二章:婚前旅行(王都編)

七日目(1)「マタタビみたいな匂いするわね」


私は昨日、死んだらしい。


よくわからないけどそういうことらしい。


うーん。


「ユーリッド」


「何だ」


「匂う。離れて。あっち行け、しっしっ」


「酷いな!? これでも毎日風呂に入っているんだけどな……マジで匂うか? 本当にそうか?」


「匂う匂う。洗い方が足りないんじゃない?」


……多分体臭じゃないような気がするけど、近くにいると、おかしくなりそうなので遠ざける。


あー!!もう!! 嗅がせようとするなー!!


「そっか……悪かったな、外出てるわ」


「そーしろそーしろー」


ユーリッドは外に出た。ちなみにここは馬車だ。当初の通り王国に向かうのだ。丸三日ほど顔見せとかなんとかで滞在する話になってる。


……時間がないみたいな事を言っていたけど、こんな悠長で大丈夫なのかなぁ。


「……にしても、さっきドアノブ握り潰しちゃったのは笑っちゃったなー、あはは」




◇◇◇◇◇



「よし!! 勝負しようユーリッド!!」


────王都に到着するなり、シェリーアはそう言った。


「……何のだ?」


「そりゃ、えっと……なにしよっか?」


ノープランか。


「なによその目。いーじゃん、たまには」


たまに、っていうような頻度か? 一週間の内でおんなじ相手と三回も勝負することは普通はねーぞ?


「…………ねえユーリッド、どこで腹話術なんて覚えたの?」


「いや喋ってねぇぞ…………あ、もしかして契約しちまったから念話通じてるのか。いやだなこれ……」


「そうなの? あ! これで、私の気持ちがわかったよね?」


良いこと思い付いたー!! みたいな顔で言ってきた。


「いやお前は口に出て」


「わ・か・っ・た・?」


「……ああ。で、勝負か」


「そうそう勝負」


したり顔。


「昨日から力の調子がおかしいから本気で殴りかかっても壊れないサンドバッグはここに……おっと」


「おっと……じゃねぇよ、俺を壊れないサンドバッグ扱いするなよ、まあ多分死なねえけど」


「でしょ?」


「……即納得されるとそれはそれで癪だぞ?」


「じゃあ決まりー、武器なし発現魔法なしの組手でいい?」


「聞けよ」


発現魔法っていうのは、炎とか水とか、要は体外に放出された魔力で起こす魔法だ。


この場合、魔法で感覚強化したり筋力を強化したりはしていい。というか最低限しないと半屍人は相手できない。


死霊術師から自動的に身体強化が掛けられている上に、本人の脳が健在なら反射的に掛かるであろうブレーキが外れているのだ。


要は馬鹿力だ。昨日の〈裁弓〉の吹っ飛び方が良い例だ。ありがとうグランデくん、分かりやすい例になったぞ。


「じゃあさっそく行こっかー」


「どこに?」


「うち」


「……お前ん家???」


「それ以外にどこがあるの?」


…………。


「ねーわ」


シェリーアは自慢げに胸を張った。


「ほらね」






という訳でメイフィールド邸に来た。さすが貴族の実家。デカいとかいう次元じゃねぇな……敷地内に森みたいな庭園があるぞ、なんだこれ。


「キョロキョロしないでよ、みっともない。もうすぐ貴族になるんでしょ?」


「無茶言うなよ、初めてなんだよ、こういうでっかい家来るの初めてなの。なんだよこの広さ、何の意味があるの? あの女神像何? つーかあれ世界樹の若木じゃねえか!? やべえな、さすが貴族、レアなものが沢山あるじゃねーか……!! 」


「はいはいわかったからわかったから」


呆れたように、子供を宥めるような口調でシェリーアに言われた。9歳下の女の子に。


屈辱だ。


それはそれとして、よく観察すれば在るもの全てが安物とは思えない気品に溢れているような────いやそれはさすがにねーわ。高級品が沢山ありすぎて頭おかしくなってた。


落ち着け、ここはシェリーアの実家の、たかが庭。本邸まで辿り着いてすらいない……いや庭だけでこれかよ……貴族と庶民の圧倒的格差を感じる。


わー、わー。マジでなに??


(あー懐かしいなー、庭でキングスライムのスラリンガル三世と戦争ごっこしたなぁ……あ、庶民はペットとか縁無かったよね、あはっ、ごっめーーんっ!!)


念話で煽ってくんなやめて? ペットくらい居たことはあるし!? スライム、スライムだろ!? あれ一匹たしか二万くらいの相場だよな!!


(いやうちのスラ十五世は血統書つきのぶちスライムキング、そしてしかも全体の数パーセントしか居ないメスなので百万は余裕で超えますが??? 二万のスライム……? 本当にいるの?)


追撃やめて。嘘ですペット居たことないですよ!! 分かってたよ? 格差は……。


「はいここ、多少暴れても大丈夫なところ」


「……隕石でもぶつかったのかっていう焦げ具合だが大丈夫かここ」


クレーターっぽい、地面が露出した場所だった。


「大丈夫大丈夫、なんかずっと燃えてるけど熱くないし」


「そういう問題か?」


「まーまー、どんな武器が良い? 構えて? やるよ」


「長めの棒がいい」


「わかったー」


◆◆◆◆◆


────魔導師兵だと聞いていたけど、この男中々に近接戦闘が上手い。


私が両手に刃渡りの違う剣を二振り構えて全速力で飛び掛かっても「あっぶねえっ!?」とか間抜けな声上げながら反応してくるんだよ?


「一応、元々は剣士になりたかったからな。あと義父オヤジ


「そっかー」


右の長剣で上段に打ち込み、一気に沈み込んで足払いして左の短剣を突き込む。全部避けられた。


「殺意高いな!?」


この男、まだまだ喋る余裕がある。


私がこの半屍人パワー?に振り回されてるのが大きいんだけど。


「当たらないんだから、仕方ない、っでしょうが!!」


「つーか隙だらけ。もっと力を抜け」


「てーやー」


首狙いのフルスイング。


「口だけじゃねえかよ!! 腕壊すぞ!?」


「じゃあ当たってよ!!」


「わざと当たったらキレるだろお前!!」


「そうだよ!!!」


こんな感じで終始余裕っぽい感じで捌かれ続けた。ねえ契約で動きバレてたり力をセーブさせられたりしてない?? こんなに当たらないものなの??


「このまま一発も当たらなかったらディナー一緒に行こっか!! あんたの奢りで!! 勿論王都で美味しいところは全部知ってるわ!! 任せてね!! ………………高いけど」


「ふざけんなぁー!!!」


だが当たらぬ。ふざけんな。

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