三十日目(5)「ぼんやりして罠」
『────君には二つ選択肢がある』
『一つ、俺様に膝を屈して諦める。ま、俺様にしてみればその方が楽だ。そしたら悪いようにはしねぇ』
『もう一つは、俺様に逆らって負ける。そんだら、多少は遊んでやるし、真っ当には終われねぇがな』
『…………僕は────』
◆◆◆
「────それでは剣姫様、こちらへ」
「……わかりました」
結局、イルミアさんがグランデくんをどっかにやっちゃってから三十分くらい経ったけどなにも起こらなかった。
でもなんだか不安だな、グランデくんって演技できるような子じゃなかったのに途中まで本当に気づけなかったもん。何か変わったとしか思えないけど、簡単に変わる子じゃないし……。
なんだろうなあ……少なくともまだあの子達の寿命はしばらく先。死期云々で変わるなら、戦争の間にもっと変わってると思う。
(ユーリッドは、大丈夫かな?)
私は現れた女性スタッフから差し出された手を握って式場へと向かう。
「…………あの、首筋。怪我してるみたいですけど大丈夫ですか?」
「これですか? ……ちょっと、ね?」
スタッフさんは首筋を擦りながら、意味深に笑った。ちょっと不気味だな。
────スタッフさんはしばらく歩いた所で立ち止まった。
「……あの、やっぱりこっちは違う気がするんですが」
廊下の角にある鉄扉の前。
私の脳内地図と照らし合わせても式場とは別方向にしか思えないんだけど。これ、どう見ても非常口じゃんか。
そう言うと、女性スタッフは八重歯を見せるように笑った。
「やっぱり脇が甘いで、お嬢ちゃん?」
「……あー」
────罠かー。
「抵抗したらわかるやろ? ほな、来てやー」
「ドレス汚したくないなぁ……」
◇◇◇
「ああ、全く油断も隙もねぇ」
「ぐ、煉獄ゥ……縄をほどきやがれぃ!!」
スタッフを名乗る部外者が控え室に現れたので、俺は何者かはさておき捕縛した。いや、おおよそ予測は出来るんだよな。
「好戦派の一味なのは間違いないとして……首筋の噛み跡。ってことは吸血種の眷属だな?」
「それがオメーに関係あるンか!!? さっさと縄ほどきぃや、案内したるから!!」
「やだよ、お前みたいなのが案内する場所って確実にやべーところじゃねぇか」
「……たはー、ばれちったかー」
笑い事じゃねぇ。今の発言もそうだが────ここに、こいつがいるってことが。
……こんな見え透いた罠に引っ掛かりそうなアホに心当たりがある。
「まさか、まさかな……」
「……おいおい嫁さんがどうなっとってもええんか!!?? それはそれは阿呆みたいにホイホイついてきたらしいで???」
あんのアホ娘……!!!
「────ここやで、ここがワイらの溜まり場に直通するゲートやで」
「ただの非常口じゃねぇか」
見た目は単なる鉄扉だが、よくよく感覚を研ぎ澄ましてみればその扉は魔法でどっかに繋がっている事が分かる。…:少し埃っぽくて、あんまり人通りがないだろう所に、何故かそんなものがあると。
「ったく、腐ってんな……」
捕らえておいた偽スタッフを放り捨てる。
「あでっ、捕虜は大切に扱わんと、オメーの格も知れるでオイ」
「うるせぇ。知るか……一応こっちはちゃんとやっておくって言ってたんだがな、王国の宰相が直々に」
こんなところにゲートがポンと繋がってるのはおかしい。つまり王国の宰相か、その配下に裏切り者がいるってことか。めんどくせぇ。
俺はグランデの周りの対策で手一杯だったからその辺の警戒は抜けてるんだよな。
(……ってなると、かなり警戒されてるはずだ。何せ、宰相の関係者だからな。当然金には困ってないだろうし)
俺は偽スタッフの手の拘束だけほどいた。
「あらま、ほどいてくれるんで?」
「ちげえよ、こうするんだ」
「あでっ、ででで!! 引っ張らんといてや!! 何すん、千切れてもうたやんけ!!」
「ちぎれてねぇよ、目ついてんのか?」
無理やり偽スタッフの手で鉄扉を開けるように引っ張った。
「────ぐ、開いてもうたやんけ。畜生が。そんままオメーで開けてどっか飛んでてしもうたらよかったんに」
「やっぱ個別認証くらいあったか」
鉄扉の向こうにはこちらと変わらぬ様子で廊下が続いている。しかし、敷物がこちら側よりも二段くらい高級なものに変わっていた。
本来であればここは外に通じるはずの扉だ。偽スタッフの口振りからすると俺が直接触っていたら転送先が変わっていたらしい。
「オメー、さっさとほどけや。ワイ、役たったろ? なら分かるよな? この縄、ワイ眷属の力でもほどけんし、ほどいてくれや」
「…………。」
「おい!? どこ行くねん!! ワイはここやぞ!! ほどいてくれやオメー!! 待てい!! 待てや!! どこ行くねーん!!」
◆◆◆
あの後、私はあっけなく手錠を嵌められて、椅子に縛り付けられた。手錠には魔法封じのおまけ付きで、監視役には首筋に傷のない男が真後ろに一人立っている。
「やけに大人しいな、戦争の英雄、剣姫と聞いていたので、もっとこう、」
「暴れると思った? 乙女に向かってそんなこと言っちゃうなんて失礼だなぁ、このドレス、替えがないんだもん」
────まあ、時間間に合わなくなるくらいなら暴れたけど、まだ時間あるし。
私のそんな発言が気に障ったのだろう。険のある声音が後ろから。
「まったく殺されるなんて考えてない顔だな」
「……そう見える?」
「ああ、もっと怯えろ。次の瞬間には死んでいるかもしれないぞ?」
「きゃーこわい(棒読み)。所でさ、君たちってもしかしてリース……リースハーヴェンの知り合い?」
「……バカにするのもいい加減にしろよ、誰があんな腰抜けの皇女の知り合いか。その発言には怖気すら走る」
うわぁ、リースちゃん言われてるじゃん。あの子はあの子なりに頑張ってると思うんだけどなぁ。
「わざわざ危険を冒してこの国に来て奴はのんきに侍従に身をやつしてヘラヘラと。宵闇の風上にも置けないゴミクズ────」
「は????」
私は椅子を思い切り倒して頭を接地させて、首の力だけで後ろの男に跳び蹴り(椅子の足キック)した。
「っ!!?」
口元に椅子の足が衝突して転げ回る男。前歯が折れて口元を血だらけにしてるわね、リースちゃんバカにしやがった天罰だよ。ざまあー。
「いっえーい、顔面クリティカルヒットー!! あ、あれ!? 立てない!!」
飛び掛かったのは良いけど、倒れたら手足が拘束されてて立てない!! あーあー、やっちゃったなー!! 転がったけど部屋が綺麗だからドレスは汚れてないのは良いけどさ。
「この、アマ……!」
あ、ちょっ、吐血しながら近づかないでくれる!!? よご、汚れる!!
「あーあー、いいのかなー!! 私に傷つけてー!! いーいーのーかーなぁー!!」
「ぐ……」
え、ほんとに何か傷付けちゃいけない理由があったんだ(アホ) !! よかったぁ。
「────なにやってんだよ、シェリーア」
…………この声は……ユーリッド!! やっぱり来て……!!
……っとと、平常心平常心。ゆ、ユーリッドごときに助けられても、全然嬉しくないし(大嘘)。
「あ、ユーリッド。おひさー」
そんな感じで私は平常心を心掛けたら変なテンションの挨拶をぶちかましていた。
「ぐ、煉獄……──なんだこれはっ!!? ほどけぇ!!?」
ユーリッドは呆れた風に私を一瞥し、魔法で男を縛り上げると私の前でしゃがみこんだ。真っ白なタキシードだ。
そしてあっさりと私を縛っていた縄と手錠を破壊して、手を掴んで立たせてきた。真っ白な手袋だ。
「ほら、行くぞ」
「…………。」
「どうした、ぼけーっとして」
…………えっと。
「お、お似合いですね?」ぽやー。
「なんじゃそりゃ」
ユーリッドは呆れたように頬を掻いて、私の手を力強く引っ張った。
「…………お前もな」
「…………こっち見て言えし」
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