六日目(夜)「客人」


「ただいま。イルミア先生、戻りました」


「あぁ、おかえり。ユーリッド。君にお客さんが来ているよ」


 イルミア先生が視線を窓際に移してそう言った。


「客……? こんなところにいったい誰が……っ!? おま、いや、貴女は……!!?」


「────。どうだい、?」


 メイフィールド家当主フラン=メイフィールド。


〈時詠〉。の開発者。王国屈指の権力者で、シェリーア=メイフィールドの実母。


 ──今もっとも会いたくない人間ランキング不動の一位がそこにいた。


「つーか今妾のことお前って言いかけたじゃろ、無礼は良くないぞえ」


「し、つれいしました……」


 何故ここに居る。何故こんなところに、居る。何故!?


 今さっきお前の娘をアンデットに変えてしまった直後だぞふざけるのもいい加減にしてくれ!!!? っていうか居たなら助けてやってくれよ!!! なんでこんなところに来てるんだよ!!?


 フラン=メイフィールドは、その小さな体に見合わぬほどの気迫を放っていた。だが、しばらく俺を観察した後に、けらけらと笑いだした。


「ま。良いわ。今日は脅しにきたわけではないからのう。本来であればそうしているところではあるが、そこの死人の思い出話に免じてな……存外楽しめたのでの」


 イルミア先生は窓のそとをぼんやりと眺めている。ように見えるがあれは間違いなく俺から目を逸らしている動きだ。なんかチラチラ目だけでこっち見てるし。


 何話したんだろう……? まあ先生のプライバシーだし、詮索はしないけど。


 脅しに関してはどうもしないって言われても、娘さんアンデット化させちゃったんですけど……。


「もしや死霊術を行使したことを気に病んでおるのか? あれは娘の自業自得のようなものだ。妙なところで気を抜きよったからに。帝国でも常在戦場の心構えを、とは徹底して教えていたのだがな……」


「……現出するまで極限まで存在が感知しにくくカモフラージュした矢を予告なしで射たれて避けろって言うのもかなり難しいんじゃないんですかね?」


「それなー」


 軽いな!?


「せめて魔力さえあったら結果違ったんじゃろうけどのう、あのアホ娘、索敵回避するためだけに魔力全抜きしとったからのう……」


 索敵回避……?


 あっ、まさかあいつ昨日めっちゃ遠くから捕捉してたの根に持ってやがったのか!? アホじゃねーか!?


「マジかよ……」


 スラムにあいつを害せる奴なんか存在しないけどさあ気を緩めすぎじゃねぇか……!?


「そこな〈雹帝〉に聞いたが、貴様。死者を、シェリーを元通りの生者に戻す算段が付いているのだよな?」


「……はい、じゃなきゃ今頃先生を連れて高飛びの準備をしてますよ」


「……っ!!」


 イルミア先生が驚いた顔で俺を見た。大方私は置いていけー、とか言うんだろうけどそんな願いなんて絶対に聞く気はない。


「くくっ、その女が大事か、うちの娘よりも」


「当たり前だろ。会って精々一週間の女と七年の付き合いのある人のどっちに天秤が傾くかなんて……あ」


「気にするでない。わかりきっていることだしのう、そこな死人の素性を考えれば、わかりきっていることよ……しかし盲点だったのう、死霊の使い手とは……」


 ああ、。ふーん。


「それは置いといてだのう、シェリーを生き返らせる条件、それを早く言うがよい」


「半屍人になった人が真人間に戻るには、体が死を認識するまでにいくつかの物を体に取り込む必要があるんです」


「ほう、いくつかの物、とな?」


「はい、まずは──〈呪術師の肺〉と、〈焔精の舌〉」


「……正気かの? それはどちらも今王国で立ち入り禁止領域の霊峰に棲む特定危険指定魔物から採れる宝石であろう?」


「次に〈森竜の心芽〉……これはまあ、アテがあります。この間暴れていた森ドラゴンの死骸から採れるはずです」


「森ドラゴンは死んで森になるというからのう、その通りじゃろうな……まだあるのかえ?」


「……〈シシ王の神酒〉」


「酒か。……シシ王の神酒、というと共和国まで行くのかえ?」


 王国のさらに向こう側、先程立ち入り禁止領域と言った霊峰の向こう側に、共和国はある。


「まあそうなりますね。最後に〈死霊術師の鮮血〉ですね。これは俺の血なので、まあ考えなくて良いでしょう。これらで儀式すれば蘇るはずです」


「それをたった20日で? 妾では無理と匙を投げる行程ではないか、いや、そのくらいかるーく、出来るけどのう?」


 強がるような事を言うフランさん。


「……まあ、そっすね。あの子には言ってないけど、まともに休みを取ってたら間に合わないでしょう。先生の時は、これを調べているうちにタイムリミットを過ぎてましたし……」


 …………あのときは、全部手遅れだった。


 たしか────いや。今は思い出を掘り返してる場合じゃない。


「まあ、よい。すこし、取り計らってやろう」


 ────?


「なにキョトンとしておる? よもや貴様に意地の悪いことをしようとしていると思い込んでおったな? 妾の可愛い可愛い愛娘の危機ぞ? なにもせぬのでは、母親失格。そうであろう?」


「あ、りがとうございます……」


「萎縮するでない。妾に出来ることなど、国内に指定の品があるかどうか走査することと共和国行きの許可を取ることくらいであろう……まあ、指定の品は無いだろうがの、新婚旅行と言ってしまえば多少の無理は聞くじゃろ」


「ありがとうございます……!!」


「まあ何、私も娘が不本意なことはさせたくなかったのでの、それ故に一度だけ言わせてもらうがの」


 柔和な笑みを浮かべていたフランさんがそう言ってから、表情を一変させる。


「────娘を泣かせたら殺す」


 ………………。


「努力します」

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