第4話 「……」
〇早乙女詩生
「……」
う…
少しだけ頭を動かすと、鈍い痛みが体のどこかを襲った。
「…って…」
ゆっくり目を開けると…俺の視力がどうにかなってるのか…
辺りは暗闇に包まれていた。
「……」
どういうわけか、体を動かす事が出来ない。
俺は冷静に…こうなった経緯を思い出そうとした。
俺…
DEEBEEというバンドでボーカルを担当していた。
だけど…DEEBEEは解散を言い渡され…
俺は、居場所を失った。
…気付いてた。
ビートランドで…俺はあまり必要とされていないって。
他のアーティストがメキメキと力を着けて行く中、俺は…下がりはしないけど、上がりもしない。
ずっと同じ場所に立ったまま…俺を追い越していく背中を眺めているだけ。
情けないけど、俺の力量ではそいつらを追い越すのは無理だった。
何とか引き離されないよう、努力はしていたつもりが…
…現実を突き付けられた。
スタジオで、DEEBEEの曲をいとも簡単に…しかも俺よりもずっとカッコ良く歌ってのけたノン君…
F'sの神 千里とSHE'S-HE'Sの桐生院知花の息子。
超サラブレッドだ。
でも…だからってわけじゃない。
ノン君だって、努力しての今がある。
俺は根本的な所で…すでに負けてるんだ。
ノン君の妹の華月とは…恋人で。
いつか結婚したいって…結婚するって…お互いがそう望んでた。
だけどこんなままじゃ…
そう思って。
ずっと待たせていたのに。
俺はまた…一人で旅立った。
居場所を失くした今、俺がするべき事をするために…旅立った。
だが…
「…目が覚めたか?」
不意に、かすれた声が聞こえて体が震えた。
その衝撃で、また体が痛んだ。
「あっ…いっ……」
「…動くな。まだ薬が効いてる。」
…薬?
英語で話しかけられて、俺は左肩から激痛が引くのを待って問いかけた。
「…ここ…ここは…いったい…」
「君はどこに行こうとしてたんだ?」
「…特に…あてはなかった…」
「…あてはなかった?旅人か?」
「いや…まあ…どこでも良かった…」
「…まさか、死ぬ気だったのか?」
「それだけは、ない。」
キッパリと答えると、少しの沈黙の後で小さな笑い声が聞こえた。
「そうか…それならいいが…いや、でもここにいる限り…死んだも同じかもしれないがな…」
「…え?」
声の主の姿は見えない。
だが…声の感じからして、そう若くはないはずだ。
「俺がここに入れられて…何年になるかな…」
「…入れられて?」
「ああ…地上は観光地だが…ここは牢獄だからな。」
「……」
俺は…あてもなく旅立った。
アメリカやイギリスだと甘えが出て、ぶらりと事務所に立ち寄って…DEEBEEのその後を確認してしまいそうで。
思い付きで飛行機に乗って…さらには適当に乗り継いで…
…飛行機…
「…そうだ…飛行機で…」
「……」
「分からない場所に降りた後…バスで…」
「バスか…ここに連れて来られたのが君だけだったという事は…他の乗客はどうなっているか分からない。」
「…え…っ?」
「ここに入れられた者は…捕虜なんだよ。」
「…捕虜…?」
「影を潜めてたテロリスト集団が…動き始めてる。」
「……」
夢にも思わなかった。
テロリストなんて…ニュースや映画の中の事で。
自分には関係ない…って。
「…あなたは…ずっとここに一人で…?」
「…何人か放り込まれたが…みんな死んでいった。」
「……」
こんな…こんな所で…俺は…死ぬのか…!?
仲間を残して…
家族を残して…
華月を残して……?
「…お名前は…?」
暗闇なのは、真夜中だからだと気付いた。
かすかにある岩の切れ目から、星が見える。
男が言うには、新月で暗いらしい。
その分、星の瞬きがハッキリ見える、と。
「ケビンだ。君は?」
「ケビン…俺は…シオです。」
「ショーン…」
流れで『ショーン』と呼ばれてしまったが…この際名前なんてどうでもよく感じる。
生きて出られるか分からない不安も、冷静になると…少し和らいだ。
それは一人じゃないからだと思う。
それから少し、生活についての話を聞いた。
食料は日に二度、近くの村の人が運んで来る。
今いる場所は寝室と呼んでいるスペースだが、岩しかない。
意外にもトイレと風呂は簡素な物だが存在していて。
慣れてしまえば…なんてことはない…らしい。
…ただ。
生かされているだけ。だがな…と、ケビンは苦笑いの混じった声で言った。
「……」
こんな事なら…と、色んな事を後悔した。
あの場所で自分のすべき事を探せば良かった。
…いや…
あそこに居ても…きっと何も見つからない。
ここがどこかも分からないが…俺は…
「…こんな所で終われない…」
小さくつぶやくと、ケビンが優しく笑った気がした。
朝になると、はるか頭上にある岩場の隙間から光が射して、自分の周りも見る事が出来た。
腕の痛みも少し和らいだ気がする。
服の上からでは気付かなかったけど、どうも治療がしてあるようだった。
俺がそれを眺めてると、ケビンが『ケガや病気は治療してくれる』と、首をすくめた。
「…それなのに、何人も死んだんですか?」
ここに放り込まれた奴はみんな死んだ。と、聞いたのを思い出して問いかけると。
「…悲観して…ね。」
「……」
そういう事か。
みんな…絶望しか感じなかったってわけか。
でも…
「…ケビンさんは…それを目の当たりに…」
「ああ…何人も見送った。俺が寝てる間の事もあったが…一緒に死んでくれと頼むやつもいたな…」
「……」
「ここに入ってちゃ、夢も希望もすぐに消える。だが…俺は自殺だけは…しちゃいけないと思ってる。」
…その信念だけで…
この人は、いったいどれだけの人を見送って、その光景に耐えて来たのだろう。
…恐ろしくて…想像も出来ない…
ケビンさんは慣れてしまえばなんて事ない…と言ったけど。
慣れてない俺には、苦痛でしかない。
遠くから聞こえて来る獣の声。
会話がある内はいいけど…ケビンさんは『疲れた』と言って、二時間おきに眠ってしまう。
…この人…死んでしまうんじゃないよな…?
一人残された時の事を思うと、本当に恐怖でしかなかった。
今まで自分がどんなに恵まれた環境で生活していたかも実感したし…
自分がどんなに弱くて甘かったかも…痛感した。
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