第22話 翌日もさくらは来た。

 〇浅井 晋


 翌日もさくらは来た。


「晋ちゃん、昨日華月に聞いたんだけどね?」


 どうやら…詩生と彼女のユニットについての話をしに来たらしい。

 で、その…まだ出来上がってもおらんユニットを、夏のフェスに出す…とか…


「…はっ?」


 いきなりの提案に、俺は呆れた顔。

 ユニット組むのんは、そりゃええ話やん?とは思うたで。

 地下牢で聴いた詩生の歌。

 身内の贔屓目も入れて評価しても、ボーカリストとしては履いて捨てるほどの中に埋もれてしまうタイプやな思った。


 けど、楽曲はえかった。

 ソングライターとしての才能はある思う。

 ついでに、ギタリストとしても頑張れば伸びる思う。

 歌える人間と組んでやるなら化けるはずや。


 せやけど…



「夏って。それ、遊びやないんやろ?」


「遊びじゃないけど、遊び心も入れたいじゃない?お祭りだもん。」


「お祭りだもんて…」


 15年の間に、音楽シーンはこんなに変化したんやろか。

 だいたい、高原さんは結構厳しくやってたんやないんか?


「それ、高原さんの許可下りるんか?」


 眉間にしわを寄せて問いかける。


「なっちゃんの許可?うーん。これに関してはサプライズにしようと思ってるから、言わない事にする。」


「は?」


「だって、あたしが会長だから。」


「…へっ?」


「酷いでしょ?いきなりご指名受けて…嫌だって言ったのにさ…」


 か…会長!?

 さくらが!?


 驚き過ぎて言葉を失っとると。


「でも、やるからには全力でやっちゃう。だから晋ちゃん、協力してね♡」


 さくらは、廉と三人で暮らしてた日々を思い出させるような笑顔を見せた。


「…ほんまビックリやけど…ま、そういう事なら協力するわ。」


「ありがとう。で…」


 今、詩生は足の再検査で検査室に行っとる。

 病室には、俺とさくらだけ。

 二人きりなのに…さくらは少しだけ俺に距離を詰めて。


「…晋ちゃん、色々思い出したよね?」


 小声で言うた。


「……」


 無言でその目を見つめる。

 あの頃と…なんら変わらん…真っ直ぐな目。


「色々?」


 俺が首を傾げると、さくらは目を細めて。


「思い出してない?思い出して欲しい事があるんだけど。」


 笑顔なんやろうけど…ちとばかし…こっちが緊張するような雰囲気を醸し出した。


「…思い出して欲しい事?」


「あの時さ…」


「…廉が…撃たれた時の事か?」


「うん。」


「……」


「あの時…」


 自分が何をしたか、見たか…って聞くんか?

 それを聞かれたら俺は…

 おまえが全部やったんか…?って…聞くで?

 ええんか?


 少し心臓がやかましくなって来た…思うてると。

 さくらが言うた。


「あの時、子供が飛び出して来たよね。」


「…は?」


「廉君…子供を助けようとしたじゃない?」


「……」


 意外な事を聞かれた気がして、少しだけマヌケな顔になった思う。

 それでも俺は、記憶の中にその場面もある事を…知ってる。


「ああ。確かに…廉は子供を庇ったな。」


 あの場面自体は思い出したくなくて、小さく首を振る。

 そうした所で記憶は飛んで行かへんけど…そうしたくなった。


 すると。


「その子って…こんな子だった?」


 さくらはそう言うて、一枚の写真を差し出した。


「……」


 俺は差し出された写真を見入った。

 それには、誰かの似顔絵…?が描いてあるんやけど…


「…誰や、これ。」


「えっ、分かんないか…じゃ、こっちは?」


 続いて、また一枚。


「……分からん。」


「えーっ?じゃあこれは?」


 また…一枚。


「……」


「んんん~…分かんない?よく見て?」


 よく見て。言われて…

 三枚の写真をしっかり見たけど…


「…て言うか、これ誰が描いたんや?特に三枚目…下手過ぎるやろ。」


 写真の中、似顔絵らしき物は…確かに人の顔なんやろけど。


「しっかり見て?」


「……」


 三枚の写真に共通する物言うたら…


「…髪の毛が黒くて、目が鋭い系の…男か?」


「そう!!正解!!」


「正解て。」


 さくらの大げさっぷりに、つい笑うてまう。


「で、これ誰やねん。」


「神 千里さん。」


「神 千里…ああ、マノン誘うてF's組んだいう、あいつな?」


「そう。あたしの娘のお婿さんなの~。」


「は?」


「ちなみに、この絵は華月が描いたの。」


「うっ…えっ…?」


 詩生の彼女が描いたと聞いて、ちと吹き出しそうになった。


 いやー…

 モデルや言うし、挨拶も気遣いも出来る可愛らしい子やし、英語も喋れて完璧やん。思うてたけど…

 …まあ…絵は下手でも生きていける…


 が…

 こりゃ酷いな~。


 俺は苦笑いしながらも絵を見入る。


「ま、ガキの頃の絵は、みんなこんな感じで…」


「一枚目が9歳、次が10歳で、晋ちゃんが下手過ぎるって言った三枚目は12歳だったかなあ?」


 …そらあかん。


「…美術の成績悪かったやろ。」


「あ、やっぱりわかっちゃう?」


 なんや…さくらの笑顔見とると、めっちゃ気持ちが良うなってきた。

 手元に置かれた下手くそな絵の写真も、見れば見るほど癒されてく感じになった。


「うちの大家族紹介するね?」


 さくらは椅子を引っ張って俺のそばに来ると。


「見て見て。」


 バッグからアルバムを取り出した。


 その写真の中には知った顔もえっと出て来て。


「マジか!!臼井、髪の毛ふっさふさやんか!!」


「失礼だなあ~。」


「詩生にも聞いてたけど、真っ黒や思わへんやん!?地毛やないよな!?染めてるよな!?」


「知らないよっ。だって、あたしが知る限りではずっと変わんないもん。」


「うええええ…はっ…高原さん…痩せはったなあ…」


「ああ…それはちょっと病気をしてね…?」


「病気?」


「うん…実は…」



 それから俺は…

 さくらに、ビートランドの色んな話を聞いた。

 15年潜ってたわけやから、当然浦島太郎なわけで…


「これ、ライヴ映像。でも刺激されちゃうと思うから…体調いい時に見てね?」


「見る見る!!で、俺もビートランド入れてくれ!!」


「あはは!!それいいね!!楽しそう~!!」


 めちゃくちゃ幸せな気分になって…







『何か』を。




 忘れた。

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