三十日目(6)「握り返した手は力強く」



『────たった一度だけでいい、それさえあれば僕はもうどうなってもいい』



「君は……」



「困るよ。ああ、そういうのは、私は困ってしまう」



「じゃあ、すこしだけ待ってあげよう。花束が私に届くまでは────」



 ◇◇◇



 シェリーアがアホで助かった。ちゃんと囚われの姫やってたら危なかった……。


 ドレス似合いすぎでしょアイツ。何あれ。……うまい例えが浮かばねぇ。神か天使か何かか??? 人か??? 人ってこうも美しくなるか???


 お、落ち着け、凄いアホみてぇな感想になってるじゃねぇか。シェリーアの手を引いて歩いているのでシェリーアは俺の後ろに手を引かれて歩いてるわけなのでシェリーアは後ろにいる……って何回後ろにいること言ってんだ俺!?


 まあともかく振り返るのを躊躇うんですよ。


 ◇◇◇


『──あ、そうだ……』


 シェリーアは弱々しい声でそう言うと俺の手を握る力を強弱させて、へらりと笑った。


『えすこーと、よろしく……』


 ◇◇◇


(なんだこの生き物、可愛さで人をころす気か……)


 代わりにちょっと前の事を振り返って死んだ。死ぬな。いいや無理だッ!! 死ぬねッ!!


「……ねぇ、ユーリッド。急に立ち止まってどうしたの?」


「…………あ、いや。何でもねぇ」


 落ち着け落ち着け俺。一回り年下の女にデレデレして恥ずかしいだろ。恥ずかしくない? あ、嫁だこの女いや落ち着けまだ違う(大混乱)。


 ともかく深呼吸と現状の再確認して浮わついてる頭を冷やせ。そうだ今浮かれポンチになってる場合ではない。


(現状、不人街で自爆騒動、貴族街の廃屋でまとめて不穏分子を捕縛したってのはリースから聞いた。ちゃんとあいつはティーと合流したらしいから、それは安心だな)


(なのが、今のところ不穏だな。先生に任せたけど報告はナシ……)


(あとは、さっきのシェリーア誘拐未遂……ゲートの断絶以外にまともな障害はありませんでした、ではあまりにもむこうが無警戒過ぎる。そうだ、。確かにシェリーアを捕らえていた奴には吸血種の眷属である痕跡はなかったが……。魔力の色が違ったからな)


「────ねぇ、ユーリッド。私に隠し事してない?」


「…………なんだ藪から棒に。浮気を問い詰める彼女みたいな台詞で、どうした?」


「か、かのじょおぅっ? おう、そうだぞ彼女だぞうれ??」


 何が面白いのか、握った手をブンブンと振るシェリーア。


「こほん、冗談は置いといてだよ? あのさ、最近ユーリッド無断でどっか行っちゃうじゃん」


「いいだろ別に、そんなんシェリーアには関係ないしな」


 ……ずっと忙しかったからな。シェリーアにはのんびりしてて欲しかったんだよ。面倒なことに関わらせたくなかった。危ないことにも関わってほしくない。


 だから、俺は突き放すように言った。それがシェリーアには不服らしく、口を尖らせて食って掛かってくる。


「なにその言い方。私、これでも心配してるんだけど。リースちゃんとかイルミアさんとかになにか頼んでるでしょ? ねえユーリッド!」


 ぎゅっと、手を握りつぶさんばかりに力を込められている。俺はそんなシェリーアに振り返らず……いや、振り返ることができないまま言い返した。


「ああそうか心配させてたか、ありがとなシェリーア。確かに先生やリースには頼み事をしてる。だから心配は要らねぇよ」


「どんな?」


「…………」それは言えない。下手な嘘を吐けばバレるだろうから「とにかく、安心してくれていい。問題は何一つない」


「ふーん……ねぇ、こっち見て言える?」


「わぶ」シェリーアに両頬を鷲掴みにされて無理やり振り向かされた。ぐいと顔を寄せて、挑発的な笑いを浮かべたシェリーアが、


「口先ばっかの男は嫌われるよ」


「そんな事を言っても教えな、」ギリギリ(鷲掴みパワー増加)「いぃぃ!!??」


「教えなかったら砕く。式の前とか関係なく。私はやるときはやる女だよ!!? それがユーリッドのカッコいい顔面でも関係ないね!!(ぐるぐる目)」


ゎぃわぃゎい痛い痛い痛い痛いぅーぁつーかアぇぇーあ喋れんわッ!!!」


「ユーリッド、まだ喋らない気!!! なら本当に砕くよ!!?」


 しゃべれねぇっていってんじゃねぇか!!! 言えてねぇけど!!


 つかなに!!? いま俺の顔面に対して興味深い台詞吐いてなかった!!? 言われたのはじめてなんだが!!?


ぃヴぎぅいぅギブギブギブ!!!!」


「えっ、言う??」


 ちげぇけどもうそれでいいよ!!


 シェリーアは手を緩めた。開放された俺は思わず自分の顎が無事か触れて確認する。まあ、ヒビも入ってなかったからよしとしよう。


「はぁー……いってぇ……馬鹿力め」


「どやぁ?」


 どやるな。


「私を蚊帳の外に追いやろうったってそうはいかないわよ、地の果てまで問い詰めてやるもん」


 握りっばなしの手をさらに強く握り、眼前に掲げてシェリーアはさらに言葉を続ける。


「私を気遣うなんて今更やんないでよ。……寂しいから」


「……ったく、隠し通すつもりだったんだけどな」



 ◆◆◆



 よっしゃあついにユーリッドが折れた!! やったー!! じゃあ何から話してもらおっかなぁ!!


 まあ式まであんまり時間もない。うって変わって私が先を歩くようになっていたけれど、歩きながら問い詰めよう。


「グランデくんを放置した理由はなに?」


「……あいつらは放置しても自爆すると思ったからな」


「へー。で、本当のところは?」


「曲がりなりにもシェリーアをあいつらから奪ったのは事実だから暴れさせる機会を完全に封殺するのは何か違……はっ!?」


 へぇーっ。


「じゃあ次。リースちゃんは朝何をしてたの?」


「え、いや、そりゃあ……。魔方陣を各所にばらまいたからそれの観察を任せてたんだよ。終わったらティーに合流するように言ってある」


「そっかティーさんに。で、それが全部?」


「は?」


「顎」


「──実は賓客として式典の一部に出席するように仕組んである……おそらく中途グランデの襲撃があるだろうから、そのときに要人を庇えるように」


「……そういうのは最初に言ってよ。私は足手まといじゃないつもりだし、私がいた方がなにか出来ることの幅が増えるでしょうに」


「……悪い。本当はお前の預かり知らぬところで全部片付けておきたかったんだ。だが、確かにその通りだな。計算違いは起こったからな……まさか姿なんて思わ──」


「んん?」


「何か変なこと言ったか?」


 グランデくんが、姿??? いや、さっき。私はグランデくんを見たし、一緒に消えるイルミアさんも見た。


「ねぇユーリッド? イルミアさんには何を頼んだの?」


「あの人には、グランデを抑えるように言ってある。おおよそあいつの行動は予測ついてた……筈だったからな」


 おかしい。


「イルミアさんと連絡は?」


「当然取れるようにしてある……?」


 おかしい。イルミアさんが、連絡を寄越してないってこと?? あれから結構経ってるのに?


「……なぁ、まさか。お前、グランデを見たとか言わないよな?」


「そのまさか、よ。思い切り見たし、イルミアさんと一緒にどっか消えたわよ」


 ……え、本当にどういうこと? イルミアさんが連絡してこないって? つまり────電波でも悪いのかな。いや電波ってなによ。そりゃあ通信感度よ?


 ユーリッドはこめかみをおさえて長い溜め息を吐いた。


「すまんシェリーア、マジで巻き込むことになるかもしれん。無手で魔法は?」


「ふふん? 当然錬成魔法以外もいけるわよ。迷惑? グランデくんのせいなら私のせいみたいなもんよ、どーんと来いってね!!」


「ありがとな。つか、出番まで時間はねぇ。とにかく推測を話すから、ぶっつけ本番で合わせてくれ」


 ──なんて、ユーリッドはばつが悪そうに言うけれど。


 私はすっごく嬉しかった。ユーリッドがついに私を頼ってくれたんだって。だってずっとこの1ヶ月、対立から始まって私が死んでから協力してもらってばっかりだったからさ!!


 最近は遠慮なのかよくわかんないけど遠かったし!!


 だから、だからさ────。


「……できるか? シェリーア」


「うん!! 任せてよ!!」


 そう言ってくれるのを、私は待っていたんだ。

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