…
「来てくれたー!!」
突然、薫平が抱き着いて来た。
「うわっ!!」
「待ってたよ!!泉!!」
「……」
あたしは薫平に抱き着かれたまま、無表情になる。
「あれ?『何すんのよ!!』って引っ叩かないんだ?」
薫平はあたしの顔を覗き込んで…その表情から何かを読み取ったのか、すっと真顔になった。
「何が起きてる?」
「一条が動き始めた。」
その言葉に薫平は久しぶりに見る…二階堂の目になって。
「入って。」
あたしの腕を引いて家に入った。
家の中は…日本での家の作業場みたいに、ビーズや写真集が並んでて。
一瞬にして、あの…甘い数日間がよみがえったけど…
「こっち。」
薫平がドアを開けて地下への階段を降りると…
「…何これ。」
「モニター。」
「それは分かるけど…」
地下室には、壁一面にモニターが並んでて。
そこには…
「あんたハッキングしてるの!?」
あたしはキッと薫平を睨む。
「ずっとしてるわけじゃないよ。母さんの安全のために見てたけど…一条用に餌を撒いてたつもりが、面白いものが引っ掛かってさ。」
「面白いもの…?」
「これ。」
薫平がキーボードを操作してはじき出した映像には、一人の男が…
「…これは?」
あたしはモニターに顔を近付けて見入る。
…誰だろう…
「昔、母さんを助けた男。」
その言葉に、薫平を振り返る。
薫平のお母さん…
「それって…」
「
「……」
三枝瞬平。
それは…紅さんの、血の繋がりのない兄弟。
一条の…武器だった男。
わずか19歳で一条のトップを殺害して…
以来、ずっと一条の生き残りに命を狙われ続けてる…三枝兄弟。
紅さんは、事故で記憶を失くした。
それなのに…二人の本名だけは覚えていた。
三枝瞬平、三枝薫平。
そしてそれを…自分の子供達に名付けた。
あたしが紅さんについて詳しく聞かされたのは…ほんの数か月前。
兄貴が結婚した後だ。
一条の動きが少しずつ見えて来て。
その時、父さんからデータを渡された。
…元々は、紅さんも…一条の武器だった事は知ってる。
だけど…犯して来た罪については知らなかった。
「…薫平、まさか…このために二階堂抜けたの…?」
あたしの問いかけに薫平は小さく笑って。
「二階堂に居たら、ある程度までは調べられたけど、全部は無理だったからなー。」
モニターの前に座って、頬杖をついた。
「二階堂って分かりやすいよね。身内に関係するデータは絶対ブロックしてあるじゃん?そんなの怪しいですって言ってるような物なのにさ。」
「…だよね。」
「…ま、でも…夢のために辞めたって言うのも、半分は本当。」
「……」
薫平は…あたしに言った。
王国をつくりたいって。
孤児のための王国。
訓練や闘いの無い…穏やかな幸せ。
もしかして薫平は…
紅さんのした事を知って、それを償うつもりで…?
それとも…紅さんをかくまうことで、一条の標的とされてる二階堂を守るため…?
「言っとくけど、カッコいい事しようとしてるわけじゃないから。」
モニターを見たまま、薫平が言った。
「ただ…俺は二階堂に居ちゃ守れないものを、一人ででも守りたいって思っただけだよ。」
十分カッコいい事しようとしてるじゃん。
そう思って、少しだけ唇が尖る。
「…一人でなんて無理だよ。」
「あー…そうだなー…無理か。」
薫平は小さく笑って立ち上がると。
「大丈夫…俺には…」
ゆっくり…あたしを抱きしめて。
「…おはじきがいるから。」
耳元でそう言った。
「…薫平。」
「ん?」
「これ…」
あたしはポケットから銃を出して、薫平のポケットに入れる。
「抱き合ってる時に物騒な物入れ込むなあ。」
「抱き合ってる?あんたが勝手に抱きしめてるだけでしょ。」
「相変わらずつれないね。」
薫平はあたしを解放すると、首を傾げて。
「俺の気持ち、変わってないよ?」
あたしの顔を覗き込んだ。
「……」
正直…人肌が恋しい時がある。
一時期の志麻は、本当に都合のいい相手だった。
だけど仲間になった今、それは望まない。
だったら…とは思っても、薫平にもそれは望んじゃダメだ。
あたしに気持ちがあるのが本当なら、なおさら。
「泉。」
あたしの手を持った薫平が、優しく名前を呼ぶ。
「……」
この瞳に…恋をしかけた。
一緒に虹をくぐろうって言ってくれたの…本当に嬉しかった。
だけどやっぱり…あたし達は『同志』でしかない。
それは、薫平が二階堂を抜けても。
「…ごめん、薫平。」
「……」
「きっとあたし…自分で思ってるより…ダメージ大きいんだよ。」
うつむきがちに、小さな声でそう言うと。
「…あの御曹司の事、まだ好きなんだ…?」
薫平は少しガッカリした声でそう言った。
「…もう好きって感情はないよ。元気でいてくれたらなってぐらい…」
「…今は元気じゃないかもね。」
「…え?」
なんで薫平がそんな事?と思って顔を上げると。
「…何でもない。」
薫平はすねたような顔をして、ぷいっとそっぽを向いた。
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