八日目(1)「この後滅茶苦茶逃走した。」


 朝だ。


「……ふわぁぁぁ」


 ────むにょん。


「……」


 なんだか頭がふわふわする。からだを包むなにかもむにむにしている気がする。右腕を動かして変な感触が伝わっ……なんだこれ。布団か? 抱き枕か? むしろ抱き締められてるような……。


 ────因みに、ユーリッドは寝起きが弱かった。


 だから、耳元から吐息が掛かるような距離に人の頭があることを理解するのが遅れた。


「…………む……ゅ、いただき、まぁす」


 がぶっ。


「っっっっっっっぁ!?」


 右耳が千切れんばかりの痛みを発して覚醒。右腕に絡み付くシェリーア────ほぼ裸みたいなスケスケの下着姿だ────を認識した瞬間絹を裂くような声が上がる。


「ひゃあああああああああああああああ!!!!?」


「むにゃ……すぅ……」


 シェリーアは、そんな悲鳴を聞いても一向に絡みつく力を緩めることはなかった。


 悲鳴を上げたのは俺だった。この肌色面積は寝起きの女性経験ゼロの童貞さんの心臓を破砕する威力があった。


 こいつ、めちゃくちゃ肌が綺麗なんだな……。


 ………じゃなくてッ!!!!


 ────しかもそのとき丁度扉が大きな音を立てて開かれる!!


「お客様!!!! どうかなさ、い……ました……おや……お楽しみの途中でしたか。人払いはしておきますのでご心配なく……」


「…………あ、はい、ありが……」


 思い切り突入してきたメイドっぽい人が、顔を赤らめて静かに部屋を出ていこうとする。


「じゃねえ!! 待ってくださいこれは誤解なんです────」


 俺は、慌てて弁明をするべく右腕に組み付いたシェリーアを引き摺ってメイドさんに迫って行った。


 俺の方は裸ということもなく、昨晩着ていたそのままの服を着ていたので安心してほしい……。



 ◇◇◇◇◇



 二人とも完全に目が覚めた後、メイフィールド邸からは出ずに客間で話し合うことにした。


 メイドさんが紅茶とお茶請けを持ってきてくれた。すごいなこの家……。


 それはさておき、目下の話題は────。


「…………なあおい、昨晩何があった。いや何もなかったよな??」


「…………ないわよ。無いったら、あるわけないじゃない、私達よ?」


「だよな」


 だったらなんでそんな顔を赤くして顔背けてるんですかシェリーアさんや。まあ概ね俺も同じだ。


「だとしても、なんで朝、人の寝てるベッドに潜り込んでるんだよ。この家、かなり広いし他に部屋あるだろ? というか俺が運び込まれた部屋はお前の部屋ではないだろ?」


「だって匂いが……」


「またかよ、お前は犬かなにかか?」


「…………ぐぬぬ……寝ぼけてたんだよ……ぅ……気が付いたら……なんで私が……」


 めっちゃ悔しそうにしている。まさか死霊術を使われたことで変な影響が出てるのか……?


 イルミア先生の時は全くそういう素振りは無かったからてっきり無いものだと思っていたけど。そりゃあ死体を操る術だし、何かしら影響を受けてもおかしくはない。


 早く解放してやらないとな。


「……ユーリッド、今夜の予定忘れてないわよね」


「宰相主催の舞踏会だっけか?」


「分かっているのなら良いけれど。あまりメイフィールド家の家名を陥れるような行動は控えてよね?」


「わかってる……つもりだ」


 国が違えばマナーも多少違う。頭には突っ込んでるが自信はないな。


「……はぁ、なんで私はこんなやつのベッドに……?」


 まーだ言ってる。


 シェリーアの心がぼやぼやしているうちに、昨日断ち切られてたっぽい契約の魔力線を直しておこう。


 これがないと使役状態の彼女らの肉体維持が出来なくなる危険性があるんだよな。後でこのバカに言って聞かせなければ。


「……うきゃっ!?」


 ……?



 ◆◆◆◆◆



 ────ばちんと全身に雷魔法食らったかのような感覚が走った。


「シェリーア、お前、昨晩〔強化解除〕掛けただろ。飯の前に」


 ……!!!?


「にゃ、な、ななななんのことやら~?」


「大方、酔い醒まし掛けてる俺に反撃か悪戯のつもりでやったんだろうが……気付いていたか? 魔力の供給が切れてたのは」


「……?」


「……気付いてなかったか。まあいいや、もうやめろよ? お前の寿命が縮むから」


「……まじ?」


「マジですが」


「まじかー、なんで?」


「肉体維持に魔力使ってんだ。魔力尽きれば肉体が蘇生不可能になる。……まあ常時俺から供給されてるだろうから、普通にしてる分には良いが、あんまり過剰に魔力使うなよな」


「……へえ」


 何にもしてないように見えたけど、魔力供給されてたのかあ。


「そいえばなんで私魔法使えるようになったの」


「契約」


「そういうもの?」


「そういうもんだ……お前ばっかり質問してて狡いわ、俺からもいいか?」


「いいよ、何?」


 余裕を表すように、私は優雅に紅茶をいただきます。ユーリッドはティーカップの取っ手を全く意に介さずに掴んで呑んでいた。行儀が悪いなあ。


「お前、毎日寝るとき……いつもあんな感じなのか?」


「ぶふーーーっ!!?」


 いきなり突かれたくないところ突かれた私は、驚きすぎて紅茶を吹き出した。


「うわ汚っ!?」


 う、うるさいな!!


「けほっ、けほっ……なんで、そんな事を聞くのよ……」


「お前が何でも聞いていいって言ったからな」


 こ、の、男ぉぉぉぉぉ……!!!


 あれは何かの間違いなの!! 起きたらユーリッドに抱き着いてたとかおかしいでしょ!? ねぇ!!!


「ねえって、言われてもなぁ」


(あんな際どい下着姿で抱きついてくるようなヤツじゃねえのはわかるけどよ)


 うっわ、また聞いてる!!! 変態!! 今思い出してたでしょ!!! 見えちゃったからね!! 大体あの変な匂いがいけないのよ!! そーよ!! あれが悪い!!


 これ念話でしょう!? あんたも感じなさい!!


(なんだその匂い……聞く限り正気を奪ってそうな匂いだが……イメージは届いたけどよ、そんな匂い嗅いだことねぇぞ)


「……本当にそう思ってるわね」


 悔しいことに、嘘じゃなさそう。まあ自分の匂いって自分じゃわからないだろうし。


「まあこれは後で先生に聞くか……シェリーア、あとひとつ質問いいか?」


「……いいけど」


 まーた何か変なことを聞いてくるだろうと身構えた私に、普段通りのユーリッドが言ったことは──。


「お前が好きな食べ物なに?」


 ────めっちゃ普通の当たり障り無さすぎる質問だった。


 ……なにか裏とかある?


「…………地竜の尾肉ステーキ」


「へー」


 真面目に答えたのにユーリッドは興味なさそうな生返事。


 ────ムカッ。


「……あんた、私と結婚するの、嫌でしょ」


「突然だな、そんな事言われなくてもお前はわかってると思ったけどな。つか、お前の方が嫌だと思ってるだろ」


 その通りだ。


「俺のことを嫌ってる奴によくしてやるほど、俺は器量が無いんでな」


「そ。でもあれよ、私は一昨日スラム行って思ったのよ。まあ、別に? してやっても良いかなって。私は帝国の人達をたくさん殺して来て、その結果があれだって見せられても別に悪いことしたとは思わないけど? 平和の為の第一歩って国王様が言ってたしね」


「すげえな今更そんな事言うのかお前は」


「叩っ斬るわよ?」


 剣を顕現させる。大体一週間で覚悟完了させたのだから充分じゃない?


「悪い悪い、妙な心変わりされるとこっちとしちゃ、なんだ? なんだろな……マジでなんなんだ?」


「はっきりしてよ」


 ユーリッドは暫く悩み込んだ後に、何か閃いたようで右手を差し出してきた。


「まあよく分からんってことで。握手しようぜ?」


 ……ユーリッドが差し出した手に魔力が寄っているのが


「仕方ないわね……」


 なんとなく嫌な予感がしつつも私はユーリッドと握手をした。


 ────バヂィィィィィィッッッッッ


「や、あっ、ぱ、罠か!!! ゆーりっどぉ!!!」


「ハッ、お前はやっぱバカだよばーか!!」


 この男ぉぉぉぉぉ!!!!


 叩き斬ってやるぅーーーっ!!!!!



 ◇◇◇◇◇



 ……やっと撒いたか……。


「────君は。彼女にもう少し優しくしてあげたらどうだい、あんな子供騙しなんかして……婚約者だろう?」


 誰も居ないはずの背後から、声が掛けられる。


 イルミア=スターリアが居た。


「先生、やっぱいましたか。……体は?」


「……この国に来るときに貰った魔力のお陰で今はとても調子が良い。けれど、気分は最悪だね」


「隠れ家、用意したじゃないですか。あっちにいた方がいいですよ」


「君は、もう少し人の気持ちを考えた方がいい。また女の子を泣かすつもりかい?」


「……これでいいんですよ、あいつには俺を嫌いでいてもらった方が好都合なんで。あと先生には寂しい思いをさせてすいません」


「さ、さみしくなんかないさ……。考えた方がいいのは私の事じゃなくてあの子のことだ」


「先生、七年前の事覚えてますか?」


「死んでる私の事はいい。生きてる君は生きてる彼女と……」


 儚げな笑みで、イルミア先生が俺に言い聞かせてくるけれど。


「────出来ねぇよ、そんなん」


「そんな事は……」


「あれが他の誰でもないあの女だから出来ねぇって、先生だってそうでしょ。だってあの女は────」



「────匂いの元はここかぁ!! ユーリッドォ!! みぃぃぃつけたぁぁぁぁぁ!!!」



 雄々しい叫び声を上げながら迫ってくるシェリーアに、イルミア先生が微笑みを浮かべた。


「愛されてるじゃないか」


「寝言はやめてくださいよ、怖くなっちゃうんで」


「私は早く寝たいけれどね」


「ユーリッド!!! 死ねぇ!!!」


「やだねっと。じゃあ、先生また後で」


「二度と来なくても良いんだよ?」


「いやです」


 俺は先生に向かって笑いながらそう言って見せた。シェリーアはもうすぐそこまで来ていた。


「ユーリッド、当たれって言ってるじゃない!!」


「当たったら死ぬだろうが!!!」


「あはっ」


 眩しい笑顔で剣を振り上げるシェリーア。


「笑い事じゃねぇんだよ〈剣姫〉ぃ!!」


 ────結局この後日が沈むまで滅茶苦茶逃げ回った。

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