第20話 「ちゃうな。そっからスライドしてった方が、流れ的に雑でカッコええ思うで。」

 〇早乙女詩生


「ちゃうな。そっからスライドしてった方が、流れ的に雑でカッコええ思うで。」


 俺は今、じーさんにギターの指導を受けている。


 …病室で。



「…おまえ、意外とやりおるな。」


「…そっちこそ、ブランクのあるじじいとは思えない。」


 そう。

 15年のブランクと言っても…『ただ』のブランクじゃない。

 記憶障害や体力の消耗。

 精神的苦痛をいくつも味わって…あの場所が自分の墓場になる…と、もう覚悟も決めていただろう。

 そんな死の淵からの生還。


 なのに…



 昨日、華月から『あたしと組んで欲しいの』と言われて…

 俺より先に、じーさんがその話に乗った。


「そんなん彼女に頼まれたら、断れへんやん?」


 …いや、まあ…

 何でもいう事聞くって言った後だったしな。



 ともあれ…

 華月には一旦帰国してもらう…つもりだったが。


「じゃあ、ずっとそばにいてくれ。」


 俺が…我儘を言った。


 すると華月は満面の笑みで。


「もちろん。」


 俺の頭を抱きしめた。



千寿せんじゅにずっと習うてたんか?」


「ちゃんと習った事はないけど、親父が弾いてるのは間近で見てたし…ま、独学かな。」


「独学にしてはちゃんと出来てるで。」


「マジで?浅井 晋に褒められると、本気で嬉しいな。」


「ははっ。なんやそれ。もうただのじじいやで?」



 じーさんは…あの地下牢から出て病院で治療を受けて。

 まだ四日目なのに、超人的な回復をみせている。


『ケビン』については、何年か前に地下牢に入って来た言葉の通じない外国人に、勝手にそう呼ばれ始めたのがキッカケらしい。

 あまり長く誰かと一緒に居る事がなかったから、どう呼ばれても嬉しかった…と、じーさんは言った。


 そんな環境が続いたせいか、このじーさん…とにかく喋る。


「おー!!おまえ、廉の遺作聴いたんか!!名作やろ!?」


「臼井な…あいつ、俺の予想やと丸ハゲなんやけど…え?髪ふっさふさ?マジで?」


「え?どのライヴが一番えかったか?せやな~…五万人を前に演ったフェスもえかったけど……やっぱ、高校の文化祭やな。」


「俺の結婚式はな?え?聞いてない?いや、聞けや。」


 喋るのを止めたら死んでしまうんじゃないかってぐらい…喋る。

 でもそれを楽しいと思う俺もいるし…

 何より、そばにいる華月も楽しそうだ。



 そんな、入院してる事なんて忘れてしまいそうな…穏やかな幸せが続いたある日。





 …その人は、やって来た。





「…晋ちゃん…っ!!」


 ドアが開いた…と思ったら。

 その人は、そこにじーさんがいるのが分かってたかのように…

 俺と華月には目もくれず、じーさんに向かって駆け出した。


「え…っ?」


 俺と華月は目を向いて驚いて。


「は…はあ!?」


 じーさんも…落ちてしまいそうなほど、目を見開いた。


「見つかって良かったー!!」


「だっだっだだっ…」


 じーさんにダイブする勢いで抱き着いたのは…


「おばあちゃま!!」


 華月の…おばあさん。

 桐生院さくらさん。

 あ…今は『高原』さくらさん…か。



「わー…」


「……」


「……」


「……」


「…晋ちゃん…だよね?」


 抱き着いておきながら、確認するさくらさんに、つい…俺が笑ってしまうと。

 戸惑ったままの顔のさくらさんがこっちを向いて。


「あっ、詩生ちゃん!!良かったよー!!」


 今度は…俺に抱き着いた。


「あ…あはは。ありがとうございます…」


「おばあちゃま、あたしが目に入ってない?」


「書き置きだけ残して出て行ったクセに、心配して欲しいの?」


「う…」


 華月がタジタジだ。

 …さすがだな…さくらさん。



「えーと…あの…」


 じーさんが俺達に問いかける。


「俺の…知り合い?」


 その言葉に、俺と華月はさくらさんを見る。

 確か…LIVE Aliveの時に…


『丹野 廉君と浅井 晋ちゃん…あの二人のおかげで、あたしはまた…なっちゃんと恋が出来た』


 ステージの上でそう告白して…会場は騒然としたんだ。

 伝説のボーカリスト、丹野 廉と…

 行方不明中だった浅井 晋。

 二人を知るさくらさんは、いったい何者なんだ…って。



「あっ…そっか…」


 さくらさんは何かに気付いて小声でそうつぶやくと。


「ねえねえ、華月。これ見て。」


 バッグの中から取り出した何かを、俺と華月に差し出した。

 それは…


「わっ…りっちゃんのアルバムだ。」


 サクちゃんと…海さんが養女にした女の子のアルバムだった。


「…可愛いな。」


 噂には聞いてたし、俺も何度か華月のスマホで写真は見たけど…

 B6サイズのアルバムには、見た事のない写真もたくさん。


「神さん、デレデレだな…」


「そ。反対したのは誰?ってぐらい。」


 二人でアルバムを見入ってると…


「…さくら?」


 不意に…じーさんが声を上げた。


「正解。」


「おま…えっ…?全然変わってへんやん…て…今いくつや。」


「えー。女性に歳聞くかなあ。」


「せやかて…なんや俺だけ年食うてるみたいやんか…」


 じーさんが自分を見下ろしたり、自分で頬をパシパシと叩いて言う。


「あたしだって年取ってますよーだ。大きい声では言えないけど、64だもん…」


「ろ……よん……?」


 さくらさんの年齢に、じーさんは絶句。

 俺も…知ってるつもりでも、何度聞いても驚く。


 だって…さくらさん。

 華月のお母さんと双子みたいだもんな。



 それにしても…

 さっきまで分からなかったのに。

 急に思い出したのか?

 じーさんはいつもの饒舌に戻って。


「懐かしいなあ…あの家で三人で暮らしてたの。」


 急にベラベラと昔話を始めた。

 それはどれも…ここ数日に話した思い出とは全く違う物。

 思えば…丹野さんの話は、記憶が混乱してるようだった。

 …目の前で射殺されたって話しだもんな…



「あ。で…おまえ、高原さんとは…」


「おかげさまで。」


 さくらさんは、左手の薬指を見せる。


「マジか!!」


「うん。とは言っても…結婚したのって一昨年だから、まだ新婚なんだけどね~。」


「一昨年?」


「うん。色々あったの。」


「……」


 じーさんは色々と辻褄が合わないようで首を傾げたが。


「ま…今が幸せなら、それでええもんな。」


 すぐに考えるのを止めた。

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