第25話 「どういうつもりだ。」
〇早乙女詩生
「どういうつもりだ。」
今日から足のリハビリが始まった。
まだ移動には車椅子だけど…松葉杖で歩けるようになるまで、そう遠くないらしい。
華月に付き添われてトレーニングルームから戻ってると、目の前に…鬼…いや、神さんが立ちはだかった。
「と…父さん…いつ…?」
「さっき着いた。」
「……」
唇を噛みしめる華月を見て、俺はその手を握る。
「先に病室戻ってて。」
「え…」
「神さん、一階のカフェ行きましょう。」
「俺は娘に話しがあるんだが。」
「まずは俺とお願いします。」
怯む事無く神さんの目を見て言うと。
「……」
怒り心頭な表情の神さんは、それでも華月から俺を奪うようにして車椅子を押し始めた。
「…で、どういうつもりだ。」
カフェで腕組みをした神さんは、斜に構えて俺を見下ろした。
今までの俺なら…相当緊張して言葉も選んでたに違いない。
でも今は、何でも言えてしまう。気がする。
「それは、華月を帰さない事について…ですか?」
「そうだ。」
華月曰く、『お母さんが助けてくれるから』だったけど…
無理だったんだな。
きっと。
険悪になってなきゃいいけど。
「俺は一旦帰れって言ったんですが、華月が俺の退院までいたいって。」
正直にそう言うと。
「それに甘えたって言うのか。」
「はい。」
「……」
「勝手に旅立っておいて、身勝手なのは分かってます。華月にも同じことさせて、悪いとも思ってます。」
何となく周りがざわついてるなー…って思ってると。
どうやら神さんが目立ってるぽい。
…さすがF'sの神 千里。
どこにいても、有名人は有名人でしかないんだなー。
「悪いと思っても甘えるのか。おまえが大変な目に遭ったのは聞いたが、それとこれとは別だろ。」
超不機嫌な声だけど…今はただ…娘想いの父親の声にしか聞こえない。
ひたすら華月を心配してるだけなんだよな…
「甘えるし…華月の気持ちも大事にしたいから、こうしました。」
「……何?」
「俺がいなくなって、どれだけ不安だっただろうって考えたら…もう『帰れ』なんて言えませんよ。」
「……」
「って、俺も離れていられなくなったんですけど。」
神さんは無言のまま、俺の足に視線を落とした。
「…歩けるのか?」
「大丈夫です。」
「……」
神さんは盛大に溜息を吐くと、背もたれいっぱいに身体を預けて。
「…落ち込んでると思ったが…元気そうだな。」
少しだけ口元を緩めて言った。
「…そうですね…なんか、一度死んだ気になったと言うか…」
「……」
「あり得ない体験をして、今までの自分の甘さを思い知らされました。」
本当に。
進もうとしては落ち込んで。
這い上がろうともがいて。
だけど上手くいかなくて、強がりの上塗りばかりを繰り返して来た。
…そんなんじゃ、強くなんてなれない。
俺の腹違いの兄の存在も大きかった。
暗闇で聞いた、同じ声。
同じ声の持ち主は…危険な仕事に携わって、命を懸ける人だった。
…色々考えさせられた…マジで。
「神さん。」
「…なんだ。」
「俺、華月と生きていきます。」
「……」
「って、DEEBEEをクビになった俺が言っても、心配なだけですよね。でも…安心して下さい。俺、すぐ復活しますから。」
自分でも驚くほど、頭も気持ちもスッキリしていた。
もう、振り返らない。
俺が進むべき道は、前にしかないんだから。
「…ったく…どこの息子だよ。」
神さんがそう言って俺の背後を見上げる。
ん?と思って振り返ると、親父がいた。
「すみません。うちの可愛い息子が我儘言って。」
親父は笑いながらそんな事を言って、俺のとなりの椅子を引いて座った。
「可愛い息子とか言うかな。」
眉をしかめてそう言うと。
「仕方ないだろ?本当なんだから。」
親父は俺の頭をくしゃっとして。
「どうか、見守ってやってください。」
神さんに…深々と頭を下げてくれた。
〇桐生院華月
「こんなに誰が食べるの?」
今日は、詩生が退院するって事で…二人で借りたアパートでお祝いする事になった。
目と鼻の先には、お姉ちゃんの家。
まさにスープが冷めない距離。
「食べれるわよ。遠慮しなければ。」
「…お姉ちゃん基準で言われてもね…」
「あっ、何よそれ。」
「まあまあ…ところで、そろそろ迎えに行った方がいいか?」
あたしとお姉ちゃんがテーブルでじゃれてると、海君が時計を見ながら言った。
「あ…ほんとだ。」
「じゃ、海さんよろしくね。」
「よろしく、お義兄様。」
「…行って来ます。」
お姉ちゃんと二人で手を振る。
病院までの出迎えは…海君が行ってくれる事になった。
二人は異母兄弟。
あたしは…早乙女さんに、詩生達以外の子供がいる事…
母さんから聞かされて知ってたけど。
それがまさか…海君だったなんて。
「それにしても、父さんがよく許してくれたわよね。」
「確かに…もっと揉める物かと思ってたから、拍子抜けしちゃった。」
お姉ちゃんと部屋を見回す。
あたしと詩生は…しばらくこっちで生活をする事になった。
「どうやって説得したの?」
「あたしは何もしてないの。詩生が話を付けてくれた。」
「へえ~…やるわね。」
ほんと…
詩生はあの事件以来、まるで別人みたいに強くなった。
怖いものなし…って感じ。
…それが時々怖くもあるんだけど…
でも、辛いリハビリを続けて歩けるようになったし…
病室では、おじいさんの浅井 晋さんとギターの練習もして。
曲も…たくさん作った。
後は…
明日からの猛特訓。
おばあちゃまに内緒にしてるように言われたあたし達は、ユニットを組んだ事を本当に誰にも話してない。
お姉ちゃんにもだけど…父さんにも。
夏のフェスに出る事、あたし達は本気だから。
明日からどんなに苦しくても…それを楽しむぐらいの気持ちで頑張ってみせる。
「ただいまー…って、初めての部屋に言うのも変な感じだな。」
間もなくして、詩生が海君と帰って来た。
「おかえりなさい。」
あたしが出迎えると、詩生は嬉しそうな顔をして。
チュッ。
「!!!!!」
お姉ちゃんと海君の前だと言うのに、唇に軽くキスをした。
「あー、やっぱり外はいいなあ。」
「~…!!!!」
突然の事に戸惑うあたしと、のんきそうに部屋を見て歩く詩生。
お姉ちゃんは…何だか照れてて。
海君は、そんなお姉ちゃんの頭をポンポンと撫でた。
「ち~。」
りっちゃんが三角帽子を手に詩生に歩み寄ると。
「おっ、それ被れって?ん。」
詩生はしゃがみ込んで頭をりっちゃんに向けた。
すると…
「あいたたた。」
りっちゃんが、バシバシとそれで詩生の頭を叩く。
「あっ!!もうリズ!!何で叩くの~!?」
「あははは。詩生、洗礼受けちゃったね。」
「何。これ、洗礼?」
「
「マジか…あの人と同類扱いは…残念な気が…」
「トシに伝えておく。」
「あっ…嘘です嘘です…」
あたし達は…優しい雰囲気に包まれた。
だからまさか…それぞれが色んな事で深い闇に支配されてるなんて。
あたしは…
気付かなかった。
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