第43話 「あたし…フェスに出るの。」

 〇桐生院華月


「あたし…フェスに出るの。」


 おじいちゃまの肩に頭を乗せたままつぶやくと。


「……」


 おじいちゃまは無言で傍に置いてたスマホを手にすると。


「…『MOON SOUL』か。」


 メールで届いてたデータを開いて、その中から一つだけ…あたしと詩生のユニット名を言い当てた。


「…うん。」


「…オーディション組に関しては、各々の責任者に任せたから…当日までの楽しみにしておこうと思っていたが…」


「ごめん。喋っちゃって。」


「いや…嬉しいよ。」


 近くで聞こえて来る声は…昔から聞き慣れた声とは少し違ってしまったけど。

 それでも、昔から大好きな…『高原のおじちゃま』だった頃から大好きな…声。


 優しくて厳しくて。

 とても大きな人。



「…あたし、超サラブレッドだけど…ずっと歌ってたわけじゃないから、カエルの子はカエルって言われないかも。」


 小さく笑いながら言う。


「別にカエルじゃなくてもいいだろう。千里は知ってるのか?」


「うん。『思ったよりは良かった』って言われた。」


「ははっ。厳しいな。」


「でも、当たり前よね。それでも…あたしはあたしのやり方で、詩生の力をもっと引き出したかったの。」


「……」


「今となっては…おじいちゃまに感謝してる。」


 あの時、おじいちゃまがDEEBEEに解散を言い渡さなかったら…

 詩生は旅立たなかったし、事件にも巻き込まれなかったし、PTSDにもならなった。


 だけど…


 あたしと歌っていく事も、選ばなかったかもしれない。



「…おじいちゃま。」


「…ん?」


「おじいちゃまに歌わないで…って言うのは、残酷な事なんだろうなって思う。」


「……」


「だけど…歌わないで。」


「華月…」


「今回のフェスは、歌わないで…おじいちゃまが育てた宝物を、しっかり見て欲しいの。」


 あたしは、酷い事を言ってると思う。

 だけど…言わずにはいられなかった。



 スタジオで、里中さんとおじいちゃまの電話を聞いてしまったあたしは。


「…どういう事ですか…?」


 里中さんに詰め寄った。

 最初は無言のまま、あたしから視線を逸らしてたけど…


「…随分体調が悪いみたいだ。」


 一言、そうとだけ…吐き出すようにつぶやいた。


 会話では…『生きていて欲しい』って。

 だとしたら…

 命に関わるほど体調が悪いって事になる。

 確かに、ここ数ヶ月で…おじいちゃまはすごく痩せたし、顔色も良くない日が多かった。


 里中さんは覚悟を決めたみたいに息を飲んで。


「口止めされてるから、多くは言えない。だけど…高原さんに…フェスに出る事を諦めさせてくれないか?」


 あたしの両肩に手を置いて言った。


「え…Deep Red…出るんですか?」


 確か…掲示板にあった一覧には、名前がなかった。


「勝手に外したんだ。今頃怒り狂ってるかもしれない。」


 …おじいちゃまが怒るって分かっていながら、里中さんは…

 それはもう…緊急事態としか思えなかった。




「…里中を脅してしまった。」


「ふふっ…だから毒がなかったんだ。」


「毒がなかったか。」


「うん。全然叱られなくて、拍子抜けしちゃった。」


「……」


 おじいちゃまはあたしから離れると、首を傾げて…優しく笑った。

 その笑顔が、何だか…悲しいぐらい…

 何かを終えたような…満足そうな笑顔で。

 あたしは涙が出そうになるのを、必死で堪えた。



「…さくらが帰って来たら…病院に行くよ。」


「病院…?」


「すぐにでも入院しろって言われてたからな…」


「我儘言って、伸ばしてたの?」


「ああ。困らせてた。」


「…あたしも、ついてく。」


「…ああ。頼むよ。」



 それから間もなくして、おばあちゃまが帰って来た。

 全部解ってたのか…おじいちゃまの顔を見てすぐ、納得したように頷いて。


「ありがとう…なっちゃん。」


 そう言って、おじいちゃまを抱きしめた。

 そして、あたしの事も抱きしめて。


「華月、ありがとね。」


 小さな、小さな声で…そう言った。





 〇島沢尚斗


『ナオトさん…ごめん。なっちゃん、入院したんだ…』


 さくらちゃんからの連絡を受け、俺は目を閉じた。


 今月末、Deep Redのアルバムがリリースされる。

 フルアルバムとしては15年振り。

 そして、おそらく…最後の作品。


 俺達の持っている全てを、短期間で出し切った。

 喉の手術をしたナッキーが、以前と同じように歌えないのは当然だが…

 俺達だって同じだ。

 昔と今じゃ、何もかもが違う。


 実際、近年の周年ライヴではミツグのサポートで京介と光史が叩いたぐらいだ。

 それを思うと、このアルバムでは叩ききったミツグも…最後と分かって、魂をぶつけてくれたのだと思う。



 テクニックが落ちたわけじゃない。

 年齢と共に体力が落ちる事は否めないが…

 歳を重ねて失くした物があるとしても、増え続けた物もある。


 それらを詰め込んだ、新作であり終作でもあるアルバム。

 出来れば…その曲を、LIVEで演りたかった。


 当初、Deep Redも来月のフェスに参加する予定だった。

 だが…ナッキーの調子が悪いのは、一目瞭然。

 よくあんな状態でフルアルバムを録り終えたと思う。


 もう、歌わせられない。

 そう判断したのは、俺とマノンで。

 里中と千里に連絡して、フェスの名簿から名前を消してもらった。


 ナッキーは憤慨したらしいが…仕方ない。


 生きていてこそ、だ。

 生きてさえいれば、まだ音楽と関わっていく事は出来る。



「あの強情ジジイがよく入院したな。」


『華月が説得してくれて。』


「ははっ。やっぱ孫には弱いか。」


『…これで、いいんだよね…?』


「……」


 さくらちゃんの元気のない声に、胸が痛む。


「…これでいいかと聞かれると…これでいいんだ。と言い聞かせるしかないかな。」


『あっ…ごめんなさい…ナオトさんだって辛いのに…』


「…そんな事より、さくらちゃん。頻繁にアメリカに行き来してるらしいけど、体は大丈夫?」


 とりあえず、話題を変える。

 今は…ナッキーを思うと、本気で辛い。


『あたしは、元気だけが取り柄だから!!』


「ははっ。ほんと不思議だよなあ。君だけはいつまで経っても歳を取らない。何かいい物でもあるの?」


『えぇ…うーん…あたし、寝たきりだった時の時間の分だけ、みんなより歳取ってないのかも?』


「冷凍されてたわけでもあるまいし(笑)」


『ふふっ。実は……なーんてっ。』



 あえて…さくらちゃんも、おどけて話してくれた。

 その後も、差し障りない会話をして、電話は終わった。



『…これで…いいんだよね…?』


 さくらちゃんの言葉が、胸に残った。


 これでいいのか…?

 ナッキーから歌う事を奪って…


 それでもあいつは…



 生きていると言えるのか…?



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