第28話 「詩生ちゃん!!」
〇早乙女詩生
「
すると、まさかの空港で手厚い歓迎を受けてしまった。
誰にかというと…
「…チョコ。嬉しいけど、みんなが見てる。」
妹の、チョコこと…
「見られててもいい…!!心配したんだもん…!!」
「……」
あの弱っちかったチョコは、高校卒業と共に二階堂
昔から趣味としていた裁縫を仕事にしたい…と、向こうで独創的なデザインや技術を学んで。
一昨年、帰国と同時に入籍。
『二階堂千世子』になった。
今はガクの実家に同居して、密かに人気を呼んでいる自分の作品の制作に励んでいる。
ガクと言えば…
昔、DEEBEEを結成した時に、サイドギターとして加入してたメンバーの一人。
だけど頭が良くて論文に追われて…脱退した。
チョコの夢を応援したいからって一緒にイギリスに行ってる間に、遊びでバンドを組んだりしたのがキッカケでか…
それがノン君の目に留まって、DANGERにベーシストとして加入。
…そして見る見る腕を上げて…
次は、ノン君と
「…帰ろう。」
頭をポンポンとして言うと、真っ赤な目で俺を見上げたチョコは。
「華月ちゃんは…?」
今更のように辺りを見回した。
「ああ…サクちゃんが風邪ひいたから、姪っ子の面倒見てる。」
「え…そうなんだ。大丈夫なのかな。」
チョコの『大丈夫なのかな』には色んな意味が含まれてるんだろうけど。
「だいじょーぶ。」
俺はそう言って笑って歩き始めた。
サクちゃんが風邪をひいて。
海さんから『リズの子守をしてもらえないかな』って要請があった。
俺も帰国を遅らせて良かったんだけど…
華月が。
「詩生は先に帰って、みんなと話して。」
そう言って俺を帰らせた。
みんなと話して…か。
ま、そうだよな。
映の結婚式が終わったら…DEEBEEの解散が発表される。
色々コメントも考えておかなきゃいけないか。
「映君の奥さんのドレス、あたしが作らせてもらったの。」
そう言ったチョコの笑顔は…以前の俺や園の後ろに隠れてた小さなチョコと同じとは思えなかった。
…みんな、成長するんだよな。
「そっか。
「詩生ちゃん、朝子さんに会った事あるの?」
「ああ…映がDEEBEE抜ける前だったかな。」
当時、DEEBEEの中でズバ抜けて上手かった映。
あいつはDEEBEEを抜けて、まさかのF'sに加入した。
最初は認められなかったけど…
映は、ねばってねばって…諦めなかった。
実際、臼井さんに弟子入りまでして修業してたもんな…
…みんな、自分の道を究めるために模索しながら進んでる。
俺も…やっとスタートラインに立てたんだ。
これからどんな事があっても、華月と並んで少しずつでも歩いて行こう。
「結婚式、楽しみだな。」
前を向いたままそう言うと、チョコは俺を見上げて。
「…詩生ちゃん、何だか変わったね。」
優しい顔になった。
* * *
映と朝子ちゃんの結婚式は、めちゃくちゃいい天気だった。
「新郎さま、もう少し顔を真っ直ぐしていただいていいですか?」
集合写真でカメラマンがそう言うも。
「俺、右斜めからの方が男前に写るんだよなー。」
映は相変わらずマイペースだ。
「あ、じゃ俺もそうしよ。」
俺が映を真似てそうすると。
「俺もそうかもな。」
希世までが真似をした。
「ちょ…み…みなさーん…真っ直ぐお願いしまーす…」
「あははは。」
久しぶりに会う、元DEEBEEの面々は。
最初、俺と顔を合わせるのを気まずそうにしてた。
まあ…そうだよな。
今までも一番気を使わせてたのは俺だし。
それでも夕べはみんなで飲んだ。
俺はウーロン茶で。
もしかしたら初めての事かもしれない。
四人で…腹を割って話したのは。
「
「マジかよ…それ俺も見たかった。」
「…俺には守らなきゃいけねー家族がいるからな…何でもやるよ…」
まず話題に上ったのは、彰が高原さんに土下座して『俺も新バンドに加入させて下さい』と言った事だった。
そして、陸さんに弟子入りした成果を見せて…加入決定。
「もっと早くに気付けば良かったのに。」
今やF'sのベーシストとして名を上げた映が、柔らかく笑う。
以前はそっけない顔ばかりしてたのに…やっぱこいつも結婚して変わったな。
DEEBEEは…俺と映、二つ年下の
全員親がバンドマンで小さな頃から顔見知り。
幼馴染みたいなもんだった。
映が抜けた後はハリーが弾いてくれてたけど…
あいつも、早い段階で飽きてたよな…
「何もめでたい式の後に解散報告する事もないんじゃない?」
希世はそう言ったけど。
「勢いだな。」
俺がそう言うと、隣で映が笑った。
「旅で何かあった?」
俺が事件に関わった事は…一部の者しか知らない。
ついでに…
『浅井 晋』が発見された事も。
全て公にされないまま、今も色んな調査が進められている。
「詳しくは話せないけど、すげー事があった。おかげで俺、今PTSDなんだ。」
ウーロン茶を飲みながらさらっと言うと。
「ピ…PTSD…?何?」
希世が首を傾げた。
隣にいた映は驚いた顔をして。
「PTSDって…おまえ…何があったんだよ。」
どうやら希世と彰は何のことか分からないらしく、二人は顔を見合わせている。
「…心的外傷後ストレス障害。」
映が少し重たそうに二人に説明をする。
「命に関わるような…何かがあったのか?」
「ざっくり言うとそんな感じの事があった。」
「…じゃあ…今も発作が?」
「軽いけどな。でも、これが普通だって思う事で改善されて来た。」
「……」
映は複雑そうに、だけど真剣な顔で俺を見ると。
「…DEEBEEの事で自棄になって…じゃないよな…?」
低い声で問いかけた。
「え?」
俺はその言葉に目を丸くする。
自棄になって…って…
「自殺しそこねた…って?まさか。」
小さく笑って映の額を軽く張り倒す。
「そりゃ、確かにあの時はショックだったしムカついたけどさ…俺の力が足りなかったってだけさ。」
「……」
「旅に出た時も、まだ自分の小ささにへこんだままだったし…実際、もう歌うのはやめようと思った。」
俺の弱音を、三人は無言で聞いてくれた。
「DEEBEEをもっと上にって思ってたけど…一番足りなかったのは俺なんだよな。それに気付いていながら…何とかしたかった。」
「……」
「俺の力不足がDEEBEEをつぶしたって思う。」
「…まさか。詩生君の人気で持ってたようなもんなのに、何言ってんだよ。」
彰が唇を尖らせてつぶやいて、つい…笑ってしまう。
こいつ、可愛いとこあるな…
ガシッ。
記念撮影。
俺を挟んでる希世と彰が、肩を組んで来た。
「…これじゃ右斜めに向けねーんだけど。」
小声で二人に言うと。
「俺ら…詩生君がどこにいても、これから何をするにしても…力になれる事なんてないかもしれないけど…」
「…応援だけは、誰よりもしてるからさ。」
「……」
「また…音楽シーンに戻って来て。」
「世の女達をキャーキャー言わせてくれよ。」
「……」
俺は二人の肩に手を掛けると。
「別に俺は女にキャーキャー言われたくないね。」
ニッと笑う。
「でも…音楽はやめねーよ。」
「……」
その言葉には、前に座ってる映も笑顔で振り返って。
「あのー…撮影終わりませんよ?」
カメラマンを苦笑いさせた。
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