第12話 薬のおかげで少し落ち着いた俺は
〇早乙女詩生
薬のおかげで少し落ち着いた俺は、壁にもたれた状態で…海さんと話した。
ケビン…(まだ、じーさんとは呼びにくい)は、記憶が混乱して疲れたのか、一人横になっている。
ただ、寝てるかどうかは分からない。
華月の親友の『泉』ちゃんは、海さんの妹である事。
危険な家業のせいで…
世界が違うと分かってても、親父…早乙女千寿に憧れて、周年ライヴの映像は集めてしまってる事。
…ついでに、俺のCDも。
チョコの作品も。
全部…知ってくれてた。
初めて話すのに、ずっと知ってる人のような気がするのは…
共通の知り合いがいるってだけじゃないんだろうな。
親父にも似てるその声は、この暗闇の中で俺を安心させてくれるだけじゃなく…力を与えてくれるようにも思えた。
「…俺、歌うのをやめようと思って。」
足の痛みが引いた頃、思い切って心の内を吐き出してみた。
すると海さんは少し首を傾げて。
「でも、音楽からは離れられないだろ。」
優しい口調で言った。
「…まあ確かに…俺はそれしか知らないし。でも、俺は歌わなくても作る事は出来る。だったらそこを追及するのも『あり』なのかなって。」
以前は…叩かれると奮起して頑張れた。
だけど、今回ノン君にDEEBEEを目の前で完璧に歌われて。
自信家だと見せかける事だけで立ってた俺は……正直、心が折れた。
今回のコレも、いつもの一人旅だ。って自分に言い聞かせた。
だけど本当は終えるための何かが欲しいと思ってたのかもしれない。
ここに連れて来られて…こんな場所で終わるのかって悔やんだけど…
この一ヶ月。
生きる事に必死になったら、悩んでる事が小さく思えた。
「一ヶ月以上歌わなかったのは初めてだ…」
少しだけ上を見上げてつぶやくと、隣で海さんが小さく笑った。
「こんな状態じゃ歌う気分にもならないだろ。」
「ま…そっかな…」
「でも…俺はあの歌に心打たれたよ。」
「あの歌?」
「華月に作った曲だろ?」
「…LIVE Aliveも観たんだ?」
「
「ははっ…目に浮かぶ。あの時のDANGERカッコ良かったしな…」
「ビートランドは…厳しいかもしれないけど、温かい場所だな。」
「…まあね。」
華月への想いを届けたくて作った『My Little Flower』…
今思えば、あれも…完璧じゃなかったよな…
俺にはいつも、何かが足りない。
がむしゃらにやっていれば…それは成功に繋がるって思ってた部分もある。
だけど本当はそうじゃないんだ。
俺に足りなかったのは…
『これ』と言った強味と…自信だ。
…いつも虚勢を張ってた。
それでも、DEEBEEのメンバーでなら…しばらくはそれも保てたかもしれないけど…
希世がDANGERで合わせ始めて、崩れた。
…いや、俺と…彰の薄っぺらさと脆さが露呈した。
あれで良かったんだ。
…ハリーは、もう…プレイヤー側には戻らないかもな…
最後に在籍したのがDEEBEEで悪い気がするほど、出来る奴だった。
「……」
横になってるケビンに視線を向ける。
この人が…伝説のじーさんなら。
ここにギターがあれば習うんだけどな。
ま…長年閉じ込められて、記憶も失ってたなら…それも無理か。
「…歌っても?」
海さんに問いかけると。
「贅沢な特等席だ。」
優しく笑ってくれた。
大事にしたいのに傷付けた
まだ幼かった俺の愛は真っ直ぐなのに間違ってばかりで
この手に抱きしめたら壊れてしまいそうな花を
いつだって胸の中にしまってた
見えないものは 形のないものは
きっともろいから
だけど約束する 永遠を誓う
そのために俺が強くなる事を
守りたいものは何よりも極上のその笑顔
風に舞う花びらのように 夢の中でも俺を癒す
今夜隣にいてくれるなら極上のその唇で
風に舞う花びらのように 夢の中でも口付けて
誓うよ この想いを永遠に捧げる事を
〇二階堂 海
詩生の歌を聴いて、華月の心配そうな顔が浮かんだ。
確かにこの状況は安心出来る物じゃないが…
もうすぐ、信頼している仲間達が迎えに来てくれる。
木塚の家族も…きっと無事だろう。
「ライヴ映像で聴いたのより、断然今のがいい。」
歌い終わった詩生に、率直にそう言うと。
「何だろ…あの時は力入れ過ぎてたと思う。」
彼は肩の力が抜けたような、柔らかい顔をした。
「あの時、みんなに認められないと…って思いが強くて。」
「ん?もう十分では?」
「…父親は世界に認められてるギタリスト。母親は元世界一強い女。弟は新進気鋭の画家。妹は小さいながらも大きな夢の詰まった店を持つデザイナー。」
「……」
「俺も…早乙女の長男として…って、力み過ぎたんだと思う。そんなの、誰かに言われたわけでもないのに。」
つい…頭をポンポンと撫でた。
「ガキみたいっすよね。」
「いや…分かるよ。長男として…って気持ち、俺も痛いほど思って来た事だから。」
「……」
二階堂の長男として…上に立つ者として…と。
俺もずっと思って来た。
出来て当然。
それにこだわり続けて来た気がする。
だけど…一人でなんて…無理だ。
幸い、俺は信頼できる部下に恵まれている。
頼り支え合う事が必要な現場を、どうして今まで…一人で背負おうとして来たのか。
…紅美と別れて、華音達と出会い、咲華と結婚した事で…俺は変わった。
もちろん、自分は強くなくてはいけない。
しかしそれが数人集まる事で大きな強さになるなら…
俺に必要なのは、誰かに頼る事でもある。
上に立つ者として、極力自分が。とは思うが…
…ここに来る時も、富樫が言ってくれなければ…一人で乗り込むつもりだった。
そうやって、俺を分かってくれる部下がいる限り。
俺は大丈夫だ。
そう自信が持てる。
「華月にも、周りにも…もっと自分をさらけ出したらどうだ?」
横顔を見つめて言うと。
「…俺、一度信用失ってるし…あいつの足のケガ…俺のせいだから…」
きっと、今まで誰にも打ち明けられなかったであろう想いを…爪先を見つめたまま吐き出してくれた。
「…でも、華月は君を選んだだろ?」
「……」
「足のケガだって、今は治ってる。」
「そう…だけど…」
「負い目で華月と付き合ってるのか?」
「まさか。」
「それなら、負い目なんて捨てる事だな。」
「……」
「なんて…俺も、ずっとプレッシャーと負い目の塊だったから…気持ちはすごく解る。」
小さく笑うと、詩生が意外そうな顔で俺を見た。
「負い目の塊?」
「ああ。でも…咲華と出逢って…それは消えそうだよ。」
「……」
死なせてしまった一般人の夢を…見なくなった。
それは、咲華が俺に『あたしは海さんの味方だから』と…抱きしめてくれたあの日から。
「華月に負い目を感じるより、ぶつかって来てくれる想いを…真正面から受け止めたらどうだ?」
「……」
実質初対面みたいなもので、ここまで言うのもどうかとは思いつつ。
…腹違いの弟は、あまりにも俺に似ていて。
まるで自分を見ている気にもなったし、その不器用さを愛しくも思った。
「実は、君を助けて欲しいって…華月に頼まれたんだ。」
「えっ?」
詩生が目を見開く。
「今回の旅でただならぬことが起きてるって、華月が気付いて…うちに来たんだ。」
「華月が…」
「…帰ったら…ありのままの君で、華月と向き合って欲しい。」
「……」
俺の言葉に詩生はしばらく黙っていたが。
添木を巻いた右足をそっと触った後。
「…『詩生』でいいです。」
小さくつぶやいた。
「…詩生。」
「…もしかして…って思う事、もう一つ聞いても?」
「ああ。」
「うちの母さん、警察の道場で稽古つけてるって言ってたんだけど…」
「……」
その答えは、俺の表情で分かったと思う。
詩生は目を細めた後。
「…ったく…うちの親…」
苦笑いをして。
「ま、秘密組織なら仕方ないか。母さん、守秘義務ちゃんと守ってたって事だな。」
そう言って、岩間から空を見上げた。
そこには…少しだけ朝焼けが広がり始めていた。
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