第11話 「…ショーン、起きてるか…?」

 〇早乙女詩生


「…ショーン、起きてるか…?」


 呼ばれてうっすら目を開けると、真っ暗だった。


 ああ…夜か。

 しかも今夜は特別暗い。

 岩間から見える夜空には星も見えない。



「…うん。起きてる。」


「痛みは…どうだ?」


「…平気だよ…」



 ……ここに入れられて…そろそろ一ヶ月ぐらいかな…

 ケビンは横になってる事が増えた。

 何とか…ここから出たいし、諦め気味なケビンも出してやりたいと思った俺は。

 何度か岩場を上って出口がないか調べた。


 …が。


 五度目の挑戦の時、見張りに見つかって叩き落されて。

 足を怪我した。

 あれ以来…言いようのない痛みが続いている。


 時々、激痛のあまり失神するように眠ってしまう事も増えた。

 そうやって気を失ってる間に…どうしてか俺達を生かしておこうとする奴らに治療をされたみたいだけど…

 それも気休めみたいなもので、痛みと熱は引きそうにない。


 …こんな所で…終わってしまうのか…?

 俺は逃げ出したままじゃないか…



「ショーン…」


「…ん?」


「…誰か…来る。」


「…え?」


「……」


 こんな時間に?

 ケビンと息を潜めてると、確かに…数人の足音が聞こえ始めた。



「そこに入れ!!」


「おまえはこっちだ!!」


「おとなしくしろ!!」


「そっちに歩け!!」



 数人の怒鳴り声が聞こえて。

 ガチャガチャと鍵を開ける音と。


 ドサッ


 誰かがこの中に放り込まれた音がした。


 …それにしても…

 こんな暗闇の中、あいつらはどうやって歩いてるんだ?

 何も見えないはずなのに…



「おい、おまえら。こいつの縄をほどくなよ。」


「ほどいたら明日おまえら死ぬ事になるからな。」


 男達は俺とケビンにそんな言葉を残して、静かな暗闇に遠ざかる足音と共に気配も消えて行った。



「……生きてるか?」


 放り込まれた誰かに、ケビンが小さく声をかけると。


「…生きてます。あなたは…一人ですか?」


 ……え…っ?


 俺は、その声を聞いて目を見開いた。


「いや、もう一人いる。」


「名前を聞いてもいいですか?」


「俺はケビン。もう一人は…ショーン。」


「ケビン…ショーン…」


「ショーンはケガをしてる…誰か…助けに来てくれる奴はいないか…?」


「安心して下さい。助けに来ました。」


「え…あんた…助けに来てくれたのか…?」


「はい。」


 …この…この声って…


「あの。」


 俺が声を出すと、そばにいたケビンが小さく『え…?』と驚いた声を上げた。

 そして…


「…早乙女詩生君…?」


 俺にそっくりな声の主は…俺が名乗ってもいないのに、俺の名前を言った。

 しかも、フルネームで。


「サオトメ…シオ…?」


 ふいに、ガシッと肩を掴まれた。

 この暗闇でも、慣れてしまってるケビンは俺が見えているかのように。


「シオ…サオトメ…サオトメ…」


 俺の名前を繰り返しつぶやきながら、何か…記憶を手繰り寄せているかに思えた。


「…ケビン?」


 その様子に戸惑いながら、ケビンが落ち着くのを待つ。

 …もう一人の…俺と似てる声の主も…それを待っているようだ。



「サオトメ……」


「…ケビン…早乙女って知り合いでもいたのか…?」


 俺の肩を掴んでるケビンの手に触れて言うと。


「…サオトメ…リョウ…」


 思いがけない名前が出て来た。


「…どうして…俺のばーちゃんの名前を?」


 驚いた口調で問いかけると。

 俺と同じ声の主が言った。


「もしかして…あなたは、浅井 晋さんですか?」


「え…っ?」


 浅井 晋…?

 それって…

 俺の…じーさん…?



「アサイ…シン…」


 ケビンがかみしめるように名前を言う。

 もしかして…記憶…失くしてるのか…?


「あなたは15年前、ボランティアライヴで訪れた際に災害に遭われて行方不明になった…浅井 晋さんでは…?」


「……」


 ケビンは考え込んだように何も言わなくなった。

 俺も…言葉が出ない。


 ここに入れられて一ヶ月ぐらい…

 俺と過ごしてた年老いた男…

 それが、伝説のじーさんって呼んでた…浅井 晋…?


 確かに、昔インドの災害で行方不明になったって聞いてた。

 もしかして…あれからずっとここに…?


 …それと。

 俺にはもう一つ、頭を混乱させてる事がある。

 聞こえてくるのは…俺と同じ声だ。

 そして、それは同時に…親父の声にも聞こえるって事で…


「…あなたは、誰ですか。」


 俺の肩に捕まったまま、『サオトメ』と繰り返してるケビンを支えながら、声の主に問いかける。


「…俺は…」


「……」


「二階堂 海。」


「…え?」


「華月に聞いてるだろう…?」


 二階堂 海…

 その名前は、華月からだけではなく。

 紅美や学の会話の中に出て来る名前でもあった。


『本家の海君』だ。


 そして…


「…華月の…お姉さんの…」


「ああ。夫だ。」


「……」


 華月のお姉さん…ノン君と双子の咲華さんは。

 婚約者がいたが…二年以上結婚の話が進まなくて、婚約解消。

 その後、単身旅行に出て…一ヶ月後、結婚して養女を迎えて、三人で帰国して来た…と。

 それを神さんじゃなく、ノン君が激怒して相手を殴ったって話は…

 華月からも、うちの両親からも聞いた。



「…それで…」


「うん。」


「…さっきから気になってるんですが…」


「うん。」


「あなたの声…」


「……」


 海さんが黙った途端。

 俺の肩を掴んでたケビンが。


「…おまえ…千寿の息子か。」


 突然、日本語で話し始めた。


『千寿の息子』に反応した俺が。


「…ケビン…本当に、浅井 晋…?」


 日本語で問いかけると。


「…あー…何やろ…頭ん中…霧が晴れて来た気分や…」


 これまた…聞き覚えのある関西弁…


「…親父にもだけど、もう一人…ハリーにも教えてやりたいな。浅井 晋、生きてるぞって。」


 小さく笑いながら言うと。


「ハリー…ハリー?ショーン、ハリー知ってるんか?」


 ケビンが俺の肩を揺さぶった。


「知ってるよ。ついこの間まで…一緒に仕事してたし。」


「は?あいつ、まだ9歳やぞ?」


「…何言って…」


 俺がそれに答えようとすると、海さんが小声で。


「記憶が混乱してるようだ。」


 そう言った。


 …そりゃそうか…

 ここに入れられて…ずっと辛い目に遭って来たわけだし…


「それで…もしかして、とは思いますが。」


 俺は少しだけ姿勢を正した。

 この暗闇で、見えるはずもない『二階堂 海』さんを…少しだけ見据えて。


「もしかして、あなたは…俺の…」


 ありがたい事に、足の痛みが気にならないぐらい…アドレナリンが出てる気がする。

 昔、聞いた事がある。

 親父は若い頃に…子供が出来たけど、その人とは結ばれなかった…って。


「…出来れば、君は何も知らない方が良かったのかもしれないけど、俺が咲華と結婚した事で…いつかは知られる事だろうと覚悟もしていた。」


「…て事は。」


「ああ。早乙女千寿…さんは、俺の実の父親だ。」


「……」


「こんなに声が似てちゃな…紅美にも華音にも、声でバレた。」


 それは…この暗闇では、どちらが喋ってるのか分からないほど。

 俺自身、自分の声が違う事を喋ってるって思ってしまうほど。

 …似てる。


「あなたは…昔から知ってたんですか?」


 複雑な気持ちを抑えながら、淡々と問いかける。


「母が…今の父と結婚したのを、何となく覚えてるからね。それで自然と、実の父親は違う人だって気付いてた。」


「…実の父親が早乙女千寿だ…って知ったのは…?」


「高校生の時に、親父から『おまえの父親は早乙女千寿さんだ』って聞かされた。」


「……」


 …なんで親父は…俺達には話さなかったんだ?

 少しだけ、その事についてイラついてしまうと…思い出したように痛みが襲って来た。


「っ…」


 声にならない声を発すると、それに気付いた二人が。


「大丈夫か?」


「どこかケガでも?」


 同時にそう言った。


「ああ…こいつ、ケガしてんねん。こう暗くちゃ何も見えへんけど…足を…」


 ケビンが俺の肩を擦りながら、たぶん…海さんに向かって言った。


「…ケビンは知ってた?この人が…親父の息子って。」


 記憶が確かじゃないと分かっていながら

 痛みに顔を歪めて問いかけると。


「あー…そう言えば親子揃って何してんねやろって話した事あるなあ…」


 ケビンはどこか遠い場所でも眺めてるかのような声で、そう言った。

 …正直、痛みも手伝ってなのか…あまり気分は良くない。


「…くっ…」


 座ってるのも辛くなって、ケビンの手を借りて横になると。


 シュッ


 突然、小さな音と共に洞窟内が明るくなった。


「…え?」


 見ると、海さんの手元に灯りが。


「縛られてたんじゃ…?」


 海さんは、灯りを放っている方位磁石のような小さくて丸い物を地面に置くと。


「どこをケガしてる?」


 俺に近付いた。


「……え?」


 その顔を見て…俺は驚いた。

 この顔…


「桜花の…」


「…受け持たなかったのに、覚えてくれてるのか。」


 海さんは小さく笑うと。


「潜入捜査でね。桜花に行ってた。」


 そう言いながら、俺の足のケガに気付いて、巻いてある包帯を外し始めた。


 …そうだ。

 俺は受け持たれなかったけど…

 三年の途中でやって来た臨採の教師がいて。

 別に興味はなかったけど…時々、華月と話してる様子を見掛けて、気にはなってた。

 変なメガネと三つ編みで登校してた華月の素顔がバレるんじゃ…?って。



「…潜入捜査?」


「俺は…危険な仕事をしてるんだ。」


「…警察…?」


「簡単に言えばそうだけど、特別高等警察の秘密機関で…危険な現場が多い。」


「……」


「だから、早乙女さんは話さなかったんじゃないかと思う。一応日本ではヤクザって事になってるしね。」


「……」


 それから、海さんは俺の足の状態を診た。

 もしかしたら靭帯が損傷してるかもしれないって事で、これまた…どこから出したのか分からないけど、添木代わりになる棒状の物で足を固定して包帯を巻いてくれた。


「この薬飲んで。少しは痛みが和らぐはずだから。」


 …危険な仕事をしている人。

 それなら、自分で縄をほどいたのも、手品みたいに次々と役立つ物を取り出すのも…納得いく気がした。

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