第27話 『おいおいおいおい!!そんなんでデビューするつもりか!?おい―――!!』

 〇桐生院華月


『おいおいおいおい!!そんなんでデビューするつもりか!?おい―――!!』


「………」


『下手くそがっ!!』


「………」


 里中さんの形相に、あたしが絶句してると。

 隣でギターを弾いてた詩生は、ピックを口にくわえてチューニングをし直して。


『もう一回最初からお願いします。』


 何でもないような顔で、マイクに向かって言った。


 そ…そうか…

 これが…噂の…


『華月、いくぞ。』


 呆然としてるあたしに、詩生が声をかける。


「あっ…う…うん…」


『マイク。』


 はっ。


 あまりにもギャップの激しい里中さんに驚いて、マイクを持つ事すら忘れてしまってた。


『…よ…よろしくお願いします…』


 今日は、出張でこっちに来た里中さんに…初めてあたし達のリハを聴いてもらっている。

 里中さんが滞在予定の一週間以内で…何とかOKをもらわないと。

 あたし達は…フェスに出る事が出来ない。



 里中さんに聴いてもらうって決まった時点で。

 前もって、詩生から。


「おまえ、覚悟しとけよ?」


 とは言われてたんだけど…


 …想像以上だよ…!!



『待て待て待て待て!!こるらあああああ――!!何でそこ急に細くなんだよ!!ひ弱かっ!!』


『っ…』


 里中さんが怒鳴るたびに、あたしの声が止まる。


『華月。』


 そのたびに、詩生があたしの名前を呼ぶ。


『…すみません。もう一度最初から。』


 アコースティックギターに、あたしの声が乗る。


 詩生は夏のフェスのために…この短期間で6曲も新曲を書いた。

 それはどれも耳に残る、覚えやすい曲で。

 あたしは…手放しで喜んだのだけど…


「ええか?覚えやすい曲って事は『誰が歌っても同じ曲』でもあるんや。」


 詩生のおじいさま…浅井さんにそう言われた。


「…誰が歌っても…」


 確かに…SHE'S-HE'Sの楽曲は、母さんじゃないと歌えない。

 F'sだって…そう。

 誰かがカバーしたとしても、母さんも父さんも唯一無二のシンガーだから…



『ダメだ!!』


 サビに入った所で里中さんに叫ばれて、あたしの心が折れかけた。

 もう…15回もサビ前で止められてる。

 …一度ぐらい…最後まで通させてくれたって…


『どんなにサラブレッドでも、声だけじゃダメなんだよ!!分かってんのか!?』


『……』


『詩生の作った曲の意味、ちゃんと解って歌ってんのか!?あ!?』


 あたしには…有り余る才能の血が流れてると言うのに。

 たった一曲を通して歌わせてもらう事も、たった一人を納得させる事も出来ない。


 …超サラブレッドだ。って、高を括ってた。


 真剣に歌って来た人達に…

 血だけでかなうはず…


 …ないじゃない…。




 〇早乙女詩生


「華月。」


 へこんだ風の華月に、水を差し出す。


「…ありがと…」


 里中さんのスパルタは有名だし、俺も何度かメンタルやられたけど…


「あれだけ怒鳴ってくれたって事は、期待してくれてるはずだぜ。」


 華月の頭をポンポンとして言うと。

 唇を尖らせた華月が、上目遣いで俺を見上げた。


「マジだって。」


「…期待に応える前に…つぶれちゃいそうだよ…」


「……」


 小さなつぶやきに、頭の上に置いていた手で身体を引き寄せる。


「SHE'S-HE'Sも、F'sにもダメ出しする人だぜ?」


「…うん…」


「俺も泣きそうになった事あるし、実際腐った事もあるけどさ…今日、怒鳴られてワクワクした。」


「……」


 華月が無言で眉間にしわを寄せる。


「ははっ。顔に出過ぎ。」


 その眉間に、チュッと音を立ててキスをする。

 怒鳴られてワクワクするなんて、どれだけマゾ体質かっつーの。


「…華月。」


「ん…?」


 引き寄せてた身体を、両手でギュッと抱きしめる。

 柔らかい髪の毛に頬を寄せると、面白いぐらいホッとする自分がいた。


「…大御所ですら、怒鳴られる注意点がある。」


「……」


「俺らみたいなペーペー、怒鳴られて当然。」


「…分かってる…」


「ほんとか?まー…俺は、怒鳴られなかったDEEBEE最後のリハが、一番キツかった。」


「……」


 あの時…希世がいつもより叩けてて…彰が合わせにくそうだった。

 俺も、歌いにくかった。

 いつもの、慣れ合いのあるDEEBEEじゃなくて…居心地が悪かった。


 里中さんが、ノン君を指名した。

 俺の代わりに歌え、と。


 俺に持たれたまま、役目を果たせないマイクに『どーしてくれるんだ』って責められてるような気がした。

 それほど…ノン君の歌に…打ちのめされた。



「あの時、俺は見限られた。って痛感した。あれだけ怖いと思ってた里中さんのダメ出しがないって事は、もういなくて結構って事なんだって…」


 今はまだ…思い出すと胸が少しだけ痛む。

 だけど、あの悔しさは忘れちゃいけないんだ。



「…ありがと…」


 ふいに、拗ねたような口調で華月が言った。


「あたし…あまり叱られて育ってないから…打たれ弱いのかも。」


「ははっ。ほんとかよ。」


「また、こんな風に弱ったら…助けてくれる?」


 華月の両手が腰に回って来て。

 俺を見上げる目は…どこまでも純粋で美しい。


「…もちろん。俺達、一緒に強くなってくんだもんな。」


「うん。」


 そっと唇を合わせて。

 俺はもう、オーディションには受かる気しかなくて。


 だとしたら…


 フェスで。


 華月に、とびきりのサプライズを用意したい。



 そんな事を考え始めていた。

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