第23話 「さて…と。」

 〇高原さくら


「さて…と。」


 病院を出て、晋ちゃんの病室を見上げる。


 詩生ちゃんが足の検査から戻って来て、今は二人でLIVE AliveのDVDを見始めた。

 …詩生ちゃん、映像見たらへこむかなあって思ったけど…


『俺の過去の栄光的なやつ、見る?』


 って、笑顔だった。


 今回の事件…辛かっただろうけど、詩生ちゃんにとっては転機になったのかも…。



「……」


 華月が描いた、千里さんの似顔絵の写真。

 悪用しちゃったな…

 全部を思い出したら…晋ちゃん、生き辛くなるから…

 幸せな事だけ、覚えてて欲しい。



 夕べは海さんと咲華の家に、華月と一緒に泊まらせてもらった。

 リズちゃを抱っこした写真を桐生院に送ると、知花と千里さんに盛大に拗ねられたけど。

 二人だって新婚旅行で来たクセにね~。


 咲華の家で…みんなで楽しく食事をしたけど。

 海さんも笑顔だったけど。

 沈んでるのが分かった。

 それも、すごーく深く。


 咲華も気付いてるよね…

 大事な人が浮かない顔なんてしてたら…咲華は(空気を読まない事もあるけど)敏感な子だし。



「……」


 たぶん華月は今から詩生ちゃんのところ。

 あたしは…


「…行くか。」


 その足で二階堂の本部に向かった。



 なんだかんだ言いながら、あたし…よくこっちに来ちゃってるよね。

 去年の秋も、知花と千里さんが新婚旅行に出かけてる所に、なっちゃんまで急に渡米しちゃったから…あたしも里中君の渡米に合わせてこっそり来ちゃった。


 その時はビートランドには一歩も近寄らなかったんだけど…

 まさか。

 あの時、『オーディション』と題してライヴをやったなんて…!!


「あ、思い出したら腹立つなあ。」


 独り言をつぶやきながら、頬を膨らませる。


 なっちゃん…やっと結婚できたのに、何だか秘密主義って言うか…

 もしかして、あたしの事信用してくれてないのかなあ…って思う時がある。

 でも、それも仕方のない事なのかな…って…


 だって…なっちゃんは知ってる。

 あたしが元二階堂の人間で…多くの人間を殺めてしまった事。


 …本当は、なっちゃんのその記憶も消したかった。

 だけど…なっちゃんには、知っててもらってた方がいいのかもしれない…とも思った。


 それも含めて…あたしだから。




「…ん?」


 本部の近くにある『シモンズ』ってお店に、知った顔発見。

 あたしはコッソリと遠回りをしながらお店に入って。


「こーんにちはっ。」


 背後からその人物に声を掛けた。


「はっ…」


「…?」


「さくらさん…どうしたんですか?こんな所に。」


 …おかしいなあ。

 たまきさんが、あたしの気配に気付かないなんて。

 あたし、驚かそうとは思ったけど、全然気配は消してはなかったのに。


「…環さんが見えたから。座っていい?」


「もちろん。」


 環さんの向かい側に座って、窓の外に目を向ける。


 …うん。

 あたしが歩いて来た道なんて、丸見えじゃない。


「何か悩んでる?」


 首を傾げて問いかけると、環さんはじっとあたしを見てクスッと笑った。


「何~?どうして笑うの~?」


「いや、失礼…あの…とても可愛らしいなと思いまして…」


「もうっ。あたしの事、いくつだと思ってるの?」


「いやいや…誰もさくらさんの実年齢なんてわかりませんよ。私よりずっと年下だと思えてしまいます。」


「ぷう。」


「ご主人がヤキモチやかれますよ?他の男にそんな可愛い顔見せるなって。」


「……」


 唇を尖らせるも…ちょっと今のは嬉しかったから…まあ、許そう。



 それからの環さんは、あたしに沈んでる事を隠しきった。

 その辺は…海さんより二階堂だなあって思った。

 でもなあ…


「環さん。」


「はい。」


「二階堂の問題って、環さん一人が抱えるんじゃいけないと思う。」


 今は部外者のクセに…

 あたしは思い切って言った。


「今までと変わるんでしょ?なら…環さんも変わらなきゃ。」


「……」


 それまで隠してた重い荷物が、どこからか戻って来たみたいに。

 環さんは深い溜息をつくと。


「…私は…ダメですね。」


 テーブルに両肘をついた。


「どうして?」


「…聞いてもらえますか?」


「…あたしで良ければ…」


 あたしの返事に環さんは苦笑いをしながら立ち上がった。


 …なるほど。

 周りに誰も座ってなくても…こんな所では話せないぐらいの事なのね。



 環さんはコーヒーを二つ買うと、本部の裏口らしき場所にあたしを誘導して。

 そこからまた…誰も乗らないようなエレベーターに乗って、30階に上がった。



「ここなら誰も来ないので。」


 ガラス張りの部屋。

 窓の外、空が近い。



「…二階堂が秘密組織じゃなくなる話は…ご存知ですね?」


 あたしの前にコーヒーを置きながら、環さんが言った。


「うん…それはいい事なんじゃ?」


「はい。ですが…各国から選りすぐりの人材で最高特別秘密機関を設ける事が決まったようで。」


「…二階堂の中から、誰かが…って事?」


「はい。」


 それは…

 二階堂に生まれた人なら、もしかしたら…みんなが手を挙げてしまうかもしれないけど…

 …ううん…やっと『普通』になれるんだから…それはないのかな…

 いや、でも…そもそも普通になれるものなのかな?


 あたしがごちゃごちゃ考えてると。


「…そこへ行ってしまうと、二度と戻ってこれません。」


 環さんが衝撃の言葉を吐き出した。


「…え?」


「自分の素性も明かせない人間になるんです。今の自分を殺す事になります。」


「……」


 あたしはポカンとして環さんを見た。


 そ…


「そんなの…酷いよ…」


「…酷い…のですかね?今までもそういった諜報員は山ほどいたはずです。」


「……それって、人材は国が選ぶの?」


 あたしの問いかけに、環さんは表情を失くした。

 て事は…もう誰か…国は人選をしてるって事…?



「…もしかして、海さん…?」


「……」


 環さんの無言が返事となった。



 あたしは…

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