七日目(2)「揉んだら思ったより柔らかかった」


「という訳でおこです。奢れ」


「……これはまた随分……高そうな服だな……」


俺はメイフィールド邸でなんか生地の高そうなスーツを着せられた。詳しくないがわかるぞ、絶対に五桁万単位で済む服じゃねぇぞ、この艶とか構造とか、帝国の偉そうな奴が着てるような服じゃねえかこれ。


「そう? 普通よ普通。……あんたには似合ってないけど」


「そーかよ」


一方シェリーアは赤のドレスを着ていた。肩はまるごと露出してるし、思い切り胸の谷間が見えるようなヤツだ。恥ずかしくないのかね。


そう思って周りを見たらどいつもこいつも色違いに高そうな服を来ている。


そうここは王都屈指の高級な店の立ち並ぶ商店街。歩いてるやつは大体貴族。


「まあとにかくついてきなさい? 交際している男女が普通行くような所、案内してあげるわ」


「……お前最初に安酒場に連れてったこと滅茶苦茶根に持ってやがるな?」


「それはどうかなー」


澄まし顔。だが絶対根に持ってるね間違いねーや!!


「そもそも手持ちはあることはあるが、あんまり無駄には使えねぇぞ?」


「……それは私の問題でしょ。この先足りなくなったら私が出すからいいわよそういうのは」


「いやこうなったのは俺が居たからだろ」


「別にそんなに気にしてないわよ? 例えばそうね、見てなさい? ……えいっ」


シェリーアは掛け声と共に掌に拳大の大きさの綺麗な球をした炎を一息の間だけ出現させた。維持は出来ないのだろう、ふらふらと揺らぐように消えた所を見るに。


「魔法、使ってみたかったんだよねーっ」


「そりゃよかった。今のお前におおよそ使えない魔法はないからな」


「え、本当!? …………死んでよかったぁ」


シェリーアは感極まったように、そう言った。


「……そりゃねーだろ」


「ん? なんか言った?」


「言ってねえよ」


「そ。着いたよ」




────当然のようにドレスコードを求められながら入店したところまでは覚えているが、ガバガバと憂さ晴らしのように酒を空けるシェリーア(のペースがおかしいだけでマナーがしっかりしてるので育ちのいいお嬢様感があったのがちょっとムカついたの)と、メニューの桁数に目が眩んだところは覚えてるが、この夜の俺の記憶はこのあとからははっきりしない。



◆◆◆◆◆



店員さんに促されるように席につく。ここは静かでしっとりした雰囲気のBARだ。


私は前にも言ったかもしれないけど、恋愛結婚がしたかった。少なくともこんなおっさんと政略結婚したかったなんて思うわけもないわけですが、まあそれはそれ。


意中の男が出来たとき、一緒に行ってみたいお店とか調べたりしたんだよね。その内の一つがここ。


さて、まあそんなことはどうでもいいんだ。過ぎたことだし。


「手、出して」


「は?」


「……〔強化解除〕…………っと、うわー、めっちゃ手汗酷いね?」


「うううううるっせえな……」


高級な店に来たことがないのかガチガチに緊張しているユーリッドに向かって魔法を手渡しした。なんか驚いておきながら素直に従ってるの、ちょっとかわいいような……。


ともあれなんで強化解除? と思ったかもしれない。


たぶんこの男、酔い止めの魔法を使っている。なんか糸を裁ち鋏で切るような手応えが返ってきて、成功を悟った。


「……お前、今……」


「ん? なにか言った?」


「いや、まあ今はいいや。店員さん来たし」


────っはーーーービックリしたー!!! バレたかと思ったぁ!!!


「ご注文は」


「これとこれと、それからこれを」


「ばっ、おま、頼みすぎ……ッ!!」


ばーーーか!!! あんたが魔法を何でも使えるって言ったから私は何でも魔法を使えるって気付いたのよ!! 二日酔いになっちゃえ!!!


「あんたは?」


「……ええと……………………。駄目だどれが良いのか分からん」


「素直でよろしい、初心者なあんたには上級者の私がこういうところの流儀を」


「────以上でよろしいですか?」


「あ、すいません………………これとこれを……」


「畏まりました、では」


肩を震わせて笑うユーリッド。


ムカついたので足を振り抜いた。


「当たるか」


外した。むぐぐ……この男、魔導師兵だったよね、なんでこんなに回避力高いの? 前世メタル系の生き物だったの?


まあいいや。お酒来たし。


「瓶で来るのか」


「量飲みたいし、良いじゃん?」


「俺の財布が……」


「足りなかったら私出すって。安心してよ」


「単にそうなったら俺の財布自体はオーバーキルなんだよなあ。酒はうまいけどよ……なんかこう、女に金を出させるのは駄目じゃねぇか?」


「そうかな。あ、お酒結構数頼んだしどんどん呑んでいいよジャンジャンのもー」


「俺の金なんだが……?」


そう言いつつ、空いたグラスに注ぐことは抵抗していない。


「つか何だよ、めっちゃ飲まそうとして来るじゃねえか。お前はいいのかよ。俺の奢りだぞ?」


「呑んでるじゃん」


「あー? のんでないだろー、嘘吐くなよー」


あれ? 顔赤いよ、ねぇ?


「そういえばユーリッド、あんた私のことどう思う?」


「どう、って? ……そりゃああれだ、あほ」


ぐ……っ!?


「いや顔も地頭もさー、良いのは分かるんだ……、でもなんだろ……あれだ、いもうととか、いたらこんな感じじゃないかな。せんせい」


「先生?」


ユーリッドはぐいっと一口酒を煽る。もう焦点が合ってないように見えた。


「……? いや、ほら……せんせ……は、せんせい……だろ……ぐう……」


…………よ。


「酔いつぶれたぁーーーッ!?」


よっわっ!!!!!!!!


ええ、弱過ぎない!!!!!?


「……えいやっ」


ぺちっと、虚しい音をたてて私の右手がユーリッドの頬を捉えた。


むにむに。


「うわあ、よわあ……」


◆◇◆◇◆


本日の勝負


一勝一敗(組手、飲み)

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