第34話 「お父さん…っ…」
〇桐生院華月
「お父さん…っ…」
歩いて来たあたし達を、タモツさんが送ってくれる事になって。
ゾロゾロとスタジオから出た所で、外で待ち構えていたのか…千春ちゃんが電柱の陰からひょっこり現れた。
「お…おまえ、さっき握手とサインで手を打っただろ?」
マサシさんは眉間にしわを寄せたけど、千春ちゃんに手を掴まれてるのが嬉しいのか…その声と顔に迫力はない。
「だって~…最近、華月ちゃんのインスタ更新されてないから…ちょっと心配してたの…」
上目使いにチラチラとあたしを見ながら、千春ちゃんはマサシさんに寄り添う。
ああ…そっか。
そう言えば、詩生が旅立ってからと言うもの…あたしは全くSNSを使ってない。
「別れたんじゃないかって思った?」
詩生があたしの肩を抱き寄せて言うと。
「えっ…あ…う…うーん…少しだけ…心配してた…です。」
千春ちゃんは真っ赤になって答えた。
「そっか。忙しくて忘れてた。」
「忘れてたのかよ。」
「じゃ、何か載せよっか。」
「おう。ここの前がいいな。」
「千春ちゃん、撮ってくれる?」
あたしがスマホを手渡そうとすると。
「えっええええーーー!?うわあああああ!!どうしよう!!てっ…手がっ震えるぅぅぅ~!!」
千春ちゃんは大絶叫しながらも、スマホを受け取ってくれた。
「どうする?」
二人で向かい合って辺りを見渡して。
「スタジオの名前が目立つように、二人でアピールするか。」
詩生は入口の上にある『スタジオ・マーシー』を指差した。
「…賛成。」
マサシさんは言った。
バンドを演る子が少なくなった…って。
あたし達の力なんて、大した事ないかもしれないけど…
少しでも役立つなら…
一旦詩生に位置取りをしてもらって、あたしは千春ちゃんの隣に並んでスマホを確認。
「じゃ、これぐらいで連写してもらえる?」
「あああははははははははい…」
千春ちゃんは真っ赤になって固い表情で頷く。
…大丈夫かな?(笑)
詩生の隣に戻って。
連写の最中、あたしだけがポーズを変えた。
「はあ~…なるほど…モデル…納得…」
マサシさんとタモツさんが、腕組みして口を開けてるのがおかしくて。
あたしと詩生は自然と笑顔になった。
千春ちゃんからスマホを受け取って。
「どれがいいかな?」
五人でスマホを眺める。
「いや~…華月ちゃん、ポーズ取るの上手いねえ…」
「父さん失礼よ!!本職なんだから!!」
「千春ちゃん厳しいな…おじさんも知らなかったよ…」
「もー!!なんで知らないのに一緒にいたのよ…!!なんか悔しい…」
「ふふっ。ありがと、千春ちゃん。どれも上手く撮れてる。」
マサシさんとタモツさんの反応に、苛立つ千春ちゃんをなだめるようにそう言うと。
「はっ…あ…あの…あたし、いつも見てます…華月ちゃんが出てる雑誌…あの…高くない服のコーデとか…すごく、あたし達みたいな学生には助かるし…お手本だし…憧れで…」
千春ちゃんは、少しだけ距離を詰めて力説してくれた。
「ありがと。じゃあ、特別教えてあげる。『Race』の12月号で着てた服は『トミヨシ』で買ったの。」
「えっ!!トミヨシって…スーパーの…トミヨシ…?」
「ええ。あそこ、安くて可愛い物あるのよ?」
「…ビックリ…華月ちゃんがトミヨシに…」
「それと、あとは白井三丁目にある『chocon』って小さなお店の服がお気に入り。だけどあそこは一点物だからお高いの。」
「お高い…」
「うん。でも、すごく可愛くてあたしは大好き。だから、もし千春ちゃんが気に入るようなら、お手伝いたくさんして買ってね?」
「……」
あたしの言葉に、千春ちゃんは目をキラキラさせて。
「お父さん、あたし…スタジオの受付やるから。」
キッとマサシさんを見据えて言った。
「受付って…いや、予約自体ないし…」
マサシさんがしどろもどろになってると。
「じきに予約でいっぱいになるかも?」
詩生が首を傾げて笑顔になった。
「え?」
「…あ。ほら…早速。」
スタジオの入り口から電話の鳴る音が聞こえる。
「え…?」
電話を取りに走るマサシさん。
「何…?どうして?」
首をひねる千春ちゃんに、詩生がスマホを差し出した。
どうやら、あたしが千春ちゃんと話してる間に、詩生がインスタにupしてくれたようで。
『今日は詩生のボイトレに付き合いました』
#スタジオ・マーシー
#詩生が言うにはいい機材たくさん
#バンド始めるならここ
#ピアノ教室もあるよ
#感謝
#LOVE
「わー!!あたしが撮った写真が載ってる!!」
千春ちゃんが興奮気味に、自分のスマホをタモツさんに見せる。
「すごい!!もうこんなに『いいね』がついてる!!」
その光景を見ながら、詩生が。
「千春ちゃん、さっきの取引はなし。みんなに自慢していいから。」
千春ちゃんのスマホで『いいね』を押した。
「えっ…いっ…いいの…?」
「うん。その代わり、勉強とお父さんの手伝い頑張れ。」
あたしは…笑顔の詩生を見つめた。
あの事件の後、まだPTSDに悩まされる日もある。
だけど…詩生は変わった。
病気を抱えたけど…いい方に変わった。
「…見惚れてる?」
目が合った詩生にそう言われて。
「うん。」
素直に答えると。
「……」
詩生は無言で…だけどとても優しい笑顔で、あたしの頭をポンポンとした。
* * *
「俺、思うんだけどさ…」
スタジオの帰り。
早乙女家のリビングで、歌詞についてのミーティングをしてると…詩生が言った。
「歌詞の募集しないか?」
「…歌詞の募集…?」
思わぬ提案に、瞬きを繰り返す。
「今ので十分じゃない…?」
あたしは…詩生の書く歌詞が好き。
女目線で書かれたそれは、的を得てたりハッとさせられる事もあって。
詩生の歌の世界って、本当…驚くほど広い。
「なんつーか…『ゼロ』だけ曲と合ってない気がしてさ。」
「…そっかな…あたしは好きだけど…」
『ゼロ』は、まだタイトルがついてない曲。
すごく煌びやかなイメージの曲で、歌詞は…成功を掴むために積み重ねた物の尊さを描いたものなんだけど…
「俺、あの曲はもっと違う歌詞にしたいんだよな…でもそれが何かピンと来なくて。」
「……」
そう言われてみると…
確かに、サビはメロディーに歌詞が乗りにくい気がする。
あたし自身、まだ模索中………
「って、あの曲はフェスではやらないんだよね?」
「んー…曲は好きなんだよな…」
うん…
あたしが歌いにくそうにしてるから、セットリストからは外してるのだと思うけど…
本当に、いい曲。
「あたし、書いてみようか。」
「いや、華月はもう歌う事に集中した方がいい。」
「うっ…それもそう…だね…」
「里中さんに相談していいか?」
「うん。任せていい?」
「ああ。」
その後、詩生は里中さんに歌詞募集についてを相談して。
数日後には、ビートランドのサイトに『歌詞募集』のお知らせが出た。
『この『ゼロ』という曲に歌詞を作ってください』
募集がたったの二日間だったのと、すでに曲がある事、英語歌詞限定だった事で、応募数は予想より少なかった。って里中さんはボヤいてたけど…少ない分、しっかり選考出来る。
「…少ないって聞いてたけど、300もあるんだ…」
タブレットに管理されてる歌詞を前に、あたしが首をすくめると。
「あ、これ素敵。」
隣で早速歌詞を読んでるおばあちゃまが、声を出した。
歌詞選考に参加してくれてるのは…あたしと詩生以外では、おばあちゃまと里中さん。
サプライズアーティストなあたし達がやる事は、これもシークレットなわけで…
今日は、里中さんのマンションで秘密会議。
『面倒な事してすみません』って頭を下げる詩生に、『すごく楽しい!!』って笑顔を返してくれるおばあちゃま…
本当に…大好き。
「これもいいな。」
一応四人で全部に目を通す事にはしてるものの、それぞれが気に入った歌詞はチェックして二次審査に。
里中さんは時々事務所に連絡を入れながら、あたし達に付き合ってくれている。
「全然タイプの違う世界が集まったわね。」
おばあちゃまがワクワクした顔で、選ばれた作品を見比べる。
何時間もかけて選ばれた五作品は、どれも素敵な歌詞。
「華月はどれが好き?」
そう言われて…
「……」
あたしは、『ゼロ』の曲に合わせて、歌ってみる。
すると、それまで奥の部屋に引っ込んでらした里中さんのご両親が、コッソリと顔を出された。
…あ…
この歌詞、気持ちいいかも…
どれもワンコーラスずつだったのに。
四曲目だけ、自然とツーコーラス目に入ると。
「決まりね。」
おばあちゃまが笑顔でそう言って、続きを一緒に歌ってくれた。
『ゼロ』が『ゼロ』じゃなくなる。
それは少し寂しい気もしたけど…
それを上回るほどの素敵な歌詞で。
「…よし。これもセトリに入れよう。」
詩生は真剣に歌詞を眺めて、そう言った。
デビューも決まってないうえに、フェスのオーディションも合格するとは限らないのに。
あたし達のために動いてくれた里中さんとおばあちゃまには、感謝しかない。
絶対、成功させなきゃ…
あたしがそう思ってると。
「このお礼は、デビューとフェスに出演する事で恩返しとさせてください。」
あたしの隣で、詩生が二人に頭を下げた。
「有望株だもん。これぐらいしちゃうわよね?里中君。」
おばあちゃまに笑顔を向けられた里中さんは、笑顔で頷きかけて。
「まあ…どう化けるか楽しみなユニットですからね。」
顔を引き締めて言った。
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