十五日目「遂に出会う二人は」

「ユーリッド?」


 また、先生がごっそり魔力を持っていった。相当ヤバい相手らしい。しかも、俺がであることがバレている。そうじゃなきゃあっさり撤退しているはずだからだ。


 軽率に先生を動かしたのがいけなかったのだろうか。


『────お願いだ。行かせてくれ』


 ……いや、あれが最善だったはず。そうじゃないと先生を動かす意味がない。


「ユーリッド……大丈夫?」


「またぼーっとしてるんですの?」


 先生は大丈夫だろうか。魔力が足りてない。でも倒れるほどじゃないから、足は止めない。


「ユーリッド!」


「………………、あ、何だ? そんな大声出さなくても聞こえてるぞ」


「嘘付くな。全く聞こえてないでしょーが……疲れてるの?」


「んなわけねぇだろ、ピンピンしてるっての」


「だから嘘つかなくて良いって。……ねえ、何やってるの?」


「歩いてる」


 明らかにシェリーアが不満顔になる。仕方ない。先生の事は知らないし、知る必要はないから。


「ふざけないで答えて……────先生って、誰?」


 ────。


「もう一人、死霊術で使役してる人が居るんだ。それが先生だよ」


「それ、私が殺した人?」


「………………さあ、どうだろうな」


 顔も見れない。シェリーアはどんな顔をしてそんなことを聞いたのか。


「あっそ。じゃあいいや」


「お嬢様? どこ行くんですの?」


「リースちゃんはユーリッドの事、頼んでも良い?」


「おい、何処に」


「先生、大事なんでしょ? 今の私なら、ユーリッドを観測起点に? えーっと、細かい理屈はいいやわかんないし。ともかくユーリッドが見てるから先生さんのところまでワープできるんでしょ? 行ってきまーす」


「おいシェリーア!!!?」


 ────シェリーアが目の前から消えた。同時に俺の感覚が先生の元までテレポートしたシェリーアを捉えた。


「うぇっ、消えましたの!? どういう……」



 ◇◇◇◇◇


 このときの俺は、確かに思ったのだ。


『どうして俺はこの時までその決断が出来なかったんだろう』


 って。


 ◆◆◆◆◆



 ────テレポートが終わると、そこでは変態が凍り漬けになっていた。


 氷塊の前で佇む銀色の女性が、それをやったらしい。彼女が、私に気付いて振り返った。


「きみは…………なるほど、バレちゃったみたいだね」


「……貴女は〈雹帝〉イルミア=スターリアさん、ですか…………!?」


 ああ……道理で、ユーリッドが止めるわけだ。


 ────彼女が、〈雹帝〉こそが、私が初めて殺した英雄。そして


 それが七年前そのままの姿でそこにいた。


 間違いなく彼女はユーリッドの手によって密かに使役されている。きっと、禁忌を踏んで七年間ずっと一緒に居るくらいには。その意味がわからない私ではない。


 ユーリッドにとって、彼女はだったはずだ。その間柄がどんなものか分からないけれど。きっと、ユーリッドの中で私は彼女の足元にも及ばないのだろうと直感してしまった。


 じわりと。意味も分からずに後退る。


 そんな私に、彼女は微笑んだ。


「いいや、ただの亡霊だよ。だから泣かないで頂戴な」


「な、んで……いや、その前にそこの、変態を」


「そっちはちょうど終わったところだね。中々に骨が折れたよ……あの子は大丈夫だったかな?」


「え、ユーリッドの、ことですか? あいつ、えっと、あの人? なら、滅茶苦茶体調悪そうでした、よ? はい」


「そうか、やっぱりあの子には無理させちゃったか。あと君はそんなに畏まらなくても良いんだよ。所詮死人だ。死んだ人間を畏れる必要はないしね」


「わかり、ました」


「……む。まあ、追々でいいか。折角二人きりなんだし」


「ぇ?」


「シェリーアちゃん、ユーリッドの事は好きかな?」


「────ふぇ?」


 なんで突然そんなことを聞いてくるんですかワケわからないんですけど!!!?


 ええええとあいつの事が好きかどうか? そんなの嫌いに決まってるじゃん、まーーーったくそれ以外ないし!! ないない!!


「あ、その反応だけでよぉくわかった。ラブだね?」


「ななななななななななないですっ! ありえないぇって!!!」


「ふふふ、うんうん。良かった、これなら大丈夫そうだ」


 余裕たっぷりにイルミアさんが頷く。だからあの男のことなんてべっっっっっっっっつに!! 好きじゃ無いって言ってるのに!!


 もしかしてイルミアさんはそう思い込みたいだけなんじゃないんですか!!?


「イルミアさん!! もしかして貴女こそユーリッドの事が好きなんじゃないですか!!」


「好きだよ」


「────。」


「……冗談だよ、あははっ、固まっちゃった」


「じょ。冗談ですか……」


 心臓に悪い即答だった。ん? なんでビックリしてるの私は。


「まあ、戻ろ? そこの変態は……まだ死んでないんだけど、これ以上は斬れも潰せもしなくて、そうなると私にはどうにもできなくて……」


「これで死なないってさすが、ゴキブリ並みの……」


 氷山に飲み込まれて固まっている全裸の男を罵倒する。


『イイね、滾っちゃう、もっと言ってくれ!!』


「「……」」


『ああっ!! イイ無言!! 放置プレイってヤツだァッ──』



 ────……無言でテレポートした。



 ◇◇◇◇◇



 ────見るものに恐怖を与える魔法の焔の塊が散っていく。呪焔と呼ばれる魔物は、たった今その憎悪を燃やしきったのだ。


「────倒した。これが〈呪術師の肺〉っていう対の宝石だ」


「わあ……すごいですわー!! 炎がぶわーってなって、水がびしゃーって!!! どうやってるんですの??」


「………………」


 半ば八つ当たりみたいな感じで、ひたすら水魔法を叩き付け続けただけだ。リースハーヴェンにはウケが良かったけれど、ただムカつくような感覚だけが残っている。


「……先生お帰り。シェリーアも」


「や、ただいま」


「…………ただいま」


 揚々と手を振っているのが先生で、シェリーアはなんか落ち込んでいる様子。


 ……あいつ、大丈夫か?


「〈呪術師の肺〉は手に入ったし、長居する用もねえから。もう共和国に入るだけだぜ」


「「……」」


 先生は笑顔で聞いていて、シェリーアは更に一歩引いた風に感じ取れて……えっと、なんつーか。


 空気悪いな……!!!


「い、行こうぜー!」


「行きますわよー!!」


 ……こういう時だけは、リースハーヴェンの喧しさが有り難かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る