第24話 「海だけなら…ここまで悩んでないかもしれません。」
〇高原さくら
「海だけなら…ここまで悩んでないかもしれません。」
「…え?」
うつむいた環さんから聞こえた言葉は、予想してない物だった。
「海だけなら…カトマンズの事件で死んだものとして、誰にも気付かれないよう現地に送り込む事も出来ました。」
「……」
「実際…そうしてみるつもりも、少しはありました。」
それって…
「海さんを…殉職扱いにして…って事?」
「はい。ですが…海だけを行かせると、受け入れてはくれないのです。」
「……」
海さんだけじゃ受け入れてはくれないって…
国から人選されたんだよね…?
環さんがこんなに悩むって…
「…志麻さん…」
「志麻に話したら、気持ち良く行ってしまうでしょうね。」
「……」
じゃあ…誰?
「…国は…海と咲華さんとリズ…家族で、と言って来ました。」
「……えっ?」
つい、強い声を出してしまった。
誰もいない部屋で、あたしの声が必要以上に響いた気がして…ゆっくりと辺りを見渡す。
誰もいないのに…
誰かに聞かれてる気がしてしまった。
「…あなたもご存知では?」
「……」
「あなたの血を引く者…というだけではありません。知花さんよりも、知花さんの子供さん方三人には…二階堂の血が濃く出ています。」
「…千里さんにも…だから?」
「そうです。」
「……」
千里さんのお母さまは、幼い頃に不適格者とされて…普通の人間として生きて来られた。
だけどその血は千里さんに…引き継がれてる。
「彼は、とても視力がいいですね。」
「…そうね。」
同じ歳の圭司さんは、老眼が要るお年頃だって言ってるけど…
千里さんは今もとても…本当に驚くほどに目がいい。
そして、記憶力も。
あたしとなっちゃんの娘である知花には。
なっちゃんのシンガーとしての血と、あたしの血が少しだけ継がれて…
素晴らしいシンガーであり、見事なオタクになってしまったけど。
知花と千里さんの子供達は…
絵こそ下手だけど…
三人とも、それぞれ秀でた物がある。
「…咲華の能力って、何なんですか?」
確かに、どこか敏感だなと思う所はあっても…
それを国が選ぶほどの物とは思えない。
だから…今回の事…
あたしには理解出来ない…
「…おそらく、咲華さんの能力は…二階堂と関わる事がなければ現れる事はなかったのだと思います。」
「……」
「それが、何かをキッカケに…少しずつ自分でも『人と違う』と分かり始めたのだと思います。」
「それは…何なんですか?」
咲華がそんな事になってたなんて…
夕べも一緒にいたのに…気付かなかった。
「認証能力…と言えばいいのでしょうか。」
「…認証能力…」
「以前、ある者から聞きました。咲華さんが写真を見ただけで『この二人は別人』と判断した事を。」
「…その程度なら、誰でも…」
ううん…
誰でもできる事じゃないかもしれない。
二階堂なら…そうではあっても…
「彼女が見極めたのは、まだ顔が変わりやすい幼少時の物だったそうです。その時は私も半信半疑でしたが…昨秋帰国された際に、スマホでの映像と画像で生体認証をしたのを目の当たりにしました。」
「……」
二階堂なら…出来る事。
でも咲華は二階堂じゃない。
そう思いたいのに…
あたしの血が入ってるから…?
「本当に…最初は普通のお嬢さんだと思ってましたが…ここ数ヶ月で伸びました。」
「環さん。」
あたしが勢いよく立ち上がると、テーブルのコーヒーが少しこぼれた。
「…あなた…咲華を訓練したの…?」
「……」
「海さんは、この事…知ってるの?」
「…打ち明けました。」
「……」
だから…沈んでたの?
「…人選した人に、会わせてもらえたり…」
「…無理ですよ。私も誰が人選したのかは分かりませんから。」
「……」
「本当なら、私が行くべきなのですが…年齢制限があると言われました。」
「……」
「…私が中途半端なせいで…すみません…」
「……」
あたしは両手をグッと握りしめる。
そして…
「…環さん悪くないから。もう悩まないで。」
そうだ。
何か…あたしに出来る事をしよう。
「その期限っていつ?」
「…今夏です。」
「夏…」
フェスの頃か…
「世界の平和のためだもん。名誉あることなのかもしれないよね。だけど…これ、間違ってるから。」
「……」
「あたし、ちょっと会って来る。」
「え?」
ポカンとする環さんを残して、あたしは来た通りのコースで外に出る。
海さんと咲華とリズちゃん…
そして、生まれて来る赤ちゃんに…
会えなくなるなんて…嫌だ―――!!
「…絶対、守るんだから…」
あたしはそうつぶやいて。
まずは…
先代に会いに行くことにした。
* * *
「…んっ…」
つい、変な声を出してしまった…けど。
「ごほっごほごほっ。」
あたしはそれが咳のせいだって事にして…
「はあ~…」
胸元をトントンと軽く叩きながら深呼吸をした。
先代は今も郊外にある施設で、静かに生活をされてる。
監視カメラ…1、2…入口だけでも6つあるよ。
「面会に来ましたー。」
正面ゲートでインターホンに向かって言うと。
『先ほど連絡された方ですか?』
守衛さんが小窓を開けてあたしをチラリと見た。
その小窓にも防弾ガラス。
「はい。高原さくらです。」
元気良く名乗ると、小型カメラでスキャンされた。
怪しい物は持ってないし、あたしは何度か来てるから、登録もしてあるはず。
『どうぞ。』
ウイーンってゲートが開いて中に入ると、すぐそこに停まってる車のドアが開いた。
「お願いします。」
後部座席に乗り込んで、少しキョロキョロと辺りを見渡す。
「ここ…相変わらず警備は万全ですね。」
運転手の人に問いかけると。
「そうですね。ここには命を懸けて闘った者ばかりが入居していますから…少しでも安全に穏やかに生活できるよう、配慮しています。」
優しい声で優しい言葉が返って来た。
さすがだ~…
と嬉しくなる一方で。
どうも…ずっと気掛かりな事もある。
あたし…尾行されてるね。
昨日からずっと。
晋ちゃんの記憶消したの、見られてたかなあ…
だけど、今すぐどうこうされる気配はなさそうだから…泳がせておこうかな。
これが『人選者』だとしたら、年齢制限なんて言わないで、あたしを連れてってよって思うし。
あ、ダメだよ…
あたしには、置いていけないなっちゃんがいるじゃない~…
撤回。
…咲華に、二階堂の能力が生まれてる事。
どうして…って思ってしまった。
そういう能力って、使わなければ『どうしてこんな事が出来るの?』って驚かれる程度ではあっても…
それ以上になる事はない。
咲華…
あたし、あの子の幸せを壊したくないよ…
もちろん、海さんだって。
建物に到着して運転手さんにお礼を言うと、あたしは先代の部屋に向かった。
ここには治療のための病棟以外に、ケアハウスもある。
ケアハウスと言っても、高齢の人達だけじゃなくて…
二階堂に生まれて二階堂で生きて。
その体や精神を酷使した分、若くして外の世界での生活に困難が生じた人達もいる。
役目を終えても、二階堂の者としていさせてくれる場所でもあるんだよね。
あたしみたいに、外の世界でも大丈夫な人もいるんだろうけど…
ずっとあの世界にいた人には、『外』は苦痛だったりするから。
「こんにちはー。」
あらかじめ連絡はしておいたから、あたしの訪問に先代は驚きもせず。
「環から聞いたぞ。」
顔を見てすぐ、目を細められた。
「おまえは首を突っ込むな。」
先代は渋い顔のまま、プランターの土をスコップで掘ってる。
わー…
先代、園芸なんて始めちゃったんだ…?
「いらっしゃい。」
声に振り返ると、姐さん。
「ご無沙汰してます…って、そんなにご無沙汰じゃないですね。」
ペロッと舌を出して首をすくめると。
「ふふ…あなたはいつまでもあの頃のままね。」
姐さんは柔らかい笑顔で、あたしの頬を撫でた。
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