第5話 『兄ちゃん、父さんから電話があったよ。』

 〇二階堂 海


『兄ちゃん、父さんから電話があったよ。』


 現地に飛んでいる最中、泉がタブレットに顔をのぞかせた。


『咲華さんと華月とリズ、ホテルに保護してるって。』


「保護?何かあったのか?」


『ううん。咲華さんから『海さんがいない間に贅沢がしたくなって…』って電話があったって。二階堂御用達のホテルの最上階に泊まりに来たみたい。見え透いた嘘だよね。』


 とりあえずは三人が無事だった事に安堵したが…


「…見え透いた嘘とは?」


『咲華さんが『贅沢したくなった』って言う自体おかしいでしょ。』


「まあ、そうだが。何かあったのか?」


『…あたし、今、兄ちゃんち来てるんだけど。』


「……」


 富樫が眉間にしわを寄せながら、タブレットを覗きこむ。


『かすかにだけど…誰かが争った形跡があるよ。』


 泉はそう言って、スマホをリビングに向けた。

 そこにはいつもと変わらない様子が映し出されたが…


『写真立てが伏せてある…誰かが侵入したけど、誰かが阻止した…って感じなのかな…』


「なぜそう思う?」


『ほんっ…とにかすかに…なんだけどさ…』


「……」


『血の匂いするもん。』


「……」


 泉は前もって二階にも上がって確認してくれたようだが、二階や他の部屋に誰かの侵入した形跡や気配はなかったらしい。

 ただ本当に…玄関からリビングにかけて、だけ。

 そのかすかな何かを…咲華が察知して家を出た…と言う事か。



『咲華さん、相当いい勘してるね。』


 …隔世遺伝…

 咲華は、さくらさんの孫だ。

 何らかの能力が遺伝していてもおかしくはない。


 …だが…

 出来れば…危険な世界に関係して欲しくはない。



『とりあえず、瞬平をこっちに来させて家の周囲を調べさせるわ。あたしは…怖がらせたくないから、華月に会いに行くフリして何か聞き出す。志麻にはデータを送ったから現地に向かってるかも。』


「分かった。頼む。」


『兄貴達も気を付けて。』


 …もし、これが一条の仕業だとして…


「…誰かの侵入を阻止した人物とは…誰なんでしょう。」


 富樫のつぶやきに、俺は首を傾げる。


 志麻なら…と瞬時に思ったが、泉の口ぶりからして…志麻は現地にいなかったようだ。

 …薫平くんぺいが来てるとの報告もあったし…

 もしかすると…


 瞬平と薫平の母親である、高津たかつ こうさんは…元々一条の人間だった。

 事件で記憶喪失になって以来、二階堂で働いていたが…今は…



「…紅さんの居場所は変わってないか?」


「はい。」


「…そっちも確認頼む。」


「分かりました。」



 複雑に絡み合う、過去の出来事。

 それがこの事件の根源だとすると…


 …恨みは相当深い。




 〇富樫武彦


 タブレットに泉お嬢さんが映し出された瞬間…

 平然としていたはずなのに、鼓動が信じられないほど早鐘を打った。

 そしてそれが機内に響き渡ってしまってるのでは…と、そんな事在り得ないのに動揺してしまった。



 …先週、志麻がボスの奥様…咲華さんとの恋をやっと終わらせることが出来た。

 婚約したまま待たせた結果、咲華さんが選んだ道は婚約解消。

 その後…彼女の手を取ったのはボスだった。


 …酔っ払っての結婚だったとしても、この上なく幸福そうなお二人を見ると、誰にも邪魔は出来ないと思う。



 あの夜、志麻に付き合って飲んだ。

 強くなりたい。とつぶやく志麻を見ながら、もう充分強いよ…と心の中で思った。

 志麻は何か吹っ切れたのか、その後は俺の恋の話を…と、色々聞き始めて。

 何とか話を逸らそうと、酒を煽りながらいろんな話をした。


 そして…

 目が覚めると、志麻と泉お嬢さん、三人で…ベッドに横になっていた。

 いや、服は着ていたが。

 それでも…お嬢さんとベッドを共にするなど…あってはならない事だ…!!


 あれ以降、志麻とは現場の件で連絡を取ったが…お嬢さんは…

 あの日以来、だ。

 たった数日、お会いしなかっただけなのに…随分と会えなかった気がしてしまった。


 …この想いは…

 口に出してはならない。

 …気付くべきじゃなかった。



 目的地に到着した後、ヘリに乗り換えて捜査を始める事にした。

 当初『少数精鋭』との事だったが…ボスも危険を察知されたのか、頭に連絡をされた。

 恐らく本部では会議が開かれているはずだ。


 ボスが指定したこの捜索現場には…国立公園がある。

 公園とは言っても標高の高い場所にある観光地で、その客のほとんどが登山者だ。



「富樫、『アーサー』で見てくれ。」


 ボスから指示が出た。

『アーサー』とは瞬平が開発した体温探知機。

 機上からでも高い精度の探知力を発揮するアーサーは、近年かなり活躍をしている。

 現場に出る事は減ったが…瞬平は技術開発の分野で驚くほど功績を上げ始めた。

 薫平が二階堂を辞めたのが引き金のなったのかもしれない。


 …薫平…

 まさか、薫平がお嬢さんと…



「…今、数体見えたな。」


 ボスの声にハッとしてアーサーのレーダーを見る。


 バカだな私は…

 今は人命救助に集中しなくては…!!


「…こちらにも、複数…」


「……」


 水元・火野・木塚という三人も、レーダーに目を落として。


「…この位置は…」


 眉をしかめた。


「この体温反応、地上ではありませんね。」


「地下って事か。」


「地形は……」


「…ただの岩間じゃなさそうですね。」


「近くに村があるはずです。聞き取り…あっ…」


 操縦していた火野が、何かに気付いてヘリを旋回させる。


「どうした?」


 私の問いに火野は慌てる事なく。


「一旦戻りましょう。あちこちに兵がいます。」


 低い声でそう言った。

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