十二日目「襲撃されて不安よな、〈雹帝〉、動きます」
翌朝。リースちゃんは浮かれていた。
「…………ふんふふーん♪」
霊峰なう。山だっていうのに、ハイヒールだしいつも通りのドレス着てるし、なんなら見せびらかすように昨日のネックレスを胸の谷間に乗せている。私より数段大きいな……あの胸。
登山だっていうのに邪魔じゃないですかその二つのお山? え、胸はとれない? ちくしょうめ。
恋愛運の上がるとかいうネックレス、流石に頭も冷えた私は、ないわーって思って付けてないけどリースちゃんは完璧に騙されちゃってるらしい。
「やけに機嫌が良いな、リースハーヴェン」
「そう見えますかしら? 見えてしまっているのかしら???」
ユーリッドがうざそうにしている。あとチラチラ胸見てやがる。私の時はそんなの無かったじゃん。
見るほどない? ぶっ殺すぞ。
「なーんと、これさえあればあらゆる運が上昇し────」
「あーなるほど騙されてんぞそれ」
ユーリッド、リースちゃんが発言途中にも関わらず一刀両断。リースちゃん固まっちゃったじゃん。
「…………し、知ってましたけど? お嬢様は知らなかったみたいですけど?」
「…………そっか」
やたら優しい目でユーリッドが見てくる。
うぁ、やめれ。そんな目でみるな……。
「り、リースちゃん! なんでいうのさ!!」
「え? 駄目でしたの?」
駄目って言ってないけどさあ、もう。恥ずかしい……絶対ユーリッド誤解したでしょ騙されて買わされてるアホだって。
「大体分かってて買ったし!! もしも一%でも恋愛運上がるなら買って損することは無いでしょ!?」
「はいはいわかったわかった後で見せてくれ、支援魔法捩じ込んでやるからな……」
だからそんな目で見るなぁーっ!!!!
◇◇◇◇◇
────昨日辺りからやけにシェリーアが遠い。
元々ほんの僅かに運が良くなるの魔法が入っていたネックレスに、強めに幸運になる魔法を捩じ込んだやつをシェリーアに返しながらそんなことを思った。
「…………ねえユーリッド、幻滅した? こんな騙されやすい女で」
「結局騙されてんの認めるのかよ……」
「なに、悪い?」
「…………はいはい別に幻滅なんかしねーよ」今更するほど幻想をもってねぇし。
突然こんなことを言うような女だったか? 訳がわからん。
まさか匂いか? また匂いのせいでシェリーアが変になってるのか……? 有り得る。匂いのせいで、変な行動をするようになったのだし、何かを歪めてしまっている可能性はとても高い。
…………だとしたら、この旅行が終わったあと────シェリーアは、元のシェリーアに戻るのだろうか?
「ユーリッド?」
「何でもねえよ」
「ふーん」
初対面の時よりも、彼女との距離が遠い。匂いを警戒しているのだろう。それでいい。変わらず、俺を嫌っていろ。
◆◆◆◆◆
それは突然現れた。
「────みぃ、つけた!!! 覚悟しろ〈煉獄〉ゥ!!!!」
「はいはい知ってた。燃えとけ」
「「「「んぎゃあーーーー!!!!」」」」
約四名の丸焼きが、突然。
だ、誰……? 死んでない……?
確認する。
「し、シルバーくんだ」
息はある。魔法に耐えたのか、手加減かは分からないけど死にはしなさそうだ。
「チッ……またこいつか。舌噛むなよ!!」
ユーリッドが何かに気づいたように、リースちゃんの方に手を伸ばす。
リースちゃんが浮いた。その下を通り抜けていく何かの魔力。
「わひゃうっ!!? 何ですのぉぉ!?」
「〈裁弓〉だ」
「〈裁弓〉ですの!? 英雄ですの──ひゃあああああああ!?」
矢に当たらないようにリースちゃんの位置を調製しているユーリッドだが、リースちゃんは右へ左へブンブン振り回されて悲鳴を上げている。多分魔力の弓矢には気付いていない。
「ちょ、逃がしてくださいまし! コウモリ化────」
「待て今そう弱体化されると困「ぷぎゅる」言わんこっちゃねぇ!!!」
矢に殴打されて一匹のコウモリが射ち落とされるといっせいにコウモリが落ちる。ユーリッドは的確にリースちゃんの本体を抱えあげると走り出す。
「あー……クソ、逃げるぞシェリーア先走れ!!」
「うぇっ、グランデくんひっぱたいて行かないの!!?」
「流石に霊峰のどこにいるのか一瞬じゃわからねぇ!! 矢の射出位置を弄れる以上、こっちから探しづらいのは分かるよな!?」
「あ、そっか」
私も遅れて走り出す。
「…………先生、行けるんですよね? 無理はやめてくださいよ」
…………?
ユーリッドが何か呟いていたけれど、よく分からなかった。先生って、誰だろう……?
◆◇◆◇◆
「……ハニーは騙されている」
ぶつぶつ呟きつつ弓を構えている少年。そのとなりに座り込んだ半裸の男は一連の動きをみて感心したように呟いた。
「いやあ、見事な対処だ。矢は食らっていない、斥候に何かさせる前に燃やし、遁走。いやー、見事見事。さすが〈煉獄〉ってところか」
「騙されているんだ」
「で、最後に……彼は……ははっ。伝え聞いた報告通りだ」
「騙されて──え?」
グランデ=エクスフォードの手が、指先から凍りつき始めていた。
「なんだ、これ……ハニー……!?」
「────会いたくない肌色面積の野郎がいるとは私は聞いていなかったのだけれど」
「お久しぶり、かな。〈雹帝〉の亡霊さん。もしかして自然発生したのかな?」
「…………ダメだろう、そんなこと言ったら。逃がせなくなっちゃったじゃないか」
半裸の男が纏っていた
「なあ……全裸騎士、助けて……死……に、たくな「なぁに、この女の魔法では死人は出ないさ。何せ〈雹帝〉は僕と同じ志を持つ軍人だったからさ。……おや完全に氷像になっちゃったね」
「今の私、軍人ではないし君と同じ志を持っていたことなどないのだが」
「なに言っているんだよ、同じ平和主義の英雄様じゃないか」
林立した木々に身を隠したままの〈雹帝〉が苛立たしそうに舌打ちする。
「君、下半身でしかものを考えられない男だろ? まるで同じみたいに言わないでくれるかな。汚らわしい」
「そうかな? 案外気持ちイイぜ? 欲望に身を任せてみろよ、君もね」
「うるさいな────」
遂に、〈雹帝〉が動き出す。戦場では終ぞ当たることのなかった二英雄が正面からぶつかり合う。
「そうさ、ヤろうぜ!!」
「うるさいな、変態……!!」
────そしてこの日、平和な霊峰の一角が向こう百年以上氷雪吹き荒れる危険気候地帯に変貌した。
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