第30話 「華月。」
〇桐生院華月
「華月。」
久しぶりに、全員集合の桐生院家。
美味しい晩御飯を食べた後、呼ばれて振り向くと、おばあちゃまがあたしに手招きした。
首を傾げて近寄ると。
「ちょっと、縁側で飲まない?」
おばあちゃまは、可愛い笑顔でグラスを掲げた。
縁側に行くと…そこにはおじいちゃまがいて。
「……」
あたしは少しのバツの悪さを感じながらも、隣に腰を下ろした。
晩御飯の時は…席も離れてたし、朝子ちゃんの結婚式の話題で盛り上がってたから…
おじいちゃまとは、目を合わせる事もなかった。
「…元気そうで良かった。」
おじいちゃまは一言、そうとだけ言って…お茶を口にする。
「…ありがと…」
詩生をDEEBEEから抜けさせた事…
今となっては…だけど…
あの時は腹が立って、おじいちゃまとは口もきかなかったし…目も合わせなかった。
間にお兄ちゃんが入ったり、こうしておばあちゃまが入ったりして…少しずつ会話は増えたけど。
それでも…
以前みたいに、じゃれつくような気分には…なれないままでいる。
だってやっぱり…
あれがなければ、詩生は旅立たなかったし、怖い目にも遭わなかったから。
…まあ…今更…だけど。
「…今後は、どうするんだ?」
庭に視線を向けたまま、おじいちゃまが言った。
「あっちで活動がしたいなら、向こうの事務所に移籍する手もある。」
「……」
おばあちゃまを見ると、小さく首を横に振ってる。
…それって…
まだユニットの事は言うなって事…?
「…モデルの仕事は、もう少し休みたいの。」
予感がしてたわけじゃないけど…
あたしは年明けから三月まで、決まった仕事を入れてなかった。
単発で入れそうな現場だけは、その都度受けてたけど…
何となく、まとまった休みが欲しくなってた。
それはきっと、あたし自身…詩生の事がなくても、歌う事に気持ちが傾き始めてたからかもしれない。
そしてそれは、歌おう。って決心に繋がった。
だから今は、自分が歌う事のトレーニングで精いっぱい。
「…そうか。まあ…そうだな…」
おじいちゃまは歯切れ悪く言いよどんで。
「華月…」
あたしの頭を撫でようと手を伸ばした瞬間…
「なっちゃん!?」
「おじいちゃま!?」
その体が、ぐらりと傾いた。
「華月!!救急車!!」
「分かった!!」
「ま…待て待て。大丈夫だ。」
あたしとおばあちゃまで身体を支えてると、おじいちゃまが苦笑いをしながら起き上がろうとする。
「な…何言ってるの?今、瞬間的に真っ青になったよ?」
「そうだよ…おじいちゃま、無理しないで…」
あたし達が心配してると、声を聞き付けたのか…父さんと母さんもやって来た。
「どうしたの?」
「大声が聞こえたが…」
「何でもないんだ。俺が少し体を傾けただけで、二人が大騒ぎをして。」
「……」
あたし達はみんなで顔を見合わせた。
おじいちゃま…
もしかして、すごく体調悪いの…?
そう言えば、痩せた気がする。
「…夏のフェスまで忙しいんですから、無理しないでくださいよ?」
「ふっ。俺はもう見る側だからな。みんなに任せる。」
「特等席で見るんでしょ?元気でいてくれなきゃ。」
「そうだよ、なっちゃん…」
父さんと母さんとおばあちゃまに次々にそう言われて、おじいちゃまは口元を緩めた。
あたしは…
「…そうだよ…元気でいてくれなきゃ。まだ、フェスもそうだけど、お姉ちゃんの赤ちゃんだって楽しみだし…」
おじいちゃまの手を取って、言う。
「もっともっと…家族で思い出作るんだから…」
「華月…」
「ね?おじいちゃま。」
「……」
笑顔を向けると、おじいちゃまは目を細めてあたしの頭を撫でて。
おばあちゃまはホッとした顔で…おじいちゃまの肩に頭を乗せた。
…そう。
あたしには…父さんと母さんだけじゃない。
高原夏希って、すごいシンガーの血も流れてるんだもん。
…あたしは…あたしの選んだ道を、迷わずに行く。
「フェス、楽しみ。」
その形をハッキリとさせ始めた月を見上げてつぶやく。
あたしの歌が、どう評価されるかなんて…関係ない。
あたしは…ただ、詩生と。
詩生が音楽を続けるために…寄り添えるなら…
それで、いい。
* * *
『DEEBEEは、本日をもって解散致します。』
詩生が神妙な面持ちでマイクに向かってる姿が、テレビから流れて来た。
そして、その様子を街角の大型スクリーンを見上げて、泣いてる女の子達の姿も…中継カメラによって映し出された。
昨日、映と朝子ちゃんの結婚式に並んでた詩生と希世ちゃんと彰君。
そこに、サポートを経て加入してたハリーの四人は。
すごく…ラフな格好で、記者会見の席についてる。
「これ、どこのチャンネルだ?なんか…趣味わりー。」
お兄ちゃんが煎餅を食べながら、あたしの隣に座る。
『解散理由を聞かせてくださいますか?』
会場にいる記者が質問すると。
『ま、もうDEEBEEとしては、やり切った。そんな感じですわ。』
ハリーがマイクを手に明るく言った。
『前ベーシストの映さんが脱退してF'sに加入された後から、亀裂が入ったとの噂もありますが。』
『はあ?初めて聞くで。』
『…ハリーさん以外のメンバーの方は、どう言ったお気持ちで…?』
何となく首をすくめてテレビを見入ると。
「まー…仕方ねーよな。DEEBEEはビートランドの中ではメディアに出まくってるバンドだったから、注目度も高いしな…」
お兄ちゃんが大きく溜息をつきながら、髪の毛をかきあげた。
…そうだよね。
DEEBEEには、『デビュー当時からずっと一筋』っていうファンが多い。
『…デビューから八年…』
意外にも、口を開いたのは彰君だった。
『ビートランドの稼ぎ頭に名前を連ねるぞ。って気持ちで、尖がったりイキがったりしてやってきました。』
彰君の隣で、伏し目がちの詩生が口元を緩める。
『さっきハリーが言った通り…DEEBEEとしてはやり切った……うん。やり切りました。』
そう言って彰君がマイクを置くと。
『今後の活動については何か決まってますか? 』
間髪入れず、次の質問が来た。
希世ちゃんと彰君は一瞬口を真一文字につぐんだけど…
『決まってますよ。』
そう言ったのは、詩生だった。
『まあまあ、それは今後の楽しみにしとけや。』
『それもそうか。俺が言ってもな…』
『希世と彰は決まってるけど、俺と詩生は未定。けど、ほんっっっま仲が悪うての解散やないからな。少しでも変な事記事書いたら、夏フェス出禁にするで。』
ハリーがそう言うと、詩生が。
『おまえにそんな権限あんのかよ。』
笑いながら、ハリーの肩を叩いた。
その後も挙手して質問が投げかけられたけど…
和やかな雰囲気のまま、20分で会見は終わった。
「…詩生、平気そうか?」
一応…事件の事を知ってるお兄ちゃんが、二人しかいないのに声を潜めて言った。
「…発作がなくなったわけじゃないけど、詩生は本当…前を向いてる。」
そう。
PTSDによる過呼吸や、うなされて目覚める事があっても。
詩生は…負けてない。
本当は、あたしとのユニットなんて…無謀じゃないのかなって心配になる事もある。
だって、あたしは…サラブレッドとは言っても、経験がない。
それに…あたしは詩生を助けたい想いだけで…音楽の世界に足を踏み入れようとしている。
…だけど、もう引けない。
詩生が前を向いてくれた今、あたしはその隣で一緒に進むだけ。
「…そう言えば、今日みんな何かあったのかな。」
父さんと母さん、おばあちゃまから…早い段階で、ほぼ同時に遅くなるって連絡が入った。
「ああ…何でも、じーさんがレコーディングするって言いだしたらしくて。」
「…え?誰の…?」
「じーさんの。」
「…おじいちゃま…歌えるの?」
あたしはお兄ちゃんの言葉に目を丸くして首を傾げる。
おじいちゃまは…病気で数回手術をした。
声帯は残してるけど…歌は…あれから歌ったなんて聞いた事ないし…
「シャウトはできねーけど、そこそこには歌えるって豪語したらしい。」
「…そっか…」
それは明るいニュースのはずなのに、なぜか…お兄ちゃんの表情は暗い。
そしてあたしも…何となくだけど、気分が沈んだ。
『最後の作品』には、こだわらないって言ってたはずなのに…
…どうして…?
「…華月。」
ふいに、お兄ちゃんがあたしの頭に手を置く。
「ん?」
「頑張れよ。」
「……」
あたしは、お兄ちゃんの言葉に色んな意味が込められてる事を感じながら。
「うん。頑張る。」
力強く…頷いた。
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