第10話 「じゃあね。」

 〇高津薫平


「じゃあね。」


 玄関で泉を見送ろうとすると。


「一人で動かないでよ。」


 ビシッと指差して言われてしまった。


 …そんな力強く指差すかなあ。


「一人じゃな」


「おはじきは人じゃないから。」


「……」


「ね?絶対無理しないで。相手は普通じゃないんだから。」


「…俺、もう二階堂じゃないし。」


 ポリポリと頭をかきながら、空いた方の手でポケットの銃を探る。


 …こんなの俺に渡して…問題にならないと思ってんのかね。

 全く…泉ってお人好しだよ。

 俺の事、自分がどうなってもいいって思ってるんじゃないかって心配してるんだろうけど…

 俺から見たら、泉だってそうだ。

 志麻さんとの事だって……あ、考えたらムカつく。



 たぶん泉が結婚まで考えていたであろう桐生院きりゅういん きよしは…今まさに俺が餌として使ってる『前園まえぞの優里ゆうり』と一緒に暮らしてた。

 ま…俺があいつらの愛の巣(元々俺んちだけど)に乗り込んでしまったがために、前園優里は何を思ったのか…出て行ってしまったけど。


 …その後の桐生院 聖の腑抜けぶりは…まあ…泉にも前園優里にも言うつもりはない。



「二階堂じゃなくても、あんたは高津薫平だから。」


「……」


 ふいに放たれた泉の言葉に、頭をかいてた手が止まった。


「ちっさい頃からずっと一緒だったんだよ?そんなの…ほっとけるわけないじゃない。特に…お母さんに危険が及ぶって分かってるのにさ…」


「……」


「いい?」


「…じゃあさ…俺、海さんとこに飛んでいい?」


「はっ?」


 海さん達が拉致られた事は、ハッキングしてたから知ってる。

 ついでに…そこに志麻さんが向かってる事、木塚さんの家族の救出に瞬平が向かった事も。


 俺の抱えてる案件は…まだ数日動かないはず。

 だとしたら…


「あ…あんた、本部までハッキ」


「高津の双子、よく似てるから区別つかないって。」


「……」


 泉が口を開けっぱにして俺を見る。


「泉が現地に行きますよ。」


「そんなのバレ」


「瞬平が木塚さんとこから戻ったら、ここに拉致っといて。」


 俺は家の鍵を泉のポケットに押し込むと。


「おはじき。」


 家の前にある木の上にいたおはじきに声をかける。


「瞬平来たら地下に入れていいから。あそこ、あいつのおもちゃになりそうな物たくさんあるからさ。」


「ちょっ…何考えて…薫平!!」


 泉の声を背中に受けながら。

 俺は家の裏に回って自作の自転車に乗る。


「にゃっ。」


 前かごが自分の定位置と言わんばかり、得意そうな顔で乗り込んだおはじきの頭を撫でて。


「腕と勘が鈍ってなきゃいいけどね。」


 小さくつぶやきながら、ペダルをこぎ始めた。




「さーて…と…」


 久しぶりに訪れた本部を下から見上げる。

 表向きは色んな企業が入ってるビル。

 ま、いちいち誰も疑わないよね。

 実際みんなそれっぽい仕事もしてるし。



「おはじき、おとりになってくれる?」


「にゃー。」


「いい子。」


 念のため、額にほんのりと残る銃創に、それとなくコンシーラーを塗る。

 以前から瞬平になりすましたい時は、これで誤魔化してた。

 それほど…俺と瞬平は似てる。


 瞬平の方が短気で悪態つくタイプだけど…いつまでも『僕』なんて可愛く言っちゃう所が憎めない。

 あれはあれで、それで区別しろって瞬平の周りへの配慮だったんだろうなー。


 それか…俺と間違われるのが、相当嫌だったか。



「よし。行け。」


「にゃっ。」



 勢いよくビルに駆け込むおはじき。

 まずはセンサーが反応して、ロビーにいる警備員がおはじきを追った。


「いいぞー…」


 おはじきの逃げ回り方が激し過ぎて、警備員が集まる。

 その様子をスマホで確認して、俺は偽装した瞬平のIDでビルに入ると。

 警備が手薄になったエレベーターの奥にある、地下専用エレベーターに向かった。


 ここの地下には資料室や倉庫が並んでるけど…そのもっともっと地下に、特別な場所がある。


 エレベーターに乗り込んで、瞬平のIDをかざす。

 目的地に直結の専用エレベーター。

 これが辿り着く先には、『アレ』がある。

 こんな時に使わないで、いつ使うんだろ。

 持ち腐れもいい所。



 扉が開いてすぐ、防犯カメラと非常ベルを解除した。

 どうせ数分もしない内にバレるだろうから…さっさと始めようか。


「久しぶり。」


 俺が乗り込んだ『FRT-CA5』は、まあ…簡単に言うと秘密兵器かな。

 整備ばかりされて、あまり使われてない。

 開発したのは誰だったかな…

 最後に乗ったのは、たぶん俺。

 その時を懐かしむように、FRT-CA5に乗り込む。


「オート操作解除。さ…行くよ。よろしくね。」


『オート操作解除。マニュアル操作開始いたします。よろしくお願いします』


 大きさで言うと軽自動車ぐらい。

 だからこそ、敵は油断する。


「発進。」


 地下から地上に向けての緩やかなトンネルを走った後。


『ゲート、開きます』


 CA5専用の空路ゲートが開く。


「君の出したルートだと、空路と海路で三時間かかるね。悪くないけど、こっちで行かせてもらうよ。」


 マニュアル操作でもルート検索はマシンも頑張ってくれる。

 コックピットって言えばカッコいいんだろうけど…俺的には『運転席』に並ぶ、色んなものをまとめたパネルを眺めつつ。


「最短で一時間。ちょっと酷使するけど許してね。」


 旅客機だと約20時間かかる距離。

 アメリカ空軍が地球のどこへでも一時間以内で行ける夢の飛行体を実験開発中だけど、そいつの実験は無人でしか行われていない。

 ま、マッハ20の超音速なんて、人が乗るものじゃないしね。


「でも、まさかのそれに近い物を…いけちゃってるのが二階堂…」


 だけどたぶん…現地に行くだけでエネルギーは使い果たすはず。

 帰りは志麻さんに乗せてもらおう。

 …生きてれば、ね。



 ギュンッ……



 一瞬の金属音のような物を残して、CA5は飛んだ。

 目指すは…






 カトマンズ。

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