第35話 「…て事で、DANGERと華音バンドは来週からラジオを中心に…」

 〇桐生院華音


「…て事で、DANGERと華音バンドは来週からラジオを中心に…」


 会議室。

 里中さんが資料に目を落としたまま、ボールペンをプラプラさせる。

 俺は目を細めて。


「その『華音バンド』はどうかと…」


 低い声で言った。

 が。


「バンド名早く考えろって言ったのに、出して来ないお前らが悪い。」


 顔を上げた里中さんにピシャリと言われて、首をすくめる。


「えっ、マジで『華音バンド』なんすか。」


 隣にいる彰が、超嫌そうな顔をした。


「…嫌そうだな。」


「いや…嫌ではないっすけど…」


「嫌なんだな?」


「…ちょっと……あたたたっ!!痛いっ!!」


 正直に答えた彰の頭を抱えこむ。


 こいつ…ほんとキャラ変わったな。

 俺が知らなかっただけかと思ったが…

 DEEBEEで一緒だった希世までが『彰のキャラ変についてけない…』って言うぐらいだ。


 陸兄に弟子入りして変わったのは、ギターのプレイスタイルだけじゃなかったようだな…。



 じーさんから解散を言い渡されたDEEBEE。

 映の後にベーシストとして参加してたハリーは、音響の方に戻る。

 希世は俺とガクとで新バンドを立ち上げ、詩生と彰は…その後の身の振り方が決まってなかった。


 だが、割と早い段階で彰は陸兄に弟子入りして。

 メキメキとその腕を上げていった。


 独学であれだけ弾けてたんだし、元々出来るギタリストだ。

 それに陸兄って強力な師匠が付けば…化けるに決まってる。


 高原さんに土下座までして新バンド加入を取り付けた彰。

 初めて合わせた時は…正直、度肝を抜かれた。

 希世も驚きのあまりスティックを二度落とした。



 彰の加入によって、いくつか変わった事がある。


 それまで、キーボードが前面に出て来る楽曲も多々あったが。

 彰のギターを聴いた杉乃井が。


「あたしのソロはなくていいわ。」


 そう言って、大掛かりにアレンジをし直した。


 確かに…俺と彰の絡みは意外性にとんで面白い物になってて。

 杉乃井の音は、むしろ邪魔になってしまう可能性もなくはなかった。

 まあ…杉乃井は音楽に対してすごく真剣に向き合える奴だから…その決断には俺達も文句は言わなかった。


 俺達を打ちのめすキーボードを弾いたり、俺に濃厚なキスをしたり…

 一時期は振り回された感しかなかったが、杉乃井の色々な事情を知って、今は仲間として受け入れている。


 作曲能力の高さはズバ抜けてるし、アレンジ力もハンパない。

 こんな逸材、手放せるわけがない。


 詳しくは…俺達の回があれば、その時に(笑)



 それとー…


「もう一つの方は、彰次第で進めよう。」


 里中さんが資料を見ながら言うと。


「…あの…マジで…やる…んすか?」


 彰が上目遣いにみんなを見渡して言った。

 それに対して、希世は眉間にしわを寄せて。


「何回も言わせんなよ。かまってちゃんか、おまえ。」


 そう冷たく言い放ち。


「あはは。希世ちゃん酷いな。」


 ガクは笑顔で二人を見比べた。




 あれは…彰がバンドに加入して、一ヶ月経った頃。

 スタジオリハの後で会議室に集まるように言われた俺達は。

 何か新しい動きがあると予感しながらも、それが何かは分からず…若干の不安を抱えながら会議室に向かった。


 そこには、じーさんと里中さんと陸兄がいて。

 思いがけない顔ぶれに、俺達は一瞬キョトンとしたんだ。



「今、華音と杉乃井が作ってる楽曲だが…」


 里中さんが、俺達のバンドの資料を見ながら。


「すごくいい。」


「……」


 キッパリと顔を見て言われた俺は…数回瞬きを繰り返した。


 あの、ダメ出し王と言われる里中さんが。

『すごくいい』と、一言。

 嬉しさのあまり、顔が赤くなってしまったようにも思う。


「しかし、ハッキリ言って、万人受けはしないだろうな。」


 そう言ったのは…じーさんだ。


「…はい。それは分かってます。」


 それぞれの音楽観やテクニックを、話し合ったりセッションしたうえで、曲作りに入った。

 最初は杉乃井が度肝を抜くような曲を書いて来て…それに触発された俺が、それとは真逆のタイプの曲を書いて。

 お互いが切磋琢磨した結果の楽曲は、希世とガクにも刺激的だったようで。


「こんなのやった事ないな。」


「ほんと。ここ、バスドラ踏まずにベースを派手にして、ブレイクの後にバーンってさ。」


「あー、それは邪魔だわ。」


「えぇ…試しにやってみようよ。」


 最初は遠慮してた杉乃井にも、意見を出し合ってアレンジしていった。


 結果…


 俺達の曲は、複雑過ぎる。

 複雑だけど、それを軽く聴かせる。

 だから一瞬一般受けしたとしても、恐らく長くは続かない。


 ズバリ。

 俺達は、同業者を唸らせるタイプのバンドになるだろう。


 ギターヒーローになって欲しいと言われたのに…

 期待には応えられないかもしれないな。



「それで、だ。」


 里中さんは、スマホを机の上に置くと、それを操作して。

 曲を流し始めた。


 里中さんのスマホから流れて来た曲は、リズムマシーンで作られた荒々しいサウンド。

 歌は入ってなくて、誰かが曲だけを作ったんだと思った。


 型破りなハードロック。

 そんなイメージ。


「……誰の曲ですか?」


 杉乃井が真顔で言った。

 じーさんと里中さんと陸兄は、それぞれ腕組みをしたり、口元を緩めたり…


「あ。」


 ギターソロに入って。

 俺は目を見開いた。


「…彰?」


 チョーキングのわずかなクセが耳に入って、隣に居る彰を見ると。

 彰は『どうしてこんなことに』とでも言いたそうな顔になっていて。


「い…いや…なんでこれを…」


 前髪の隙間から、陸兄を恨めしそうにチラチラと見てる。


「ぶっちゃけ、これが世に出ないのは勿体ないと思った。」


 陸兄は腕組みをして彰を見据えて。


「だから、高原さんと里中さんに聞いてもらって…二人にも評価をもらった。」


「え……っ?」


 彰の大きく見開いた目が、じーさんと里中さんに向く。


「驚いた。おまえがこれだけ書ける奴だったとはな。」


 じーさんにそう言われた彰は、口を開けて固まっている。

 それでも…


「お…俺は、陸さんに色々教わって…ギター弾くのがこんなに楽しいの、たぶん初めてだって思うと…頭の中に色々湧いて来て…」


 たどたどしく、想いを語り始めた。


「DEEBEEの時も、それなりには楽しかったけど…俺…たぶん早い内からいい気になってたし…楽しいって言うより…惰性になってしまってたかも…で…」


 DEEBEEの盟友だった希世に悪いとでも思ったのか。

 彰は、希世にペコリと小さく頭を下げた。


「…こんな事にならないと気付かなかった俺は、本当にバカだなって…猛省しました。でも、今後は絶対あんな事にはならないって、実感してます。」


「なぜ。」


 少し斜に構えたじーさんに、短く問われて。

 それは俺ですら、少しピリッとしてしまう声と視線だったが。

 彰は一度小さく息を整えて。


「音楽が、楽しくて仕方ないんです。もちろん、このバンドも…ノン君と杉乃井さんの楽曲はすげーカッコいいし…俺に、俺が弾ける以上の事を望まれて、今までだったらうまくごまかしてたと思うけど…今は絶対弾けるようになってやる。いや、それ以上を行ってやる。って、本気で思ってる自分に…俺自身驚いてて……」


 珍しく思いのたけを語った。


 その饒舌ぶりに、みんなで驚いてると。


「でも!!」


 彰は突然立ち上がってみんなを見渡して。


「調子に乗って曲まで書いたけど、俺はこのバンドにいたい!!お願いです!!クビにしないで下さい!!」


 そう言って、その場で土下座をした。


「…おいおいおいおい…誰がクビにするなんて言った?」


 里中さんが笑いながら立ち上がって、彰の腕を取る。


「え……お…俺に、ソロでやれって…」


「言ってないだろ。そんな事。」


 里中さんにポカッと頭を叩かれた彰は、頭を擦りながらもキョトンとしたまま椅子に座った。


「もう一つ、バンドを組め。そっちは、彰の曲でやろう。」


「……」


 全員が無言で顔を見合わせた。


 じーさんは今…

 もう一つバンドを組め…って言ったか…?


「…えーと…もう一つバンドを組むって…?俺らがこれをやる。それでいいんじゃ?」


 俺が首を傾げて問いかけると。

 里中さんは資料を取り出して。


「SHE'S-HE'Sの二番煎じにするつもりはないが、このバンドの素性はシークレット設定でいく。」


 俺達に、それを配った。


「シークレット設定…」


 杉乃井が『面倒臭い』と言わんばかりの険しい顔で、資料を手にする。


「…『やりたい事をやらずに後悔するより後悔するとしてもやり切ってやる。つまり結果大満足』…これ、曲のタイトルですか?」


 最初のページにあった長いタイトルを杉乃井が読み上げると。


「それがバンド名だ。」


 じーさんが笑いながら言った。


「……」


 俺達が絶句して彰を見ると。

 彰は机に突っ伏して。


「…陸さん…酷いっすよ…」


 声にならない声でそう言った。





「それで、歌詞はどうなってるの?『SAVA CAN』と『ちい散歩』以降、歌詞全然じゃない。」


 杉乃井に突っ込まれた彰は、うっ…と小声を出しながら身を引いて。


「だ…だって、これ以上ノン君に変なワードを口走らせるのは…」


 心苦しそうに、俺を見た。


「バーカ。全然平気だっつーの。むしろ自分では思いつかねー事歌うの、楽しいもんだぜ?」


「ま、それに衣装のおかげで顔見られないしね。」


「声も、あれじゃノン君って分かんないと思うな。」


 …そうなんだ。

 こっちのバンドは衣装があって、完全に顔が出ない。 

 そして…彰の作って来た曲に合わせて歌ってると…

 思いがけず、意外な自分と出逢えた。


 まるで女のような声が出る。

 母さん…とまではいかないが、ハイトーンは似てなくないかもしれない。

 まあ、母さんが『SAVA SAVA SAVA SAVA』って歌ってると思われるのは嫌だけどさ(笑)



「どっちが表でどっちが裏でもない。出来る事を全力でやるバンド。それがお前達だ。」


 その里中さんの言葉に、身の引き締まる思いがした。

 出来る事を全力でやるバンド。

 どっちが表でも裏でもない。


 そうだ。

 俺達は…


「…俺達、マジで最強だな。何でも出来るんだぜ?」


 小さく笑いながら言うと。

 彰は首をすくめた後。


「…『華音バンド』と同じレベルに出来るよう、頑張ります。」


 まだ少し恨めしそうに言った。



 …華音バンド、かっけー名前考えなきゃな…。

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